25. 執務室 2
突然の議員の来室に驚きつつ近くにくるように指示をする。ジェンは恐縮しながら部屋の中にいるルトナーの前まで進んできた。ルトナーはそんなジェンの様子を見てこんなに畏まっているというよりは恐れすら抱いているような様子は初めてだと思う。今までは表だってはいなかったものの、ジェンに限らず、議員たちはルトナーを若造であり、自分たちは先王を支えていた議員であるのだという思いから、ルトナーのことを少なからず見下している雰囲気を端々に織り込んでいたのだ。
ジェンの真意が分からずルトナーは訝しがりつつジェンの動きを見ているとジェンはルトナーのいる机の数歩手前で止まり、膝を付き叩頭する。
「何か急用でもあったのか?」
ジェンのとった最敬礼の動作に驚きつつもルトナーは先に言葉を出す。恐らくこのジェンの様子からジェンが先に口を開くとは思えなかったからだ。ルトナーの問いにジェンは頭を下げたまま
「お仕事中、突然の往訪をお許し下さい。今朝の会議内でのストラス=ゼスト氏更迭に関しまして是非とも陛下にお話しておきたいことがあったため無礼を承知で執務室にまで押しかけさせていただきました」
と言った。ルトナーはタイミングとしては更迭の話だろうと想像はしていたが、実際に執務室にまで押しかけられて自分の決定に文句を言いに来るジェンの行動は面白くない。下げて見えないジェンの顔は今どんな顔をしているのか考えたくもなかった。しかしわざわざ訪ねてきている議員相手に“そんな面白くない話はしたくない”などとは言えないのでルトナーは仕方なく話を聞くことにする。
「それは興味深い話だね」
内心と真逆のことを言葉にすることに慣れたルトナーは“仕方なく”などという思いは一切表に出さない。一方のジェンは国王であるルトナーの「興味深い」という言葉にすっかり気を良くし、許されてもいないのに頭を上げて立ち上がると離れて立っていた数歩の距離を大股で縮め、机に手をつく。そんな態度に流石のルトナーも近づいてきた顔を殴りたくなった。許されていないのに距離を縮めるなんて行動は最初から叩頭しないでいるよりも不敬だ。結局最初に見せたしおらしい態度も話を聞かせるためのパフォーマンスだったのだと嫌悪感を抱いたのだ。
「陛下。実はストラス=ゼスト氏が予備選考を行なっていたのは先王に命じられていたからなのです」
さも重大だと言わんばかりに告げられた言葉にルトナーは拍子抜けする。そんなことはとっくに知っていた。どこまで彼の中で国王の評価は低いのだ。
「それで?」
返す口調も意図せずとも、いい加減な物になる。ルトナーに嫌味は無かったのだが、あんまりなルトナーの返事にジェンはひるんだ。二の句がつなげなくなり二人の間に沈黙が落ちた。ルトナーは話がそれで終わりならば、ジェンにはとっととご退室願いたかったが、そうはいかないらしい。目を泳がせて必死に次の言葉を探している。雨が降って涼しい日だというのにジェンは額に汗を浮かべている。彼なりに必死らしい。仕方なくルトナーはさらに言葉を続けた。
「君はそれを僕が知ったらストラス氏の更迭を取り消すとでも思っていたのか?」
ルトナーの言葉にどうにかジェンは答えた。
「先王が決められたことを遂行していた人物を更迭というのはあんまりでしょう」
「君が、ストラス=ゼスト更迭が予備選考を行なっていたことにあると思っているなら問題の本質を理解していないことになるが、それとも更迭撤回のためにわざと問題の本質を語らないでいるのか?」
ルトナーはしっかりとジェンを見据えて尋ねる。一方のジェンは、話始めた時の勢いはどこに行ったのかと思うくらいだ。彼は本当に理解していないらしい。