32. 噂話
翌日リャナンはいつも通り目を覚ました。お祝いと称して結構な量のお酒を飲んだが、幸いなことに二日酔いも無くいつもの同じ時間に起床する。
外はまだ薄暗いが、雨の音はしない。昨夜上がった雨はそのまま晴れを連れてきたようだ。
リャナンは身支度を整えていつも通り工房の竈に火を入れてから学校へと向かう。雨上がりで空気が湿っているせいでいつもより火を入れるのに時間が掛かった。昨日の雨が畑に残っているため畑の水撒きは省略しておく。
雨上がり特有の清浄な空気に包まれてリャナンは深呼吸しつつ体を伸ばして歩く。まだ濡れている石畳をたまにある水たまりをよけながらいつも通りの道を通り学校に着けば、やはりいつも通り、自分に割り当てられた畑へと直行する。ここでも昨日の雨のおかげで水やりはせずに終わらせる。花の状態を見ても特に異常は見られなかったので、そのままいつものお店で朝ごはんを調達して教室へと向かった。
まだ早い時間だというのにちらほら人影が見えることにリャナンは疑問を持ったが、後から来るリトルアに聞けば、耳が早い彼女が教えてくれるだろうと敢えて無関心を装って通り過ぎた。
教室に入ると、リャナンの予想とは裏腹に既に数人の生徒が登校し、なにやら話している。しかも彼らは皆貴族階級の人間だった。
(この中で朝ごはん食べるの無理!)
人がいる前で自分だけものを食べるのは気が引ける上に相手はクラスメイトとはいえ貴族階級の普段ほぼ交流のない生徒達だ。この環境なら雨上がりで下が濡れている畑の方がいくらかマシな環境に思えリャナンは踵を返そうとした。
「おはようございます。エルスターさん」
しかしリャナンに気がついた輪の中の一人がリャナンに話しかけてくる。
「おはようございます。ウエルさん」
声をかけてきたのはエリー=ウエル。豪華な青紫色のドレスに内心うんざりしながらも、声をかけられた以上は教室に入らなければいけない。リャナンは仕方なく挨拶を返し、貴族の輪に近づく。
「こんなに早くどうしたのですか?」
彼女たちがたむろしている理由など本当はどうでもよかったのだが、会話に入るために声をかける。
「それが大変なことが起こったのですよ。アリアラさんのお父様が議員を更迭されたのですって」
興奮気味にエリーによく似た声でマリー=ウエルが答える。確かこの二人はいとこ同士だったかとリャナンは乏しい知識をさらった。
「更迭って何でですか?」
二人の関係性が吹っ飛ぶ位の衝撃を受けてリャナンが思わず二人を問いただす。
「国王認定の賄賂が新国王の気に障ったらしいですよ」
マリーは上機嫌でリャナンの質問に答える。「かなり大々的に賄賂を要求していましたものねぇ。」と輪を作っていた他の人間も蔑んだ口調で続いた。リャナンはそんな様子を見て「あなたたち昨日までアリアラと仲良くしていませんでしたっけ?」と問いかけたいところだったが、辞めておいた。ろくな結果にならないことは明らかだったからだ。
リャナンそっちのけでゼスト家を貶め続ける輪から離れて、リャナンは自分の席に座った。
一昨日会った国王の顔が浮かんでくる。彼は自分に告発を迫ったはずだ。そして自分は出来なかった。それでもアリアラの父親は更迭された。自分の証言などなくても良かったのだということに、馬鹿にされた気分だ。と思ったが、国王は正しいことをしただけで、自分はできなかっただけだったことに気がつく。
賄賂を受け取るという理由があったにせよ、アリアラは貴族の中では庶民階級の人間にも話しかけていた方だと思う。そんな割と身近な人間が一日にして失脚していく様にリャナンはまだ噂話を続けている彼女たちの下品な物言いを聞きながら少し落ち込んだ。