1章 エピローグ 盤上の駒
その夜、騎士団長ヴァレリウスの私室の扉が、控えめにノックされた。
「…入れ」
入ってきたのは、彼の副官を務める若い騎士だった。その目は赤く腫れ、気丈に振る舞ってはいるが,消耗しきっているのが見て取れた。
「団長…本日、『偽りのダンジョン』内の掃討作戦が完了いたしました」
「そうか。…ご苦労だったな」
ヴァレリウスは、執務机から静かに立ち上がると、窓辺に立つ部下の隣に並んだ。
その大きな手が、若い騎士の肩を力強く、しかし優しく叩く。
「…お前の親友も、先遣調査団の一員だったな」
その言葉に、副官の肩が微かに震えた。
「はっ…はい。あいつは、誰よりも勇敢な騎士でした。今回の事件解決の報を聞き、あいつも浮かばれるかと…」
「ああ、もちろんだ。彼の死は、決して無駄ではない。この国を守るための、尊い礎だ」
ヴァレリウスの言葉には、部下を心から労わる温かみがあった。誰もが彼を「父」や「兄」のように慕う理由が、そこにあった。
「今はゆっくり休め。お前が彼の分まで、この国を背負うんだ」
「…! はいッ!」
ヴァレリウスの激励に、若い騎士は涙をこらえながら力強く頷き、敬礼をして部屋を去っていった。
一人になったヴァレリウスは、再び窓辺に立ち、月明かりに照らされた王都を見下ろす。
やがて、音もなく現れた影が、彼の背後で膝をついた。彼の腹心だ。
「…報告を」
ヴァレリウスの声から、先ほどまでの温かみは消え失せ、冬の湖面のような静けさと冷たさだけが残っていた。
「はっ。ご命令通り調査しましたが、先遣調査団三隊の遺体は、一体も発見できませんでした」
「…だろうな」
ヴァレリウスは、表情一つ変えない。
「我らが『同志』たちは、優秀な騎士の魂ほど、儀式の『贄』として有用であることを知っている。無駄にはすまい」
その声には、部下の親友の死に対する哀悼の念など、微塵も感じられなかった。
腹心が続ける。
「儀式は、謎の爆発により失敗。主だった術者たちも…」
「ああ、聞いた。そして、その原因が『灰色の賢者』…日雇いの少年だった、ともな」
ヴァレリウスは忌々しげに、私室に置かれたチェス盤の駒を一つ、指で弾き飛ばした。
「我々の長年の計画を、たった一人で…。ありえん」
「その少年…フィンは、セラフィナ様の強い推薦により、王国の最高顧問に。現在、王宮内で保護されています」
ヴァレリウスは、床に落ちた駒を拾い上げると、盤上の全く違う場所…王の隣に置いた。
「(最高顧問…か。セラフィナめ、とんだことをしてくれた。最も警戒すべき駒を、よりによって我々の本拠地の心臓部に招き入れるとは)」
彼は、セラフィナがフィンを記憶し続けていたことにも、眉一つ動かさない。彼女の血筋に眠る「世界の理」への抵抗力を、彼は既に知っているからだ。
「(だが、好都合でもある。常に監視下に置ける)」
ヴァレリウスは、腹心に命じた。
「影に伝えろ。あの少年…フィンを徹底的にマークしろ、と。彼が何者で、あの力の正体が何なのか…根こそぎ探り出すのだ。セラフィナにも気づかれぬよう、慎重にな」
彼は再び、懐から古びたロケットペンダントを取り出した。その中には、今は亡き妻子の笑顔が収められている。
「せいぜい盤上をかき乱してもらおう。…すべては、我が悲願のために」
その呟きは、誰に聞かせるでもなく、夜の闇に静かに消えていった。
エピローグまで描き終わりましたああああ
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