素直な美女と計画通りに同棲する順風満帆な話
「なあ、まぬはちゃん。まぬはちゃんはこういう風にからだをいっぱい触られるの、慣れてる?いっぱい触られた事、あるかな?」
長年温めてきた計画の第一候補にして期待を遥かに超える美女である池下まぬはを当たり前のように俺の腕の中に捕らえて楽しみながら、俺は「最終確認」を始める。
「?えっと、その、……前もお答えしました、と思いますけど……、ごしゅさまには、毎日いっぱい触って貰ってます。ごしゅさまだけが私を触ってくれます。やさしくしてくれます……毎日、ありがとうございます……えへへ」
「そうだね。何度も同じ事を聞いてごめんな。キスもした事ないんだよな。今度してあげるから、楽しみにしてるんだぞ」
「いえ!ごしゅさまに質問されるの、好きです。ごしゅさまは、急かさないから……。だから、何度でも聞いて下さい。ごしゅさまの質問に答えるの、すきです……。えっと、えと、それで……そうだ、きす?も、分からないけど、多分、した事ないです。でも、でも、ごしゅさまがしてくださる事だから、とっても、楽しみにしています……えへへ」
知っていたとはいえ都合の良すぎる答えに俺は調子に乗り、にやつきがおさえられない。楽しみもますます勢いを増しながら、軽い気持ちで、ある事を初めて質問した。
「好きな人はいる?昔の事でもいい。誰か、好きな人はいたかな?」
初めての質問なので、まぬはは戸惑い、ゆっくりと俺の質問を反芻している。応答の遅さ、更に性格の臆病さ等から彼女の知力は実際以上に低く見積もられている。そしてまぬは自身も自分は何もできないばかだと完全に思い込んでいる。だからこんな所に来て俺の毒牙にかかってしまったわけだが。だが実際には、彼女の知力はそこまで低くはない。特に記憶力。思い出すのにはかなり時間を要する事もあるが、記憶力そのものは、むしろ大抵の「健常者」なんかよりずっといいのではないか。俺も、とりわけ長期記憶について彼女に勝っている自信は全くない。だからこそ、彼女の回答は信頼できる。これまでの「関係性の構築」の中でじっくりとしっかりと「確かめた」から断言できる。
と、これまでの事を思い返して俺が更ににやついていると、まぬははふいに涙を流した。
「誰も居ませんでした……。みんな、こわい……」
その回答と涙に、俺はほんの一瞬、これまで彼女に何をしてどんな事を教えこんで来たのかも、今この瞬間にも自分がどんな下劣でおぞましい行為をしているかも完全に棚上げして、池下まぬはという存在をこの最低最悪な世界から救わなければならないと固く決意し、正義に燃えた。この正義の炎で、まぬはを傷付けた全員を焼き尽くさなければならない。例えば以前聞き出した小学校時代。カースト上位の女子グループに生意気だと目の敵にされ、不登校になってしまったという。ひとりひとり特定して地獄の苦しみを味わわせてやる。
などという決意は、
「でも、でも、その……ごしゅさまはす、すき、です。すきなひとは、ごしゅさまです。ごしゅさまだけは、すきです……。やさしくて、いつも私を責めない
で、ばかでのろまな私を待ってくれて、こんなに、いっぱい触って、やさしくしてくれるから……。だから、ごしゅさまの事がすきです。私は、ごしゅさまの事が、えっと、えと、そうだ、だいすき、です……だいすきです、ごしゅさま……」
恥じらいながら、何故恥じらうのかさえ自分でもよく分かっていない、その初々しく甘酸っぱい言葉と吐息。真っすぐに俺を見つめ、それからにへら、と安心して、全幅の信頼と愛慕を示す微笑みを向ける眩い美顔。小柄ながらしっかりと女らしい身体を全て俺に委ねて預け、縋り付いてすりすりしてくる甘え切った仕草。それらの全てが煽り立てる圧倒的な欲望によって全て押し流された。地獄の苦しみどころか、まぬはが完全に他人を避けるきっかけを作ってくれた当時の女子グループ連中に感謝すらしている。そいつらの「助力」があってこそ俺が今、この女を……これ以上は望めない女を計画の獲物にできたのだから。
「辛い事を思い出させて悪かったね。質問は終わりだよ。……俺も、まぬはの事が好きだよ」
「っ!?ほんとうですか、ごしゅさま、ごしゅさま……!」
「うん、本当だよ。まぬはの事が好きだ。大好きだよ」
「ごしゅさま……ああ、ごしゅさま……私は、今まで、えっと、ごしゅさまに会うまでは、何で生まれてきちゃったんだろって思ってたけど……。ごしゅさまに会うためだって、今は思ってます……えっと、えっと……だいすきです、だいすきより、すきで、ごしゅさまの事が、うう、ばかで、うまくいえない、ごめんなさい……」
「大丈夫だよ。ちゃんとわかってるからね」
「ごしゅさま……えへへ。ごしゅさま……だいすきです。だいすきです、すき、だいすきです、ごしゅさま……」
さりげなく呼び捨てにして、関係を一歩進めながら……。甘えてくるまぬはにしっかりと「応えて」やりながら……。俺は今後の計画を頭の中で何度も反芻する。成功確率は極めて高いと分かっている。入念に準備をした。だがもちろん、油断はできない。一つ一つ、慎重に進めていかなければ。
まずは俺の職場に通うのをやめさせた。まぬはは寂しがったが、その分彼女の住むボロアパートに通って、というより、すぐに私物を持ち込んで俺の部屋のようにして同棲を始めたら大喜びしてくれた。彼女がずっと楽しみにしていた事も、してやった。
「んっ……ん、ん……こくん……っ、ん、ぷは、はぁ、はぁ……ぁ」
「これがキスだよ。接吻、口付けともいう。ゆっくり覚えていこうね」
「は、は、はい……。……すごい、です……。き、きす……せっぷん……くちづけ……すごいです、ごしゅさま、これ、すごい……わたし、これ、好きです……!」
「喜んで貰えて良かったよ」
「えへへ、ごしゅさまは、ほんとうに、いつもわたしにやさしくしてくれます……だいすきです、ほんとうに、だいすき……あの、ごしゅさま、ひとつ、質問しても良いですか……?」
「もちろん。なにかな」
「だいすきよりも、ずっとずっとすきなとき、なんていえばいいですか……。わたしが、ごしゅさまの事がだいすきなこと。どんな風にいえばいいのか、しりたい、です……」
「っ……まあ、そうだな、例えば「愛している」とか、かな」
「あいしている……あいしている……あいしている……あ、そうか、あいしています、だ。……ごしゅさま!わたし、ごしゅさまを、あいしています……!あいしています、ずっとずっと、あいしています……あいしています……ごしゅさま、あいしています……!」
キス、接吻、口付け……その程度ではもう済まなかった。予定が大幅に狂いリスクも増したが、我慢できるわけがなかった。そして俺の暴走すら、まぬはは俺の期待を遥かに超える程従順かつ、心の底から嬉しそうに幸せそうに、何もかもを受け容れて喜んでくれたのだった。
素晴らしい毎日は始まったが、これを続けるために計画をしっかりと完遂しなければならない。保護者は問題ない。絶縁状態だ。だからまぬははこんなボロアパートにひとりで住んでいた。正直この部屋も、今となっては大変都合がいい。立地も駅が遠く閑静で、大家も家賃さえ得られれれば何でもいいというタイプで余計な干渉も無い。住人も死にかけの老人と一人暮らしは出来ると「見なされる」程度の性格的におとなしい連中だけで、邪魔するものは誰も居ない。
最後にして最大の問題は行政と医療だ。といっても結局これらは「給付」と「免除」の問題に集約される。つまり、まぬはが給付や免除制度を利用している限りは、彼女の状況を把握する事は行政や医療にとって極めて重大な関心事である。この国の偉大なる主権者様方が、「資格なきものに施しを与えてはならぬ」という教義を大変に重視なさっておられるからだ。逆に言えば、それら給付や免除をひとつひとつ剥していけば、後はご勝手にという事でもある。
これらの過程で何度か、俺の正義の炎が燃えそうになったが、ボロアパートに帰って純真に微笑むまぬはを見る度にどうでもよくなった。この女を手中に収めるより大事な正義など何もない。
こうして組織としての医療行政についても「施しはもう結構です」で片付いた。実際の手続きはそれなりに面倒で、不審がられないために随分と手の込んだ「工夫」も重ねたが。ともあれ、後に残る懸念があるとすれば、個人的な正義感。俺のそれと違って常に正義の炎を燃やし続けているような傍迷惑な輩がいるかどうかだ。いや、本来なら傍迷惑どころかまぬはをきちんと助けてくれる存在なのだろうが……。ともかく、そんな輩が出てくるのか否か。暫く最大限の警戒をしていたが、結局は誰も現れなかった。事前に俺が考え抜き設定した年月が過ぎても、誰一人として池下まぬはを助けようという正義の使者は現れなかった。そのことにもう、俺も正義の炎など燃やさなかった。ただ、世界に対し俺は心の中で宣言した。
「だったら、文句ないな。この女は、池下まぬはは、永劫俺の所有物だ。どう扱おうと俺の勝手だ。この女は、俺のモノだ」
同じ趣旨を、この世界への感情という余計な部分は捨てて、やわらかくできるだけ優しさぶった言い方でまぬはにも伝えてやった。
「はい!もちろんです、わたしは、わたしがうまれたのは、ごしゅさまのものになるためです。ごしゅさまのものになれて、してもらえて、本当に、本当にうれしい、しあわせです……!あいしています、ごしゅさま!あいしています、あいしています!あいしています、ごしゅさま、ごしゅさま、あいしています……。……ん、ちゅぅ……」
自分から、そんなわけがないのに拒まれるのではないかとびくびくしながら、ゆっくりとおそるおそる口付けを求めてきたまぬは。俺は敢えてがっつかずに、彼女の方から俺に触れるまで待ってやった。その後も、彼女が安心して俺に甘えられるまで、決して拒絶されないと確信が持てるまで、ただ彼女のやりたいようにさせてやった。
まぬはとの生活は順調そのものだ。やはり彼女は見た目より知力が高い。性格が臆病で失敗を極端に恐れてドツボにはまりがちだったが、それを責める事無くじっくりと教え込んでやれば大抵の事は出来るようになった。今では俺の欲望は当然として、家事もほぼ全て任せている。酷い扱いだが、まぬはは大喜びしている。自分にもこれができる、あれもできる、というのが信じられないという。そして何より、俺の役に立てる事が嬉しいと、可愛い事を毎日のように言ってくれる。
「全部、ごしゅさまが、ばかな私に何度も、ちゃんと覚えるまでやさしくして、教えて下さったからです。ほんとうに、ありがとうございます。あいしています、あいしています、あいしていますっ!ごしゅさま……あいしています……!」
こうして計画は最高の形で成功し、俺は素晴らしい生活を手に入れた。
あまりに素晴らしい日々に浸りすぎて油断し、一度だけ危機を招いた。
俺の予想通り、まぬはを俺がどうしようとそれを咎めたり訝しむ者など存在しなかった。
ただひとり、ある女子小学生を除いては。
まぬはが俺の職場に通っていた頃、通い道にある公園から、その幸薄い美少女はまぬはを見ていた。まぬはを見かける事が、美少女の数少ない慰めだった。
まぬはは一見地味だが、しっかり見れば相当な美貌である。儚げな雰囲気もあり、辛い毎日を送る女子小学生が夢見心地になり現実逃避するには丁度よい「謎の美女」だったのだろう。
そんな美女を見かけなくなった。女子小学生は慰めを失い、より辛い毎日を過ごす事になった。いよいよ耐えきれず、何もかもから逃げ出して彷徨っていたら、9割方俺の出したゴミを代わりにゴミ出しするまぬはを見かけて、思わず追いかけて、この部屋にたどり着いた……という経緯を、聞き出したは良いものの。
「……ぅ……っぅ、っく……ぐす……っぅぅ、ぅうう……」
おとなしいのは良いとして、いや全然良くはない。ついつい色々してしまったが、まぬはにしてきた全てを合わせても、この一時の行為のリスクの方が遥かに高い。どんな冷遇を受けていようと相手は子供、未成年だ。例え今の今まで完全に無視し、少女のSOSを踏みにじってきていようが、いざ事件となれば急に正義感ぶってあらゆる大人達が俺を終了させにくるだろう。保護者も急に手のひらを返してどんなに大切な存在が傷付けられたか、と、これ幸いと俺に全ての罪を被せようと全力を尽くすだろう。
何よりまぬはに対して実行した計画と違い、全く何の準備もしていない。俺はアドリブに弱い。この点だけならまぬはにも及ばない位に。他ならぬそのまぬはが、狼狽する俺を助けてくれた。
まぬはは、じっくりと時間をかけて女子小学生に接した。彼女がそうするのを俺は暫くぼんやりと観察するでもなくただ眺めていたが、次第にこれは、正に俺がまぬはにした事をトレースしているのだな、と気が付いた。そして、まぬはが女子小学生に対してそうするのは、俺を助ける為というよりは(抑もまぬはには俺がどんな最低な事をしたのかも、そのリスクの大きさも良く分かっていない。俺が「色々」する際、まぬはの手前、分かりやすい暴力は一切使わず、少女にだけ分かるような「説得」を主に用いたからだ。少女が泣いているのも、俺のせいだとは微塵も思っていない。少女と俺の会話を全ては理解できずとも、少女が辛い境遇を告白したのはそれなりに理解している。だから、それが理由で泣いていると解釈したらしい)、俺に助けられた恩を少女に対して返す事で、善意のリレーを繋げたいという純粋な想いからだというのも分かった。勿論、善意と思っているのはまぬはだけなのだが。
傍から見れば滑稽ともいえるが、まぬはは真剣だった。その真剣さが功を奏した。まあ、少女はまぬはの「善意」に縋るしかなかったのだろう。それが最悪の犯罪者である俺を見逃してまぬはを犠牲にし続けるという意味だと分かっていても。それだけでなく、少女自身も俺の言いなりになるのだと理解していても。
この美少女はとても賢い。まぬはは言うまでもなく、俺よりもずっと賢い。そんな美少女を手に入れて、まぬはとは別の愉しみを俺は堪能できるようになり、生活は更に充実した。
「おはようございます、ごしゅさま!今日は朝ごはん、ふたりで作りました……えへへ」
「お、おはようございます、御主人……様」
俺は最高の「朝ごはん」をじっくりと時間をかけて存分に味わった。以降は何の危機もなく、この幸せな毎日は完璧に俺に都合よく、永遠に続くのだった。




