011:大物(になる予定の)メカニック!
「――」
何も聞こえない、何も言えない。
座っているだけで、動こうともしない。
何度も何度も死んだ。
が、何度も何度も復活した。
百を超えて、千を超えて――自分の屍を超えて行った。
結果――勝てなかった。
たった一度の勝利も無い。
相手にダメージを与える事も出来なかった。
何も変わっていない、点でダメで――が、満足した。
楽しかった。心の底から楽しかった。
負けて悔しくて、勝てなくて腹が立ったが。
それでも、戦い続ける事が出来て死ぬほど嬉しかった。
だからだろうか、今日は朝から放課後まで――“静かだった”。
「――?」
「――!」
「……」
目の前には先輩たちがいる。
先輩たちは俺に話しかけていた。
が、俺は椅子に座ったままただボケっとしていた。
喋ればいい、話しかけてるのなら答えろ……が、口は動かない。
ただ小さく開けて、唾を垂らし。
目を開いたままで、ただそこにいるだけだった。
何も考えてはいない、何も思ってはいない。
思考はしていて、今だって戦いを思い出している筈なのに……“何も無いんだ”。
何時間も、一日であろうとも――桜間たちが入って来た。
その手には何かを持っていた。
目を動かす事も無く、ただ持っているとだけ認識できたそれ。
ゴリ先輩と服部先輩がそれを奪い――体全体が急激に冷たくなった。
「――ぶはぁ!!? え、な、何!? さぶぅぅ!!」
「……ようやく会話が出来たな。全く」
体全体がびしょ濡れだった。
ガチガチと歯を鳴らしながら先輩たちの手元を見ればバケツを持っていた。
どうやらボケっとし過ぎた俺の意識を戻すために冷水を浴びせたらしい。
見かねた坂崎さんとおにぎり先輩が俺に部室に置いてあった毛布を掛けてくれた。
「ど、どうも……うぅ、す、すみません。昨日はずっと夜通し戦ってたもんで……へっくしゅ!!」
「……戦っていた? 一体何とだ。履歴はあるか? 見せて見ろ」
「え、あぁ、ちょっと待って下さい……えっと、これっすかね?」
「「「……!!」」」
俺は戦闘履歴なるものを開く。
全てシミュでの戦闘記録であり。
お世辞にもいい記録ではないが、見せるしかなかった。
すると、先輩方は顔を突き合わせてそれを見て一瞬にして表情を強張らせた。
「……ジン、お前……何とも無いのか」
「え? いや、体は別に……ただ死ぬほど悔しいっす!」
「……俺は言った筈だが……この戦闘回数は異常を通り越して狂っているとしか言えん……いや、それだけじゃない。お前たちにも分かるだろう?」
「えぇ、これは狂っていますね……精神力の高さに加えて、たった一日で既に高機動戦を学んだ上に、格闘戦だけで“ネームレス”の攻撃を凌いでいますよ」
「凄いよ、ジン君! まさか、盾どころか武器も無い状態でネームレスから五分も生き残るなんて! そう出来る事じゃないよ!」
「……え? ど、どういう事っすか?」
俺は先輩方が何を興奮しているのか分からなかった。
すると、ゴリ先輩は端的に説明してくれた。
俺が戦闘した相手はネームレスと呼ばれる特殊なNPCで。
シミュの中で最も高難易度な敵として設定されているらしい。
勝つ事は基本的には不可能であり。
トッププレイヤーがガチガチの装備と戦略で臨んでやっと勝てる相手らしい。
そんな相手に対して、俺は丸腰の状態で戦い。
五分もの間、生き延びていた事が凄いと先輩方は言う。
「……こいつはな、高機動戦に特化した相手だ。それも噂では、かつて存在した“本物の傭兵”の戦闘データを元に作られたNPCだと聞く……厄介なところは常に超高速で移動をしながら、敵の隙を的確にみつけて死角から攻撃を仕掛けて来る事だ。相手が武器も持たないのならば、尚の事全力で死角から攻撃をするようにプログラムされているだろう。素人は勿論、玄人であってもこいつの接近を認識する事は難しい。その上、此方の攻撃に対して超反応で対応してくる始末だ。俺たちが装備を固めて同じようにタイマンで全力で掛かっても、精々が十数分で負けるだろう……そんな相手に対して、お前はステゴロで挑み、最終的には五分も耐えた……薄々は思っていたが、これで確信が持てた」
ゴリ先輩は静かに頷く。
そうして、俺に指を向けてから宣言した。
「ジン、お前から今日から――格闘戦の腕のみ磨けッ!!」
「え、ええぇぇぇ!!?」
俺は驚く。
流石におにぎり先輩は驚きながら止めていた。
「む、無理だよそんなの! 近接戦闘特化のプレイヤーはいるけど、格闘戦だけなんて! 誤魔化しが効かない領域なんだよ!?」
「……副部長殿。恐らく、ゴリ部長には策があるのかと」
「……あぁ勿論ある……が、これを受け入れるかどうかは、ジンの意志しだいだがな」
ゴリ先輩は説明する。
格闘戦主体の戦闘において最も重要なのは機動力だと。
が、機動力ばかり上げて装甲をないがしろにすれば。
同じ格闘戦主体の敵や近接戦闘の相手に対して分が悪すぎる。
「……だからこそ、俺は考えた……ならば、機動力を増した上で、装甲も増設すればいいのだとなッ!!」
「……簡単に言ってるけど……無理じゃないかな? ねぇ?」
「……え、えっと。出来ない事も無いとは思います。現にゴリ先輩の機体も、一応はそのコンセプトの元、作られていますし……ただ、あまり現実的では無いですね。コストの面と、燃費の点で特に……うぅ、す、すみません!」
「……でも、実際に硬くて速い機体が相手になったら……正直、すごく脅威だよね。うん」
「……もしや、例のドクターに?」
おにぎり先輩の不安を坂崎さんは補強した。
が、桜間はそういう相手はいたら怖いと言っている。
黙って聞いていた服部先輩はドクターと呟いたが……ま、まさか、あの?
先輩はくつくつと笑う。
そうして、俺に声を掛けてアナザーワールドに行くぞと言ってきた。
「――ベクター博士の元へ行くぞッ!!」
「ま、またかよぉぉぉ!!!」
俺は恐怖で泣き叫ぶ。
が、先輩はそれを無視してIECEに触れて――
◇
「ほぉ!!! 機体の改造が望みとはな!!! ワシの腕をそこまで買ってくれるとは――嬉しいねぇぇ!!」
「……いや、俺は別に――い、いえ! 何でもないです!!」
ぎらついた目を向けられて思わず敬礼してしまう。
すると、ベクター博士はにこりと笑い――
「じゃが――無理!!」
「えぇぇぇぇ!!?」
「……理由を聞いても?」
ゴリ先輩が理由を尋ねる。
すると、彼は生憎と予約で埋まっていると言い始めた……え、客いるのか?
「お得意様でのぉ。無下には出来んのじゃ……まぁジン君には良いデータを提供してもらったからのぉ。何も協力せん訳にもいかん……そこでじゃ!! ワシの弟子を紹介しよう!! アイツはレインのメカニックであり、一年前までは企業の開発部に属しておった。腕は本物じゃ。ワシが保証しよう!!」
「……よし。なら、そいつは今何処に」
「――此処だァァァ!!!!」
「「……!」」
部屋中に男の声が響き渡る。
バッと上を見れば、男が天井に張り付いていた。
奴はにやりと笑ってから降りようとし……手間取っていた。
「あ、あれ? おかしいなぁ。スイッチを押せば、吸着が――おわぁぁ!!?」
「「……?」」
男の声が聞こえたかと思えば。
力が抜けるような音が響き。
そのまま男が落下して地面に激突した。
埃が舞う中で、俺と先輩はジッとそいつを見つめる。
すると、そいつは背中を摩りながらよろよろと立ち上がった。
「……俺の名前はシュウ!! 世界で一番のメカニックになる予定の男であり、この世で最も偉大な賞を貰う予定の大物だッ!!」
「……全部予定って言ってませんか? アイツ」
「あぁ言っていたな……アイツか?」
「……はぁぁ、まぁ、その……そうじゃな。アイツは派手な事を好む馬鹿じゃが……まぁ、うん」
「おいぃ!! ジジイてめぇ!! 何を申し訳なさそうな顔で説明してんだァ!! 俺様の事を紹介するなら、自信に満ち溢れていろやァ!!」
ずかずかと歩み寄って来た男。
見れば、それなりに高身長であり、恐らくは百八十を超えているだろう。
ガタイも良く、浅黒い肌の上には黒いタンクトップだけだ。
作業服の上の部分は暑かったのか腰で巻いており。
下は安全靴らしきものと同じ赤色の作業服だ。
髪は真っ赤であり、毛が逆立っている。
瞳も赤であり、歯はぎざぎざとしている。
凶暴そうな面ではあるが……まぁ悪い人間には見えない。
「えっと……アンタが、俺の機体をカスタムしてくるのか?」
「あぁ!? カスタムだぁ……けっ、やなこった!! テメェ見てぇな弱っちそうな奴のレインなんざどうせ弄ったってすぐぶっ壊すのがオチだろうさ!」
「な、何をぉぉぉ!!? 俺だってなぁ!! 俺だって…………だ、ダメだ! 碌な戦績じゃねぇ!!」
「だはははは!! ほぉら見ろぉ!! クソ雑魚なんだろう!! そんな奴のレインなんざ真っ平ごめ――いだぁ!!」
メカニックのシュウが俺を嘲っていれば。
背後に立ったベクター博士が飛び上がって奴の頭にハンマーをぶつける……痛そうだなぁ。
「何すんだジジィ!! 幾らアナザーワールドでも多少の痛みはあんだぞ!? リアルなら殺人だぜ!?」
「うるさいわ!! 折角のモル……御客人に対して何という態度か!! それに、ジン君は……確かに勝っていないかもしれんが、Sin-Crowを体に移植しておるんだぞ!?」
「………………え、マジ?」
「え、あ、あぁ、そうだけど……何だよ。その化け物を見るような目は」
奴が少し怯えたような目を向けて来る。
奴はゆっくりとゴリ先輩に視線を向けて質問した。
「こいつ、移植してから……何回戦ったんだ? いや、負けた回数だけでも」
「――千は超えている。ほとんどシミュでの大破だがな」
「……………………お前、頭大丈夫なのか?」
「はぁぁ!? 頭って俺は馬鹿でも……いや、馬鹿だけどさぁ!?」
「いや、そうじゃなくて…………いや、良い。お前の事は十分わかった。凡人でも無ければ、ただの雑魚でもねぇってな……だったら、俺にとっても客だ」
「え、てことは――カスタムしてくれるのか!?」
「おうよ! 興味が湧いたからな! 改めて、俺はメカニックのシュウだ! お前は」
「――ジンだ! よろしくな!!」
俺たちはがっしりと握手をする。
そうして、積る話は俺の専用ガレージにて機体を見ながらしようという事になった。
「あぁ、先に行ってくれ。俺は博士と話があるからな……くれぐれも、予算を超えるような改造はするなよ?」
「わ、分かってますよ! 俺だってそんな余裕はねぇですし……この前だって先輩たちが」
「――メカニックよ。こいつの機体には呪いが掛かっているらしい。悪魔の機体だぞ」
「えぇぇ!? 本当かよ!! 行くぞ!! ほらさっさと案内しろよ!!」
「え、ちょま――こいつも力つえぇぇ!?」
俺はシュウに引っ張られながらついていく。
先輩は目を細めて笑いながら手を振っていた……はぐらかされた!




