31. お祝い
閉店の支度を終え、夕飯のいい匂いに誘われるようにリャナン達は食卓へと向かう。テーブルの上にはすでにご馳走が用意されており、今日の夕食の主役は鳥の丸焼きだ。脂の焼けるいい匂いが部屋中に漂っていた。鳥の丸焼きは庶民の間でのお祝いの時に振舞われる料理の代表で、その他に並ぶ色とりどりの野菜をボイルしたものや、チェリーとチョコレートでトッピングされたホールケーキもあり、今日の母親の奮闘を感じさせるメニューになっている。家族の誕生日でだってこんなに豪華な食事にはならない。
食卓のお祝いムードに圧倒されながらもリャナンがいつもの席である手前の左に座る。むかいは兄で兄の隣は兄嫁、リャナンの隣は母親である。父親は一番奥の議長席だ。いつもの席に座ればりんご酒を母親が注いでくれた。グラスから炭酸の弾ける音と、りんごの香りが広がってくる。お返しにとリャナンが母のグラスにお酒を注ぎ、再び酒瓶を母親の手に渡すと母は父親のグラスにもお酒を注ぐ。一通り食事前の準備が済むと全員が席について、「いただきます」と言って食事を開始する。主食は小麦のパンだ。真っ白なパンは庶民にはそれだけでご馳走になる。
「今日の夕飯はすごく豪華だね」
兄が嬉しそうに言えば、鳥肉を切り分けていた母がやはり嬉しそうに
「そりゃあ、今日はリャナンが国王認定取ったお祝いだもの」
と、言いながら鳥の手羽をリャナンの皿に取り分ける。一番おいしい手羽は、そのお祝いの主役に渡されることが多い。
「本当によかったな」
父親が、お酒を飲みながら上機嫌でリャナンにお祝いを言う。職人気質でどちらかと言えば“厳しい人”の部類に入る父親の機嫌の良い様子にリャナンも嬉しくなった。
「ありがとう」
リャナンがはにかみながらお礼を言う。しかし改まって言うと本当に気恥ずかしい。リャナンの中には学校に通わせてくれてとか、三年間取れるかもわからない国王認定に付き合ってくれてとか、色々な思いがあるのだが、結局照れ臭さが先に立ってそれを言葉にすることは出来なかった。それでも両親はいつになく穏やかに笑い、リャナンにもっと食べるようにと、夕飯を勧める。
「このリンゴ酒いつもと味が違う気がするけど?」
リャナンが恥ずかしさを紛らわせるために話題を変える。
「隣の奥さんが、『リャナンちゃんのお祝いに』っていいお酒をプレゼントしてくれたのよ」
母親が答え、会ったらお礼を言っておきなさいね。と続けてリャナンに釘を刺す。この辺はまだ自分を子供扱いしているとリャナンはこっそり思う。
昨日、城から馬車で送って貰ったときに音を聞きつけた隣にある酒屋のおばさんが、母親が出てくるのと同じくらいのタイミングで様子を見に来たのでその場で報告したときに隣にいた。その報告でお酒までくれるとはご近所は本当にありがたいものだと思う。“会ったら”などと曖昧なものではなく近いうちにきちんとお礼に行こうとリャナンは心の中で決めた。
穏やかな空気のまま食事は進み、最後のケーキまで終わらせてリャナンは部屋に戻った。お祝いの料理はかなり食べ過ぎてお腹が苦しくなった気がした。しかし、幸せな気持ちでリャナンは酔を覚ますように、窓を開けた。すっかり雨は上がっていて、冷えた空気が部屋の中に入ってくる。下には城へ続く道路が伸び、上には霞んだ半分の月が浮かんでいる。
十月ともなれば夜の空気は冷たく、すっかり酔いの覚めたリャナンは早々に窓を閉めて、翌日の準備だけして再び部屋を後にした。階下で寝る体制を整えると部屋に戻り着替えてベッドに潜り込んだ。いつもより少し早いが、リャナンは幸せな気分のまま眠りについた。