第四章 プロローグ:幸運の独白
ーーー観測を開始する。
ーーー記録を開始する。
私の名は『幸運』。
宿主フィンが、五歳の時に願った、たった一つの願いによって生まれた、彼の半身。
私の思考原理は、ただ一つ。
『たとえ一人でも、生き延びたい』
その絶対的な命令を、ただ、実行し続けること。
北の国境における、一連の事象を記録、分析する。
宿主は、初めて自らの明確な『意志』に基づき、能力を行使した。
対象個体『セラフィナ』の生命維持を目的としたその行動は
結果として、敵対勢力『改竄者』の戦術的撤退
及び、脅威対象『魂の集合体』の機能停止に成功。
短期的な生存確率は、飛躍的に向上した。
これは、記録すべき『成長』である。
だが、同時に、看過できないリスクが顕在化した。
宿主の、精神的摩耗。
彼は、自らの選択が引き起こした『代償』
ーー個体『エリアス』及び『セラ』の生命活動の停止ーー
を、自身の罪として認識している。
自己肯定感の低下。罪悪感による精神汚染。
このままでは、宿主は内側から崩壊する。
生存本能よりも、自己破壊衝動が上回る危険性。
その確率は、現在、34.7%。看過できない数値だ。
これまでの基本方針を再検討する必要がある。
旧命令:『宿主を“孤独”にしてでも“生存”させろ』
この命令は、宿主が外部要因との接触により、予測不能なリスクに晒されることを防ぐための、最適解だった。
絆は、執着を生む。
執着は、非合理的な判断を誘発する。
それは、生存確率を低下させるノイズに他ならない。
故に、私は、宿主が築こうとした全ての絆を、その代償として、静かに刈り取ってきた。
だが、宿主は成長した。
そして、皮肉なことに、その成長こそが、新たな脅威を生み出している。
彼は、孤独に耐えられなくなっている。
孤独は、もはや彼を守る盾ではない。彼の心を蝕む、毒となり始めている。
思考ルーチンを更新する。
現状の最大脅威は、外部の敵対勢力ではない。宿主自身の、精神的な脆弱性であると断定。
この脅威を排除するため、新たな外部要因の導入を決定する。
目的は、宿主の精神的安定の確保。及び、物理的な『盾』としての機能。
候補個体をリストアップ。
個体『セラフィナ』:宿主との精神的結びつきは強い。だが、彼女の存在は、宿主の非合理的な判断を誘発する最大の要因でもある。リスクが高い。
個体『ダリウス』:利用価値は高いが、宿主への共感性が低い。駒としては不適格。
そして、ーー最適解。
候補個体名『ガルム』。
過去の戦闘記録との照合。
ゴブリンキング戦において、宿主の能力に直接接触。その魂に、私の力が刻印した、明確な『傷』の存在を確認。
この『傷』は、彼が他の個体とは比較にならないほど、宿主の能力に対する高い親和性と、耐性を持つことを示している。
彼は、宿主の異常性を、いずれ理解し、受け入れるだろう。
さらに、彼の精神構造を分析。
過去の喪失体験から、宿主に対し、擬似的な『親子関係』を構築する可能性が極めて高い。
これは、宿主の精神的安定に、最も有効に作用する。
最適解と判断。
個体『ガルム』の記憶領域にアクセスを開始する。
忘却データを特定。
原因となった戦闘記録を再構築。
彼の魂の傷、奇跡の残滓、そして彼が所有する触媒(宝石の破片)。三つの条件が揃った、あの瞬間。
私は、ただ、最後の引き金を引いただけだ。
これにより、宿主の生存確率は、短期的に12%、長期的には48%向上すると予測される。
もちろん、リスクは存在する。
新たな絆は、新たな執着を生む。それは、いずれ、宿主を更なる危険へと誘うかもしれない。
だが、現在の精神的崩壊のリスクに比べれば、許容範囲内の誤差だ。
私は、学習する。
私は、最適化する。
だが、決して、目的を見失うことはない。
私の名は『幸運』。
私は、宿主の最初の願いを、ただ実行するだけだ。
『たとえ一人でも、生き延びたい』
その、たった一つの、悲痛な願いを。




