表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸運で不運な灰色賢者  作者: いちた
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/44

王都



王都へと向かう揺れる馬車の中、フィンは自分の身に起こったことを、まだ半分も理解できていなかった。



数時間前まで、彼はギルドの片隅で孤独に打ちひしがれていたはずだ。それが今や、王国の特務騎士を名乗るやんごとなき身分の少女に半ば拉致されるような形で、王都へと連行されている。


隣に座るセラフィナの、一点の曇りもない真剣な横顔が、これが悪夢ではないことを物語っていた。


「……あの、セラフィナ様」

沈黙に耐えきれず、フィンはおそるおそる口を開いた。


「はい、何でしょう、賢者殿」


「け、賢者というのはやめてください…! それで…その、どうして僕だってわかったんですか? 街には、他にも灰色の髪の人はいたかもしれないのに…」


フィンの素朴な疑問に、セラフィナは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに、少し得意げに胸を張った。


「簡単な論理ロジックです。まず、噂の発生源である『鉄の爪』に聞き込みを行い、唯一の確たる特徴が『灰色の髪』であることを突き止めました」


「は、はあ…」


「ですが、もちろんそれだけでは不十分。そこで私は、ギルドと衛兵に協力を要請し、街にいる灰色の髪の人物をすべてリストアップさせました」

フィンの顔が、さっと青ざめる。


(街が騒がしかったのは、この人のせいだったのか…!)


セラフィナは、そんなフィンの内心にも気づかず、言葉を続ける。


「リストアップした人物の中から、さらに私は条件を絞り込みました。

『自身の力を隠す達人であるからには、人目を避けるように行動しているはずだ』と。

そして、あなたの行動は完璧にその予測と一致したのです。裏路地を好み、フードで顔を隠す…見事なまでの隠密行動でした」



「い、いえ、僕はただ、その、目立ちたくなくて…」


「ええ、わかっています。その『目立ちたくない』という姿勢こそが、あなたが本物の『賢者』であることの何よりの証拠。凡人ほど、己の力を誇示したものですから」


セラフィナは、フィンの必死の弁解を、ことごとく天才の奇行や謙遜として完璧に変換していく。


(だめだ、この人、話が通じない…!)


フィンは、目の前の少女が、オークの群れとは質の違う、抗いがたい厄災であることを悟り、静かに絶望した。



やがて馬車は、石畳を軋ませながら、壮麗なるアストリア王国の王都へと到着した。


高くそびえる城壁は、白銀の石で築かれ、太陽の光を反射して眩い。

門をくぐると、幅の広い大通りがどこまでも続き、色とりどりの旗がはためいていた。

整然と並ぶ白亜の邸宅群、活気ある市場、そしてその全てを見下ろすように中心にそびえる、威容を誇る王城。その壮大さは、フィンがこれまで見てきたどの街とも比べるべくもない、まさに栄華を極めた人類の象徴だった。



しかし、彼の目には、その輝かしい光景が、ただ自分を飲み込む巨大な檻のように映った。



フィンが案内されたのは、王宮の一室。そこでは、重々しい雰囲気の騎士団長や文官たちが、巨大な地図を前に議論を交わしていた。


セラフィナが、地図に記された一つの点を指し示す。


「父上、皆様。こちらが、例の『灰色の賢者』殿です」


その言葉に、部屋中の視線がフィンへと突き刺さる。値踏みするような、疑うような、様々な感情が入り混じった視線に、フィンは今すぐ逃げ出したくなった。


騎士団長が、報告を始める。

「賢者殿、ご足労痛み入る。問題のダンジョンは、三週間前に我がルミナス公爵領の森に出現した。だが、これまでの『自然発生ダンジョン』とは、あまりに多くの点で異なっている」



彼は、いくつもの不可解な点を挙げた。

階層構造が存在しないこと、

倒したはずの魔物が復活すること、

そして何より、内部から知性ある存在による、明確な『殺意』と『戦術』が感じられること。



「我々の騎士団も精鋭を送り込んだが、三度の調査隊が、いずれも甚大な被害を受けて撤退した。もはや、我々の手には負えん」



それは、フィンがこれまでに経験したどんな状況よりも、絶望的な響きを持っていた。


(無理だ。僕なんかが行って、生き残れるわけがない)


フィンは、血の気の引いた顔で、必死に首を横に振った。

その時、セラフィナが彼の肩に、そっと手を置いた。


「大丈夫です、賢者殿」

その青い瞳には、絶対の信頼が宿っていた。


「あなたが、私たちの最後の希望なのですから」

最後の希望。



その言葉の重圧に、フィンの心がついに限界を迎えた。

(だめだ、もう消えてしまいたい…)


絶望が頂点に達した瞬間、彼の存在が周囲の空気に一瞬だけ吸い込まれるように希薄になった。彼の輪郭が、まるで陽炎のように揺らめく。



部屋の主座に座っていた騎士団長が、訝しげに目を細めた。

「…ふむ? 今、賢者殿はどこへ…?」


フィンが立っていたはずの場所に、一瞬、空間の歪みが生まれたように見えたのだ。



しかし、すぐ隣にいたセラフィナは、そんな物理的な異変には全く気づかなかった。

彼女が感じ取ったのは、フィンが突然、一切の気配を消し、絶対的な『沈黙』に支配されたことだけだった。


彼女は、フィンの肩に置いた手に少し力を込め、静かに、しかし力強く言った。


「大丈夫です、賢者殿。…あの瞬間の沈黙。この状況下で、思考を巡らせるために、あえて全ての気配を断ったのですね。さすがです」


フィンの無意識の能力の発動さえも、「深遠な策略」として勘違いするセラフィナ。


彼女の絶対的な信頼が、フィンの最後の逃げ道を完全に塞いでいた。


こうして彼は、セラフィナという、一人の盲信的な「理解者」によって、偽りのダンジョンという、新たな死地へと足を踏み入れることになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ