13. 家族との夕食
刺繍屋「アーベル」を後にしたリャナンは、まっすぐ家に帰った。夕飯までに帰ってくるように言われたがその時刻まではまだ少し間があった。
「ただいま」
学校から帰った時と同じように店のドアから入る。先ほどと違うのは兄嫁だけがカウンターに座っていることだ。母親は夕飯の支度の為、台所に下がっている。兄嫁は目の前の客の相手をしていた。
夕飯までは、まだ時間があると、リャナンは奥に続くドアから家に入りさらに外に出て、父と兄がいる工房へと足を向けた。工房では火を焚いて、水も多く使うため窓からは水蒸気が大量に吐き出されていた。入り口を開けると中から熱気が押し寄せるが、リャナンはいつものことと気にせず奥に進む。奥では兄が花びらを煮出し染料を作っており父は染料を使って糸を染めていた。
「ただいま」
リャナンが二人の背中に向かって声をかけると二人は同時に振り返ってリャナンの姿を認めると、
「おかえり何か変わったことでもあった?」
と兄が返事をした。
「変わったことは特になかったけど、手伝うことある?」
リャナンが辺りを見回しながら聞くと父親が
「じゃあ、さっき染色した糸を洗ってくれるか?」
と言いながら、水の入った容器と染めたばかりの糸が吊るしてある場所を指した。
「この糸を洗えばいいんだね」
リャナンはそういいながら糸を手に取り張ってあった水にくぐらす。慣れた手つきで作業を進める。何しろ花を造るよりも前から教えてもらった作業だ。作業を終わらせて父親に報告すると、そろそろ夕飯の時間だと片づけに入っていた。リャナンも糸を吊るし、水を抜き工房の掃除をする。全て終わらせて工房を出ると、父親が一番後に出て工房のカギを閉める。三人揃って家に入ると夕飯のいい匂いがした。今日はシチューらしい。キッチンのテーブルに着くと湯気を立てた料理が並んでいた。
「そういえばリャナン。新しい花は咲いたのかい?」
食卓を囲みながら兄がリャナンに問いかける。
「咲いたけど、国王認定は取れないと思う」
内心ドキドキしながら、リャナンは答える。期待をしていてくれる兄に今朝あったことはとても話せそうにない。
「いい加減認定を取れないとまずいのではないの?」
唐突に兄嫁が話に参加する。
「まずいけど、こればっかりはどうしようもないですし」
突然のリャナンの隣に座る兄嫁の参加にリャナンは狼狽えた。猶も兄嫁の言葉は続く。
「どうしようもないって。このまま卒業じゃ四年間無駄だったじゃない」
リャナンは頭の中は反論でいっぱいだが、実際はうつむいたまま無いも言えなくなる。
(取れないとまずいとか、四年間の無駄とかそんなことは私が一番解ってるのに)
「まあまあ。一番焦っているのはリャナン自身なんだし、それにリャナンが造った花で染めた糸はよく売れているし全くの無駄にはなっていないと思うよ」
重くなった空気は父の取り成しによって変えられた。しかしそんな空気もやはり兄嫁の一言で崩れ去る。
「リャナンちゃんの糸が売れてるのはお義母様が熱心に勧めるからですよ。あんなセールストーク聞いてるこっちが恥ずかしいです!」
声を張り上げて反論する兄嫁に、次の助け舟は兄から入った。
「まあまあ。あの色は実際いい色の糸だと思うし、母さんはそんなに張り切って勧めなくてもいいと思
うよ。そんなことしなくても売れるでしょう。それにもしリャナンがフランツェンになれなくても家の畑で花を育ててもらう仕事をしてもらうつもりだから栽培技術はしっかり大学で身に着けてきてね」
母親のセールストークを諌める言葉を発し、さらに四年間は無駄ではないと今回の話題を全てまとめた斜め向かいに座る兄をリャナンは思わずまじまじと見つめるが兄は涼しい顔で食事を続ける。兄嫁からの次の言葉はでず、食事は何とか平和に終わった。
あとは寝るだけの段になってリャナンは次の日の準備をしながらリャナンはやはり今朝の出来事を考えていた。
(また彼に会えないかしら。ただの八つ当たりでひどいことを言ってしまった彼にはちゃんと謝りたい)
相手が貴族だからとかではなく、ひどいことを言ったのだから謝るのが筋だろうと改めて考えた。
リャナンはベッドに入って目を閉じると黒い髪に黒い瞳が印象的だった相手の顔が浮かび上がってきた。