33. 落ち込む理由
結局、朝、アリアラは学校に現れなかった。豪奢な金髪の巻き毛があった席は空席となり、それでも当然授業は開始される。いつも通りの時間に登校したリトルアは教室内の違和感を覚えつつもそのままリャナンの隣に座った。教室内での噂話はできれば避けたいのだろう。リャナンだって教室内で進んでしたくない話題のため違和感の正体を進んで話すようなことはしない。いつも通り二人で並んで一時間目の授業である応用栽培学を受ける。二人の間の雰囲気だけはいつも通りだ。
そのまま二時間目の神話論も滞りなく終わりようやくお昼休みになる。クラスメイトが続々と教室を出ていく。リャナンとリトルアだけになったところで、リトルアが口を開いた。
「で、朝の微妙な空気はなんだったの?」
誰もいなくなった教室は妙に広い。リャナンは隣にいるリトルアだけを見て答える。
「アリアラさんのお父さんが議員を更迭されて他の貴族の皆さんが大騒ぎしてたからだよ」
リャナンの回答にリトルアは目を丸くした。
「それの理由ってもしかして賄賂?」
「らしいよ。私だって詳しく聞いたわけじゃないけど朝から楽しそうにマリーさんが他の貴族のみんなに吹聴して回ってたもの」
リャナンは敢えて“楽しそうに”の部分を強調して言った。その意図に気がついたリトルアも苦笑いだ。
「リャナンちゃんはさ、新・国王陛下にお会いしたんだよね?どんな感じの方?あっさり先代からの議員を更迭するなんて恐い方なの?」
リトルアの質問に一昨日会った国王陛下・ルトナー=フェローニアの顔を思い出す。一緒に畑に訪ねてきたローン=ニエルと名乗った時の姿も思い出されたが、未だにルトナーと同一人物だとは思えなかった。なんというか玉座に座る国王は纏う空気そのものが違っていた。張り詰めた雰囲気にリャナンは恐怖に近いものは確かに感じたのだ。
「怖いっていうか、う~ん。近寄りがたいっていうのはあったけど、恐怖って言われると違う気がするし」
あの場の雰囲気を伝える術を思いつかずリャナンは本気で考え込む。
「畏怖っていうのかなぁ。絶対的な存在感?ダメだ。言葉が思いつかない」
諦めたリャナンに、リトルアは重ねて聞く。
「畑で会ったときは?確かそんなことを聞いたような」
「あの時は世間知らずのお坊っちゃんにしか見えなかった」
あっさりと言い返すリャナンにリトルアは思わず吹き出してしまった。「それ一歩間違えたら不敬罪!」などと言いながら一人笑い続けていた。
「でも、賄賂の話しをしたときに驚いてたからあの時点では知らなかったはずなんだけど」
リャナンは先程の授業中に更迭の話が頭の中を巡り、初対面の時の会話に思い至ったのだ。
「リャナンちゃん。それ告発」
呆れながら言うリトルアにリャナンは慌てて言い繕った。
「いや。だってさ、見学に来てるなんて言う割になんにも知らなくて頭にきたんだもん。どうせ貴族同士のなれ合いでそんな言葉でどうにかなるなんて思わなかったし」
「まぁ。不正を届けるのは国民の義務だし。ゼスト氏だってリャナンちゃんのせいでとか言える立場じゃないよね」
リトルアの言葉にリャナンはへこむ。
「国民の義務かぁ。陛下に正式な告発を迫られて私は出来なかったんだよね」
リャナンの呟きにリトルアはまた驚き「そんな話聞いてないけど」と返した。中途半端に人の悪事をばらしただけの結果に後ろめたさを感じながらリャナンは少しずつ話し出す。
「国王認定を受けた日に証言しないかって言われて、一応アリアラさんはクラスメイトだしその後のことが怖くて言えなかったよ。でも、私の証言なんかなくてもゼスト氏は更迭された。陛下は私の八つ当たりから証拠を固めて結果を出したんだと思ったらやっぱり今は怖い人だな。って思う」
黙ってリャナンの話を聞いていたリトルアは、
「今、責任を負うべきはやっぱりゼスト氏だと思うよ。ここ何年かの賄賂を払えずフランツェンになれなかった先輩達とか見てたらさ、ゼスト氏には相応の罰を、って思うもの。」
真面目な声音でリャナンを励ます。リャナンはリトルアの言葉で少し持ち直し「じゃあお昼行こうか」とリトルアに言われたが朝に買ったサンドイッチをまだ持っていることを思い出した。
「ごめん今日、朝に買ったものまだ食べてないんだ。それを教室で食べて帰るよ」
今日は午後の授業はない。昼を食べたら帰宅して店の手伝いをする予定だ。
「じゃあ私もパン屋さんで何か買うから外に出て二人で食べようよ」
名案、とばかりに声を弾ませてリトルアが先に教室を出る。リャナンも了承して二人で学校を後にした。