第四章-3:魂の嵐
その日、王都近郊のセリア地区は、いつもの朝を迎えていた。
石畳の隙間からたくましく伸びる雑草。
洗いざらしの洗濯物が、建物の間で風にはためく音。
子供たちの甲高い笑い声に混じる
市場から漂ってくる魚の生臭い匂い。
英雄たちの凱旋パレードの華やかさが、まだ人々の記憶に新しく、どこか浮かれたような、平和で、ありふれた日常がそこにはあった。
誰も知らない。
その平和な日常の、すぐ足元で、悪意に満ちた歯車が、静かに回り始めていたことなど。
異変は、本当に些細なことから始まった。
「隣の家から、さっき、ガラスが割れるみてえな、変な音がしなかったか?」
「気のせいだろ。それより、この井戸水、なんだか妙に濁ってないか?」
「ふと足元を見たら、石畳の隙間から、ぬるりとした触手のようなものが一瞬見えた気がしたんだが…」
断片的な、不安の囁き。
だが、それらはすぐに、街の喧騒の中に掻き消された。
しかし、”それ”は、確実に数を増やしていた。
最初は地下水路から。
やがて、古井戸から。ひび割れた石畳の隙間から。
まるで、街そのものが膿み、病巣から溢れ出すかのように、異形の魔物たちが、じわじわと地上へと這い出し始めていたのだ。
それは、ダンジョンに生息するような強力な個体ではない。だが、その『数』が、異常だった。
夕刻になる頃には、噂は無視できない現実となっていた。
街のあちこれ、散発的な悲鳴が上がり、人々は家に鍵をかけ、窓から不安げに外を窺うようになっていた。
衛兵たちが駆り出され、魔物の駆除に追われるが、その数は減るどころか、指数関数的に増えていく。
まるで、街の下に、魔物を無限に生み出す泉でもあるかのように……
◇
ーー騎士団本部、作戦司令室。
地図を前に、険しい顔で報告を受けていたヴァレリウスの元へ、伝令が駆け込んできた。
「団長! セリア地区、地下A-7ポイントにて、魔力反応が臨界点を突破! 強制的に封印が破られました! 確認された『歪み』より、魔物の大量流出が始まっています!」
報告を聞き終えたヴァレリウスは、ほんのわずかに口角を上げた。
それは、喜びでも満足でもない、ただ、計画通りに事が運んだことを確認しただけの、無機質な反応だった。
全ては、計算通り。
彼は、地図上のセリア地区を、冷たい指先でなぞる。貧民街と貴族街を隔てる、古い壁のラインを。
そして、彼は、集まった騎士たちに、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで、命令を下した。
「セリア地区を、完全に封鎖せよ」
「ふ、封鎖、でありますか!? 民の避難は…」
若い騎士が、思わず声を上げる。
ヴァレリウスは、その騎士を一瞥した。
その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
ただ、心底つまらなそうな、退屈そうな色が、一瞬だけよぎった。
まるで、分かりきったことを質問された子供に対するように。
「壁となる貧民街の住人は、速やかに『避難』させろ、と指示したはずだ。…それ以外の区画については、聞いていない」
若い騎士は、息をのんだ。
「これは、王都全体を守るための、必要な措置だ。異論は許さん。直ちに実行せよ」
騎士たちが、重い足取りで作戦司令室を出ていく。
一人残されたヴァレリウスは、窓の外へと視線を向けた。
セリア地区の方角の空が、魔物の放つ瘴気によって、わずかに黒ずんで見えた。
彼は、その光景を、ただ静かに見つめていた。その瞳の奥に、揺らめく昏い炎を宿して。
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