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幸運で不運な灰色賢者  作者: いちた
第二章 王宮の影と、最初の“神託”

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22/44

三度目の奇跡と、セラフィナの不信


爆発の熱と衝撃波が過ぎ去った部屋に、衛兵たちがなだれ込んできた。


気を失った暗殺者は厳重に拘束され、燃え広がろうとしていたカーテンの火は、駆けつけたリアンの水魔法によって、すぐに消し止められた。


「セラフィナ様、お怪我は!?」


「私は大丈夫です。それより、賢者殿を!」


セラフィナの声に、騎士たちは爆風で壁際に打ち付けられていたフィンの元へ駆け寄る。

幸い、彼は打撲だけで済んだようだったが、先ほどの罪悪感と混乱で、ただ呆然と床に座り込んでいるだけだった。


「…確保した研究資料も無事です!」


騎士の一人が、瓦礫の中から奇跡的に無傷だった羊皮紙を掲げる。



事件は、解決した。



衛兵たちが後処理に追われる中、セラフィナは部屋の隅で、一人静かに佇んでいた。彼女は、拘束されていく暗殺者と、未だに呆然としているフィンを、交互に見比べていた。



その表情は、勝利の喜びに満ちているというよりは、何かを必死に考え込んでいるようだった。



やがて、彼女はフィンの前にゆっくりと歩み寄ると、周囲の騎士たちに目配せして下がらせた。


二人きりになった部屋で、セラフィナは静かに口を開いた。その声は、いつものような絶対的な信頼の色ではなく、どこか冷たい、分析的な響きを帯びていた。


「…賢者殿。見事な手腕でした」


その言葉に、フィンの肩がびくりと震える。


「しかし、一つだけ、解せない点があります」


セラフィナは、フィンの灰色の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「なぜあの時、燭台を倒し、火事を起こすという手段を選んだのですか?」



「え…」



「あなたの神眼ならば、犯人が罠を仕掛けていることなど、お見通しだったはず。もっと安全な対処法もあったのではないでしょうか」


彼女の問いは、純粋な論理に基づいていた。


「あの行動は、結果的に我々を救いました。しかし、一歩間違えれば、この部屋にある重要な証拠…あの羊皮紙さえも燃やしてしまう、あまりに危険な賭けだった。…あなたの真意は、どこにあったのですか?」


セラフィナの言葉は、正論だった。


そして、その正論が、フィンの心を容赦なく抉った。


(真意…? そんなもの、あるわけないじゃないか…)


彼はただ、自分が助かりたい一心で、卑劣な行動を取っただけだ。証拠のことなど、仲間のことなど、考える余裕は一切なかった。



しかし、そんなことを正直に言えるはずもない。言えば、この聡明な女騎士は、今度こそ自分のことを見限るだろう。軽蔑するだろう。



(また…『卑怯者』だって、思われるんだ…)



過去のトラウマが、彼の喉を締め付ける。

「…っ」

彼は何も答えられず、ただ俯いて、血の気の引いた顔で震えることしかできなかった。



その姿を見たセラフィナの瞳に、一瞬、鋭い失望の色が浮かんだ。


(やはり、私の思い過ごしだったのか…? 彼の力は本物だが、その行動は、ただの気まぐれや、場当たり的なものだったと…?)


しかし、彼女はフィンの震える指先と、罪悪感に苛まれているかのようなその表情を見て、脳裏にもう一つの、ありえない可能性が閃いた。



(まさか…)



(彼は、あの燭台を倒した瞬間、その先の未来…火事が可燃性ガスを誘爆させ、犯人を無力化し、しかし証拠品は奇跡的に燃え残るということまで、全て“視て”いた…?)



(そして、そのために、あえて『最も合理的ではない、狂人の一手』を演じた…?)



(そうだ、だから彼は苦しんでいるのだ。あまりに非人間的な、未来の全てを見通す“神の視点”を持つがゆえに、我々凡人には到底理解できない、孤独な決断を下さなければならなかったのだ…!)


彼女の中で、論理的な「不信感」は、**それを遥かに上回る、さらに壮大な「勘違い」**によって、完全に上書きされた。



彼女は、自らの浅慮を恥じるように、静かに頭を下げた。


「…申し訳ありません、賢者殿。私が愚かでした。あなたの深遠な策を、私の矮小な物差しで測ろうなどと…」

「え…?」


顔を上げたフィンは、なぜか謝罪されている状況が全く理解できず、ただ混乱するばかりだった。


セラフィナのフィンに対する信仰は、一度芽生えた「不信」という試練を乗り越えたことで、もはや誰にも揺るがすことのできない、絶対的なものへと変わっていた。

次でいよいよ2章ラストです!

はんやい!

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