10. 国王の仕事
フェローニア王国・国王陛下執務室。
部屋の端から端まで大きく歩いても数十歩はかかりそうな部屋には、大きめの窓があり秋口の柔らかな日差しをたっぷりと取り込んでいる。その窓に背を向けるように座っている人物がこの部屋の持ち主であるルトナー=フェローニアだ。ルトナーの前にはこれもまた大きくて立派な作りの執務机が置いてある。しかし、その豪奢な作りの机を、紙の束がメモを取る隙間もないほど覆い尽くしていた。それら全てに目を通し、了承の物にはサインをし、保留の物・さらに事情を聴く必要がある物はそのまま横にどける。
今日、朝の会議が終了してから急激に増えた書類を前にルトナーは苦笑い交じりのため息をついた。
どうやら議員連中は自分に畑に行く間を与えない作戦に出たらしい。
その証拠に、持ち込まれる案件のほとんどが急を要さない物や、過去のものだったりするのだ。それらと判断が必要な書類がひとまとめになってくるので目を通さないわけにはいかず、結果として徒労で終わる書類が増えてきているのだ。
(あの狸たちの魂胆が見え見えで、いっそ清々しいぐらいだな)
朝の議会での自分の発言が招いた結果とはいえ、こうも露骨に妨害行為に走られると腹が立つ。さらに、こんな程度を見破れないと思われているとは彼らの中で自分はいったいどんな評価なのだろう。と考えても仕方のないことにまで思考が広がり始めた。ルトナーは不毛な書類との戦いを一時中断すると席を立ち後ろにある窓を開けテラスに出る。
この執務室は城の中でも高い位置にあるため、貴族街の奥まで見渡すことができた。眼下にはこの城の自慢の一つである隅々まで手入れがされている庭が広がっていた。
(半年前まではあの庭からここを見上げるだけだったのにな)
見下ろした庭に立っているだけだったころの自分を思い出す。
ルトナーの父である先王もこの部屋で執務にあたっていた。王でありながら貴族たちの傀儡に成り下がっているという話は、息子であるルトナーの耳にも届いていた。しかしその時は、自分ではどうすることもできないことに情けなく思いながらも、庭からこの場所を見上げることしかできなかった。
(もうあの頃とは違うのだから)
感傷的になった自分に、書類の精神攻撃でどうやら少し疲れているらしい。とルトナーは自覚をする。
「でも負けるわけにはいかないんだ。必ずこの国を精霊から愛される国に戻してみせるよ」
庭からここを見上げていたかつての自分に語りかけるように呟くと、踵を返し執務室へと戻った。再び椅子に座り書類を片づけていく。
全ての書類が片付いたときにはすでに陽が傾きかけていた。薄暗くなった部屋にはすでに明りが灯されていたが、ルトナーは誰かが明かりをつけに来たことすら気づかずにいたらしい。終わった仕事に満足げに頷くと、執務室を後にする。
(明日の朝も大学に行こう。自分の無知で傷つけた彼女に謝らないと)
ルトナーは早朝に大学の畑で出会ったリャナンを思い出いながら決意を固める。
貴族のありようを真っ向から批判した彼女はルトナーにとって、非常に貴重な存在となっていた。