表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸運で不運な灰色賢者  作者: いちた
第四章 魂の嵐と、三つの戦場

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/44

第四章-1:英雄の帰還と、父の沈黙



王都アストリアは、まるで祭りの日のような、浮かれた熱気に満ちていた。



北の国境を脅かした未曾有の危機を終結させた英雄たちの凱旋。


民衆は、その栄光を一目見ようと、大通りを埋め尽くしていた。


先頭を行くのは、辺境伯ダリウス。


その隣には、騎士セラフィナ・フォン・ルミナス。


そして、彼女が連れ帰ったという、謎多き少年――『灰色の賢者』フィンが、窮屈そうに馬上に揺られていた。




「英雄セラフィナ様!」


「賢者様、ありがとう!」


歓声が、石畳を揺らす。


色とりどりの花びらが、まるで祝福の雪のように降り注ぐ。



ーーだが、その光の中心で、フィンは溺れかけていた。



喉元まで込み上げてくる、酸っぱい後悔の塊。



数日経っても消えない、あの炭化した肉の臭いが、幻のように鼻腔を刺す。



歓声が鼓膜を突き破り、胃の中を直接かき混ぜるような、暴力的な不快感。



兵士たちの屈託のない笑顔が、エリアスの最後の叫び、血の海に沈んだセラの、虚ろな瞳と重なって見えた。



花びらの赤が、飛び散った鮮血の色に見えた。

(僕じゃない…僕が、英雄なんかじゃない…)



彼は、馬上で俯き、その吐き気を、ただ唇を強く噛みしめて耐えていた。鎧の下の指先が、冷たく震えている。



その隣で、セラフィナは、背筋を伸ばし、民衆の声援に微笑みで応えていた。



だが、その微笑みは、まるで薄い氷のように、今にも砕け散りそうな儚さを宿していた。



彼女の手綱を握る指先が、白くなるほど強く握りしめられていることに、気づく者はいなかった。




一方、彼らと共に王都へ戻ったガルムは、その熱狂から意図的に距離を置き、隊列の後方で、ただ黙って石畳を踏みしめていた。




彼は、英雄として称えられる少年の、あまりにも小さな背中を、ただ見つめることしかできなかった。



その唇が、何度もフィンの名を呼びかけようとして、その度に、喉に詰まった石のような罪悪感に、言葉を飲み込んでいた。




王宮の一室。謁見を終えたダリウスは、騎士団長ヴァレリウスと二人きりで対峙していた。



「…貴殿のやり方は、好かんな」

ダリウスが、開口一番、低い声で吐き捨てた。



「現場を知らぬ者が立てた策は、常に無駄な血を流す。あの程度の脅威に、なぜあれほどの犠牲が必要だった? まるで、最初から『鉄の爪』を使い潰す算段だったとしか思えん動きだ。王命を笠に着て、自らの『実験』でもしていたのではないか?」



ヴァレリウスは、優雅な笑みを崩さなかった。


「結果こそが全てですよ、伯爵。犠牲なくして、勝利は得られません。それに…あの少年。『灰色の賢者』とやらの力がなければ、被害はさらに拡大していたでしょう。彼の力を測るためには、必要な『試練』だったのかもしれませんね」



「ふん。試練、だと? 兵の命を、貴殿の好奇心のために弄ぶか。あれが本当に賢者か、ただの小僧かは知らん。だが、貴殿のような、人の命を数字としか見ぬ男よりは、よほど信用できる」



ダリウスは、ヴァレリウスを


「腹に何かを抱えた、冷血な男」


だと断じていた。


その言葉に、ヴァレリウスの笑みが、ほんの一瞬だけ、温度を失ったように見えた。




その日の夕刻。フィンは、王宮の一室で、一人膝を抱えていた。




英雄に与えられた豪華な部屋も、彼にとっては、罪悪感を閉じ込める檻でしかなかった。




(次は、必ず…みんな…)

彼が、あの地獄の中で立てた、あまりにも無力で、傲慢な決意。




(エリアスのように、セラのように、死なせたくない。守りたい)



彼は、震える手で、テーブルの上に置かれた水の入ったピッチャーを掴もうとした。



だが、指が滑り、ガシャン、と鈍い音を立てて床に落ちた。



豪華な絨毯に、こぼれた水が、じわりと広がっていく。



それが、まるで、あの日の血溜まりのように見えた。




彼は、それを拾い上げることもできず、ただ、震える自分の手を見つめることしかできなかった。



コンコン、と扉がノックされた。


そこに立っていたのは、ガルムだった。



彼は、戸口でしばらく逡巡していた。



ドアの前で何度も立ち止まり


何か言いかけては口をつぐみ


まるで自分の足が鉛でできているかのように


重々しく部屋に入ってきた。



その顔は、まるで道に迷った子供と


罪を犯した大人が同居しているかのような、奇妙な歪みを見せていた。



「…お、おう。その…なんだ」

言葉が、続かない。彼はフィンから目を逸らし、部屋の中を見回し、そして、諦めたように、重いため息をついた。




「…………腹、減ってねえか?」

あまりにも唐突で、あまりにもぎこちない、その一言。



フィンは、ただ困惑して、目の前の大男を見上げるしかなかった。



だが、ガルムはそれ以上何も言えず、ただ、何も言わずに、フィンの傍らに腰を下ろした。



その大きな背中が、部屋の入り口を塞ぐように見えた。



彼は、フィンに背を向けたまま、壁の模様を、まるでそこに何か重要なものが描かれているかのように、じっと見つめている。




その時、音もなく、部屋の扉が静かに閉められた。セラフィナが、そっと気を利かせたのだろう。




部屋には、二人だけの、不器用な沈黙が流れる。

(この人は、なぜ僕を忘れたはずなのに、ここにいるんだろう?)


(なぜ、こんなに、苦しそうな背中をしているんだろう?)


(……なぜ、僕は、この人の背中を見ていると、少しだけ、痛みが和らぐんだろう?)




その問いに、答えはなかった。



静かな幕が上がっただけだった。

この物語の続きを読んでみたい!」「応援したい!」と思っていただけたら、ぜひ画面下の**【ブックマーク登録】と【評価】**で応援をお願いします!それがモチベーションになりますうぅぅ( ; ; )

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ