第三章 エピローグ:観測される者
王都アストリア。
その中心にそびえ立つ騎士団本部の最上階。
ヴァレリウスの執務室は、夜の静寂に満たされていた。
部屋を照らすのは、机の上に置かれた魔導ランプの冷たい光だけ。
空気には、古い羊皮紙と、磨かれたマホガニーの香りが漂っている。
この部屋で唯一の音は、ヴァレリウスが走らせるペンが、乾いた音を立てて羊皮紙を引っ掻く音だけだった。
彼の前には、北の国境から届いたばかりの、数枚の分厚い報告書が置かれている。辺境伯ダリウスの、無骨で、事実だけを淡々と記した武人らしい文字が並んでいた。
ヴァレリウスは、その報告書を、まるで外科医が体を解剖するかのように、冷徹に、そして丹念に読み解いていた。
謎の黒装束の一団の全滅。
規格外のダンジョンボスの鎮圧。
『鉄の爪』の犠牲者二名。
それらは全て、彼の計算の範囲内だった。駒の損失としては、許容できる。
だが、彼のペンが、ぴたりと止まった。
報告書の最後の一節。
ダリウスが、自らの目で見た事実と、兵士たちから集めた半信半疑の証言を元に再構成した、あの最後の場面。
――一人の少年が投げた、ただの石ころ。
――それが、ありえない偶然の連鎖の果てに、戦況の全てを覆したという、あまりに馬鹿げた顛末。
ヴァレリウスは、報告書から顔を上げた。その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
彼が興味を持っていたのは、フィンという少年が持つ、「幸運」という名の、世界の法則を歪める異常性だけだ。
これまで、その力は、あくまで受動的で、本能的なものだったはずだ。
だが、今回のこれは、違う。
「…盤の端にたどり着いた駒が、王冠を要求し始めたか」
ヴァレリウスは静かに立ち上がると、部屋の巨大な窓へと歩み寄った。
眼下には、眠りについた王都の、宝石を散りばめたような灯りが広がっている。
彼は、まるで愛おしいものを眺めるかのように、その灯りを見つめた。
「――計画を、前倒しする」
「これより、王都の黄昏を始めよう」




