サトシとの未来
悩みに悩んだ結果、ユウキが選んだのはサトシであった。
サトシとは幼馴染であり、小さい頃から、いつも隣にいたよき友人でもあった。
喧嘩をすれば泣くまで追いかけ、風邪を引けば家までプリンを持ってきてくれた。互いに成長してからも、道端で会えば言葉を交わし、サトシの姿を見れば自然と笑顔が浮かんでいた。
サトシはずっと、変わらずユウキのそばにいてくれたのだ。
その日も、ユウキはあの時と同じように曲がり角でサトシに会っていた。
「ちょうど帰ってくる時間じゃないかと思って……、待ってたんだ。一緒に帰ろう」
ユウキよりも少しだけ低い声が、柔らかく響いていた。
その声に胸が、なぜだか苦しくなる。
告白されたときの真剣な瞳を思い出し、喉が締め付けられるようでもあった。
「うん……。……その、あの時の返事なんだけど……」
「別に、急がなくてもいいよ」
そう静かに、サトシは笑った。
その笑みは、いつもユウキを安心させる笑いかたでもあったのだ。
「俺は、ずっと待ってたから。これからだって、いくらでも待てる……」
その瞬間、ユウキの中で何かがほどけた。
今、目の前に立つサトシを見ていると。なぜだか胸の奥が熱くなる。
サトシはゆっくりと近づき、ユウキの頬に向けて手を伸ばした
「どうした……?泣きそうな顔してる」
「泣いてなんか、……」
「泣きそうな顔だよ」
昔からの癖なのか、何も言わずともサシはユウキの感情を読んでしまう。
その優しさが、重く、しかし嬉しくもあり。
気づけば、ユウキはサトシの手を強く握っていた。
「……実はさ、俺……。他の人からも告白されたんだ。サトシと同じ日に」
その言葉に、サトシは思わず息を呑む。
「ずっと……怖かったんだ」
「怖い?」
「誰かを選ぶってことは……誰かを傷つけるってことだろ?俺は、そんな責任背負えないって……」
サトシの両手が、ためらいなくユウキの手を優しく包み込む。
それは幼い頃からよく知る、あたたかく細長い手であったのだ。
「選ぶっていうことは、傷つけるためじゃない」
「……じゃあ、何のために……」
「本当に好きな人と、幸せになるためには……。仕方のないことだと思う」
静かに、まっすぐに。
その言葉は、ユウキの胸の奥深くへと落ちていく。
「俺は、いつかはユウキと一緒に過ごしたいって思ってる。今日じゃなくてもいい。明日でも、来年でも……。いつか、ユウキが俺を選んでくれたら、それでいいんだ」
気づけば、ユウキの目からは涙があふれていた。
ずっとそばにいてくれていたことに気付かず、逃げていたのかもしれないのだと。選ばれる理由を見つけられなくて、選ぶ勇気も持てなかったのだとも。
しかし今となっては、はっきりと伝えることができる。
「……サトシ」
「うん?」
「俺……お前のことが、好きなんだ!」
そう口にした瞬間、世界が色づくような気がしていた。
サトシは驚いたように目を見開き、次の瞬間、優しく美しく微笑んでいた。
「……よく、聞こえなかったんだけど?」
「……聞こえたくせに」
「ちゃんと、もう一回……言って?」
それは幼い頃と同じで、わずかに意地の悪い笑みでもあった。
しかしユウキは、逃げたくはなかった。
「俺、サトシのことが好きだ。昔からずっと……多分、ずっと前から……好きだったんだと思う」
サトシは何も言わず、静かにユウキを抱きしめた。
大きな体に包まれて、サトシの胸の鼓動が耳元で聞こえていた。
その温もりは、どのような未来よりも確かなものであるように感じられた。
「ありがとう。ずっと聞きたかった言葉だ」
「俺も、言いたかった……。ありがとう、俺を好きでいてくれて」
二人は静かに、笑い合う。
「これからも、いっぱいいろんな思い出を作ろうな?」
「うん。……それじゃ、いったん帰るか?……家、すぐそこだし」
そうユウキは自転車を押そうとするものの、サトシは背後から抱きしめた。
「いや、もっとここにいたい……。この余韻を、感じていたい」
「えー、誰もこないからいいけどさ。母さんたちが通ったらどうするんだ?」
「久々の再開で感極まって、とか言っとけばいいだろ?」
「……それもそうか」
恐らく二人は、これからたくさん笑い、泣き、喧嘩もすることだろう。
それでも、並んで歩んでいける。
これまでがそうであったように、これからも。
二人の幸せな日々は、これからも続くのであった。
***
ある日の休日、ユウキは何年かぶりにサトシの部屋に招かれていた。
「お邪魔しまーす、って……ぜんぜん変わってないな」
「そうだな。実家って、そういうもんじゃないのか?」
「それもそうだけど……、ってこれ!俺のマンガ!ずっと探してたんだぞ?」
「そうだったか?」
「マジかよこんな近くにあったのかよ……。売らなきゃよかった……」
「まあまあ、俺が全巻揃えておくから……いいだろ?」
「べつに揃えなくてもいいけどさ……」
そうため息をつくユウキの視界に入るのは、ある分厚いアルバムであった。
ただのアルバムかと思いきや、その背表紙に書かれた文字を見てぞっとする。
「サトシ、これ……」
「えっ、ユウキのアルバムだけど?」
「……捨てて」
それはユウキの幼少期から今に至るまでの写真がファイリングされた、愛の重いアルバムであったのだ。
「こんなの見て、どうするんだよ」
「えっ、ユウキ不足の時に見るだけだけど?」
そうサトシは、爽やかな笑みを浮かべてページをめくってみせた。
「ほら、これ。この時のユウキも可愛かったな……」
それは小学生の頃の写真であり、ユウキとサトシがヒーローごっこをして遊んでいる時の一枚であった。
眉を寄せるサトシの腕を掴んで、勇気がにっこりと笑っていた。
「俺はお姫様の役がよかったんだけどさ、お前がどうしてもっていうから俺もヒーローをやってたんだ。ああ、可愛い……」
「……はは……」
ユウキは身震いしながら、ばたんと強くアルバムを閉じた。
「おい、まだ見てるだろ?」
そしてサトシの腕を掴み、頬に触れるだけのキスをした。
「今の俺は、ここにいるだろ?それじゃ、ダメなのかよ……」
ユウキの頬は、赤く染まっていた。
それにつられて、サトシの頬も赤くなる。
「……今、何した?」
「知らね」
「もう一回、……ユウキ!たのむ!」
「そういえば俺、ゼミの課題あるの忘れてた……。家帰るわ」
「いや、俺が手伝うよ!だからユウキ……!」
「お前じゃわかんないだろ?じゃ、またな……」
そうユウキは、そそくさと帰ってしまう。
サトシは窓からその姿を見送り、しかしにんまりとした笑みを浮かべていた。
「ユウキから、キスしてくれるなんて……!」
その夜、ユウキはサトシの部屋の明かりが深夜までついているのを見て、不思議そうに首をかしげる。
「なにやってんだ?」
一方その頃サトシは、昼間の出来事が忘れられずに何度も再現を繰り返しているのであった。
「あー、録音しておけばよかった。……写真も撮りたかった……。こんど、聞いてみるか」
二人はいつまでも、仲睦まじく過ごしていくのであった。




