38. 経済事情
お茶のお代わりをもらう位の時間が過ぎても三人の話は続いていた。リトルアは正直こんなに長い間お邪魔しているのにお客が少ないことが気になっていた。しかしそんなことを初対面の相手に聞けるはずもなく、貸し切り状態で会話を続ける。リトルアはお店に陳列してある刺繍の施された商品が気になり出して、つい話しながらも店内を見渡す。
「良かったら、手に取って見てみてくださいね」
そんなリトルアに気がついたカミルが、そつなく声をかける。半ば無意識に目線を動かしていたリトルアはドキリとしながらもカミルの言葉に甘えて、席を立って商品を見始める。
「でも、お客さん少ないね」
そんなタイミングで、リトルアが言いにくくて気になっていたことを、さらりとリャナンが聞く。
「まあね。この前貴族街に新しい刺繍屋出来たし」
あっさりとカミルが言い放つ。
「新しい刺繍屋って名家のへルター家が始めたってやつ?」
リャナンも糸屋として情報くらいは知っていたので聞き返す。
「そう。道楽でやるくせにしっかり人のお客盗っていくのやめてほしいよね」
商家の二人の会話にリトルアは、結局席に戻って会話を聞く体制に入る。
「まあ国王認定の花をふんだんに使った刺繍はそれなりに美しく見えるだろうからね」
リャナンはいつものクールな調子で言うが内心は怒っている声音だということは付き合いが三年のリトルアにも理解ができた。当然カミルにも分かったようで、
「国王認定の花を工芸品に使うのに二重課税が導入されてからどの位になるっけ?」
敢えて不満の種に会話を向ける。
「私が五歳位だったから十六年かな。家はまだお祖父ちゃんがお店を取り仕切っていたんだよね」
「二重課税ってなにそれ?」
話についていけないリトルアが口を挟む。
「十六年前にね。工芸品に国王認定の花を使うときには特別に税を納めなさい。って唐突に始まった税
制度だよ。例えば家の場合だと一般認定の花で染めた糸と国王認定の花で染めた糸だと売値で三倍位の差が出ることになるね」
リャナンの説明にリトルアが思わず目を剥いた。
「三倍!?糸は糸なのに?」
「仕入れの花の段階で一回税金が掛かるからね。間に入る店が増えれば増える分だけ元は一つの花なのに税金が何度もかけられて、目も当てられない値段になるし。しかも売値がだいぶ違うのに家の儲けは変わらない。大半が税金で持っていかれることになる。」
あんまりな事態にリトルアは絶句するしかない。
「糸屋さんはまだましだと思う。家なんか二種類使ったら累進課税でもはや計算したくないもの」
さらにカミルも加わる。
「腹立たしいことに貴族様達は自分のところにお金が返ってくるだけだから自領で商売する分には関係ないんだよね。ここは国王直轄地だから貴族直営店は少ないけど名家の人たちは時々店を開いては、資本力の違いを見せつけるように国王認定のふんだんに使った工芸品を置くし」
ここぞとばかりにリャナンも詳しく話をする。しかし一通り愚痴ると、話しているだけで事態が好転するわけでもないことがよくわかっている二人は最終的に言葉が少なくなる。リトルアも何を言ったらいいか分からず、何となく解散する雰囲気になりリャナンはリトルアを促して席を立つ。リトルアはペンケースを購入して店を後にした。紺色の布地に国の伝統的な幾何学模様が刺繍されている物だ。
店を出るとリャナンとリトルアはそこで別れて、お互い帰路についた。