21. 始まりの朝
翌日、フェローニア王国は雨模様だった。それでもリャナンはいつもと同じ時間に家を出る。
雨が降ると畑の水まきの必要はなく、リャナンはいつものお店で朝ごはんを購入後、直接教室へと向かった。誰もいない教室で朝食をとっていると、廊下からバタバタとけたたましい足音が響いてくる。
(こんな朝早くに登校する人がいるのは珍しいな)
リャナンがのんきに考えていると足音は教室の前で止まり、続いて勢いよく扉が開かれた。
「いた!リャナンちゃん」
扉を開けたのはリトルアだった。息を切らせながら廊下を走ってきた勢いそのままに教室に転がり込んできた。
「あれ。おはよう。早いね」
大慌てのリトルアに動じることなくリャナンは朝食を食べ続けていた。最後の一口まで落ち着いて食べ終えるとリトルアは、
「もう。今日ばかりはその落ち着いた様子が腹立たしいよ。リャナンちゃん、国王認定決まったって本当?」
一気にまくしたてながらリャナンに詰め寄ってくるリトルアに若干の恐怖をかんじながらも、
「本当。私も、いまいち実感なくて昨日から認定証何度も見返してる」
「一体何があってそうなったの?っていうかニエル家の方に文句言ったとか言ってなかったけ?何か関係あるの?」
リトルアの矢継ぎ早な質問に押されつつ
「最初から話すからとりあえず落ち着いてね。ほら座って」
リャナンはリトルアをどうにか落ち着かせて自分の隣に座らせる。最初からと言えばリトルアには誤解を解かなければならない。リャナンの暴言を本気で心配していたリトルアには本当のことを言わなければならないとリャナンは話すべきはここからだと思っていた。リャナンはゆっくりと話を始める。
「私がおととい会った人物は、ローン=ニエルは偽名で国王陛下だったの」
リトルアは目を見開いて驚き、何かを言いかけたが、とりあえずは何も言わずに話を聞く体勢に戻った。リャナンはそのまま、昨日の朝も会ったこと、城に呼び出されたこと、城に行ったらローン=ニエル氏は全くの別人で宰相だったこと、謁見の間で会ったのが玉座に座る朝会った人物だったこと、そして、国王認定を貰ったことを話した。全て話したあとでリャナンは
「でもさ、情報早いね。昨日の今日じゃない」
と素直に感嘆を漏らす。
「何言ってるの。昨日の夕飯前には発表されてたよ。大慌てでリャナンちゃんの家に行ったら『まだ帰ってない』って言われちゃったんだから」
リトルアの拗ねた物言いにリャナンは慌てて言い訳をしようとする。
「わざわざ来てくれたんだ。ごめんね。実はさ―――」
と、言いかけてリャナンはふと思う。陛下とのやり取りを簡単に他人に話していいものかと。
「ちょっと色々あって」
結局ごまかす方向で話を進めようとするが、リトルアは不信感を隠すことなく疑問を口にした。
「一大報告を家族にすることなく寄り道したの?しかも結構待たせてもらったけど帰り道にすれ違うことすらなかったよね。かなり遅く帰ったんじゃない?」
「あっ。それは帰りは城の馬車で送ってもらったからだと思う。家に着いたのは陽が沈みきる前位だったよ」
リャナンは意識的にリトルアの最初の質問に答えることを避けておく。
「馬車で送ってもらった?何その状況?!」
まさかの展開にリトルアの声が大きくなる。リャナン自身も昨日の状況には頭を抱えたくなる。まさか陛下の“送らせる”が馬車だとは思わなかったのだ。断ろうとしたが時すでに遅く、御者に言われるがまま馬車に乗り込み家まで送ってもらった。馬車の中での所在の無さと言ったら思い出すだけで胃が縮む。
「もうね。大変だった。馬車が止まった音を聞きつけて母親どころか、隣のおばさんまで出て来ちゃうし。そのせいで国王認定を取れた最初の報告は母親に路上でするはめになったよ」
苦笑いをしながらリャナンが報告すると、
「でも皆、喜んだでしょう」
リトルアは嬉しそうに微笑みながら言った。
「うん。閉店準備していたはずだったんだけどね。見たことない速さで工房まで駆け込んだ後、工房でも兄と父親の歓声が店まで響いてたよ。『今日はお祝いするから早く帰ってきなさい』って言われた」
その時に店にお客がいなくてよかったと、今冷静になると思う。そもそもリャナンはどちらかと言えば、寡黙な父親が声を上げて喜ぶことなど今まで見たことがなかったのだ。
それから登校してきたクラスメイトにおめでとうを言われたり、羨ましがられたり、貴族達に嫌味を言われて怒ったリトルアを何故かリャナンが宥めたりしていると授業開始時刻になった。教師は開口一番リャナンにお祝いの言葉を述べた。リャナンは素直にそれを受け取って、その日の授業は始まった。