39. 朝靄の中
翌朝もリャナンはいつもより早く家を出た。二日続けて晴れで一日が始まっている。まだ薄暗い街をリャナンはやっぱり早足で学校へと向かう。
(急いでいるのは、冬越しのための作業があるからだ)
自分自身に言い訳をして、さらにスピードを上げる。周りから見れば徒競走だが朝の早い時間のため誰に見られることもない。そもそも言い訳等いらないのだが、リャナンは、急ぐのは作業のため。と心の中で繰り返す。そうしていないと昨日来なかったルトナーが、今日は来るのではないかと期待してしまうからだ。ルトナーが約束を反故にした理由などリャナンには知るすべもない。ただ約束を破られたことに対する不満のようなものがリャナンの胸の奥でくすぶっている。それを相手は国王だからと無理やり押さえ込んでいる自分自身にもイライラしていたので、全て忘れて平常通りの行動に無理やり切り替えていく。
軽く息を切らせて畑に到着してみればまだ薄暗い。これでは作業どころではないと、早く着きすぎたことを後悔する。作業は朝ごはんを食べてからにしよう。買ったばかりの朝食を手にひとりごちると畑に向かうと朝もやの中に何度か見た影が写っている。リャナンはもしかしてという気持ちとありえないという気持ちから駆け足で近づくと、
「あっ。おはよう」
にこやかな顔でルトナーが挨拶をしてくる。そんなルトナーの様子を見て、リャナンは反応に困りその場に固まってしまった。
「あの、昨日はごめんなさい。来るって言ったのに来れなくて」
反応のないリャナンにルトナーは一瞬で狼狽えた声と顔になる。その様子に昨日ルトナーが来なかったことはルトナーの意思ではないことが伺えた。
「何かあったんですか?」
リャナンはなんとか回り始めた頭で質問する。本当は理由なんかどうでもよかったが、会話の取っ掛りとしては悪くないと思った故の質問だ。
「実は、一昨日ここに来たことが宰相にバレちゃって、昨日は朝から宰相の監視下に置かれてて、身動
きが取れなかったんだ」
ルトナーは、バツがわるそうにポツリ、ポツリと話す。それを聞いてリャナンは、
(国王陛下も大変なんだな。)
などと見当違いなことを国王認定の時に見た宰相の顔を思い出しながら考えた。
「それならよく今日は大丈夫でしたね」
「うん。さらに早く起きたからね。子供の頃使った抜け道とか駆使したしうまく撒けた」
いたずらが成功した子供のような顔でルトナーは笑って言う。そういえば服がどことなく汚れている気がする。
(一体どんな道を通ってきたんだろう)
怖くて聞けないが、気になる。しかしそれよりもリャナンが気になったのは、
「あの一体いつからここにいるんですか?」
今だってようやく光が差し込み始めたような時間なのにさらに早起きしたとは、どういうことなのだろう。
「そんなに長くないよ」
リャナンの質問をはぐらかして答えるルトナーはまとっている空気が冷たくなっていることにリャナンは今、気がついた。
「あのなんかまとってる空気が冷たくなったるんでとりあえずこれどうぞ。それと私が言うのもどうか
と思いますけど、周りを心配させるのもどうかと思うのでやっぱりここに来ることは控えたほうがいいかと思います」
リャナンは朝ごはんにと買っていた、温かいバラ茶の紙コップを渡す。ルトナーはそれを受け取りながら、
「じゃあ今度からリャナンさんが城に来てくれる?」
と聞いた。
「私じゃ城に入ることはできませんよ」
リャナンはあっさりその提案を却下する。今は目の前にいる人物は、本当はすごく遠い人物なのだと、会う約束すらままならないという事実に改めて愕然とする。しかしそれは仕方の無いことだと諦めがリャナンを支配していく。ルトナーは少し考えるとポケットから懐中時計を取り出す。国王認定を受ける時に城に入るために渡されたものだ。
「これを門のところにいる近衛兵に見せれば入れるようにしておくから」
なんでこの国王陛下はこんなにも必死になるのか解らなかったが、リャナンは時計を受け取る。
「学校が終わったあと暇なときにでも来てね」
ルトナーはそう言ってから熱いはずのバラ茶を一息で飲み干すと畑を後にした。
その場に残されたリャナンは金属の冷さを纏った懐中時計を握りしめてその場に立ち尽くすしかなかった。