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幸運で不運な灰色賢者  作者: いちた
第三章 北の国境と、賢者の初陣

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第三章-12:目覚めと誓い



砦で一番良い部屋が、フィンに与えられた。



窓の外からは、兵士たちが「北の英雄」を称える、陽気な歌声が時折聞こえてくる。



それは本来、勝利を祝福する温かいものであるはずだった。


だが、今のフィンの耳には、ただ自らの罪を告発する、呪詛のこだまのようにしか響かなかった。



彼の頭の中では、二つの現実が、終わりのない拷問のように繰り返されていた。



ーセラフィナを救えた。



自分の意志で、初めて、守りたいものを守れた。



その事実を思い出すと、胸の奥に、か弱い蝋燭の灯火のような、小さな温もりが灯る。


「僕にも、何かできたんだ」という、生まれて初めての感覚。



だが、その温もりは、次の瞬間には、氷の指で握り潰される。



脳裏に焼き付いて離れない、仲間たちの無残な姿。



自分の力が、仲間を死なせた。

自分は疫病神だ。



安堵が絶望に変わり、期待が罪悪感に変わる。

その感情の振り子運動が、若い彼の心を、ゆっくりと、しかし確実に引き裂いていた。



コン、コン、と控えめなノックの音がした。

「…フィン」



セラフィナだった。

フィンが居なくなっている不安にかられたセラフィナは思わずフィンの様子を見にきたのだった。



彼女は、彼を「英雄様」などとは呼ばない。



ただ、静かに名前を呼び、彼の側に腰を下ろす。



彼女は「あなたのせいではない」などという安っぽい慰めは言わなかった。


ただ、彼の、指先の皮が裂けた手を見つめ、静かに、しかしはっきりと告げた。



「あなたの選択は、間違いではなかった。私も、エリアスも、セラも…きっと、それを理解しているはずだ」



彼女は、彼の「結果」ではなく

「意志」そのものを肯定した。



その言葉が、フィンの心をかろうじて繋ぎとめる。



二人の間には、誰にも言えない秘密を共有する


「共犯者」


としての静かで、しかし絶対的な絆が生まれていた。



セラフィナが去った後、フィンは一人、自らの両手を見つめた。



石を投げ、指先の皮が裂け、肩の筋が悲鳴を上げた、その手を。



彼は、涙を流しながら、静かに、しかし強く誓った。

「…次は。次は、必ず…。セラフィナも、エリアスさんたちも…みんな、僕が…」



それは、あまりにも無力で、あまりにも傲慢な、しかし、英雄としての最初の決意だった。





砦の酒場は、勝利を祝う兵士たちの熱気で満ちていた。


酒を豪快に飲み干す者、涙ながらにこれまでの苦労を吐き出し友と酒を酌み交す者。

なかには弔い酒もいるだろう


様々な背景や思いはあれど全体の空気感はとても明るい



その喧騒の片隅で、ガルムは、手酌で注いだエールを、虚ろな目で見つめていた。



酒の味など、しなかった。仲間を失った悲しみを、酒で紛らわせることすらできない。



彼の脳裏に、何度もフラッシュバックするのは、戦闘の記憶ではない。



くだらない、日常の記憶だ。



難しい顔で魔導書を読んでいたはずが、いつの間にか舟を漕いでいた、エリアスの寝顔。



「ガルムさんは食べすぎだ」と悪態をつきながら、自分の分の干し肉を黙って分けてくれた、セラのぶっきらぼうな優しさ。



それは、仲間を失った悲しみではなかった。



ガルムにとって人生で2度目となる自身の体の一部を失ったかのような

どうしようもない喪失感だった。



彼は、無意識に懐に入れていた魔法の宝石の破片を、何度も指でなぞっていた。


何かがおかしい。

失われた記憶のパズルが、あと一つで完成しそうだ。


ガルムが、宝石の破片を強く握りしめ、フィンの幻影に苦悩している、まさにその瞬間。


彼の忘却されず魂に刻まれていた傷が、この地に満ちる奇跡の残滓と、握りしめた宝石の輝きに共鳴した。



宝石が、一瞬だけ、淡い光を放った。



記憶が、灼熱の鉄となって脳を焼いた。



二つの罪が、心臓を鷲掴みにする。




後悔。




自らの愚かさへの、殺意にも似た憎しみ。



守れなかった仲間への、どうしようもない愛情。



そして、二度もその存在を忘れ、あまりにも重い運命を一人で背負わせた、あの少年への、説明不能の衝動。



ぐちゃぐちゃになった感情が、彼の内側で、ついに許容量を超えて爆発した。



「――ああああああああッ!」




それは、意味をなさない、獣の咆哮だった。



彼は、握りしめていた木製のジョッキを、奥歯が砕けるほどの力で、握り潰した。


エールと木の破片が、彼の掌を切り裂くが、そんな痛みなど感じない。



兵士たちの陽気な喧騒が、今はただ、彼の神経を逆撫でするだけの雑音に変わる。



彼は、椅子を蹴り倒し、祝杯の並んだテーブルを衝動のままにひっくり返した。



兵士たちの驚愕と非難の視線が、同情混じりの思いが突き刺さる。



だが、もはやそんなものは、どうでもよかった。



彼は、嵐のように、酒場の扉を蹴破って飛び出した。



そして、砦の塔の一室で、一人静かに膝を抱え、新たな決意を固めるフィンの姿を見つける。



英雄として祭り上げられながら、その実、誰にも理解されず、仲間を死なせた罪悪感に苛まれる、あまりにも小さな背中。



その姿に、彼は、守れなかった「息子」の面影と、守るべき「未来」を見た。



彼の瞳から、もう疑念と恐怖は消えていた。



代わりに宿ったのは、揺るぎない、父親のような決意。



歴戦の戦士として悲しみを背負い、前線を一心に背負っていた冒険者パーティ 『鉄の爪』

リーダー ガルムの姿である。


そして彼は、誰にも聞こえない声で、静かに誓いを立てた。



「…今度こそ。俺が、お前を守り抜く」



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