幕間 / 仮面の告白と悪意の瞬間
幕間
王宮書庫の隠し金庫から発見された羊皮紙。
セラフィナは、そこに古代魔族語で記された文字を解読することはできなかったが、これが犯人が血眼になって探していた「事件の核心」であると確信していた。
彼女の脳裏には、あのうわ言を口走り、儚げに倒れた灰色の髪の少年の姿が浮かんでいた。
(賢者殿…)
彼女は、すぐには犯人の元へは向かわなかった。この勝利と、新たなる謎を、一刻も早く、あの「神託」の主へと報告しなければならない。
それが、彼の功績を唯一記憶している自分に課せられた、当然の義務だと信じていた。
その頃、フィンは医務室のベッドの上で、千載一遇の好機を窺っていた。
(…静かだ。セラフィナさんも、見張りの騎士もいない。今しかない…!)
彼は、シーツを何枚も引き裂いて結び合わせ、即席のロープを作り上げていた。
窓の外は、月明かりだけが頼りの暗い中庭。ここから壁を伝って降りれば、通用門まではすぐのはずだ。
「今度こそ…!」
自由を目前にし、フィンはロープを窓枠に固く結びつけた。
一方、セラフィナは、興奮した足取りで医務室へと向かっていた。
(賢者殿にお見せすれば、この羊皮紙の意味も、すぐに解き明かしてくださるだろう)
彼女が中庭に面した渡り廊下を歩いていた、その時だった。
月明かりの下、医務室の窓から、ひょろりとした人影が、シーツのロープを伝って壁を降りているのが見えた。
その灰色の髪。間違いなくフィンだ。
セラフィナは、息を飲んだ。そして、次の瞬間、その全身に鳥肌が立つほどの戦慄が走った。
(すごい…!)
彼女は、フィンの行動を脱走だとは微塵も思わなかった。
(私が書庫で証拠を発見したのと、寸分の狂いもなく、同時に行動を起こしていたというのか…! 私がこれから犯人の元へ向かうことまで完璧に予測し、護衛も連れず、単独で、最短ルートで現場へ向かおうとしていたとは…!)
「賢者殿!」
セラフィナは、中庭に降り立ったフィンの元へ駆け寄った。
「えぇ!セラフィナさん!? なぜここに…!」
絶句するフィン。しかし、セラフィナは彼の脱走に全く気づかず、その手を固く握りしめた。
「さすがです! 私も今、犯人のアジトへ向かうところでした! 合流しましょう!」
「え、あ、いや、僕は、ただ、その…か、かえりたーい…」
「ええ、分かります! この事件を解決して、一刻も早く安寧な日常へ**『帰る』**のですね! 全くの同感です!」
こうして、フィンの決死の脱走計画は、セラフィナの究極の勘違いによって、彼の神がかり的な策略の一部として、完璧に物語の中へと回収されてしまったのだった。
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仮面の告白と、悪意の瞬間
セラフィナに腕を引かれ、フィンが連れてこられたのは、王宮の片隅にある、目立たない一人の文官の部屋だった。
セラフィナは、躊躇なくその扉を蹴破った。
「動くな!」
部屋の中にいたのは、驚愕に目を見開く、人の良さそうな笑みが特徴の中年の男だった。
彼は、セラフィナの突然の乱入に、両手を上げて降参の意を示す。
「これはこれは、セラフィナ様。一体、何の騒ぎですかな?」
「とぼけないでください。オルドリン公爵を暗殺し、その研究資料を奪ったのは、あなたですね」
男は、肩をすくめてみせた。「何のことやら」
しかし、セラフィナが例の羊皮紙を彼の目の前に突きつけた瞬間、男の表情から笑みが消えた。
「…なぜ、それを。あれは、公爵が最も深く隠していたはずの…」
「賢者殿の『眼』は、全てお見通しです」
観念したように、男はゆっくりと自身の表情を隠す仮面を外した。
人の良さそうな文官の顔が剥がれ落ち、その下から現れたのは、感情の読めない、暗殺者としての冷たい瞳だった。
彼は、ヴァレリウス配下の「影」の一人。
「いかにも。世界の真実を知りすぎたあの老人を排除したのは、私だ」
彼は悪びれもせず、嘯いた。
「全ては、この狂った世界を正すための、必要な犠牲。アストリア王国のため、いや、世界の未来のためにな」
その時だった。
フィンの脳裏に、鮮明で、抗いがたい「妄想」が流れ込んできた。
目の前の暗殺者が、懐から煙玉を投げつけ、窓から脱出する。そして、数日後、王宮の廊下で、その男が自分の背後から音もなく現れ、心臓を短剣で貫く、という未来。
(死ぬ…! こいつをここで逃したら、僕が殺される!)
恐怖が、彼の思考を支配した。
暗殺者は、セラフィナたちが一瞬気を緩めた隙を突き、予期された通り、懐から煙玉を取り出した。
「さらばだ、姫君。我々の悲願、せいぜい見届けるがいい」
(だめだ、逃がすな! 逃がしちゃだめだ!)
フィンの生存本能が、絶叫する。
彼は、セラフィナたちに警告するでもなく、ただ自分の命を守りたい一心で、動いた。
すぐそばにあった、重厚な燭台。彼は、わざとそれに体をぶつけ、犯人が逃げようとする窓の方向へと、それを倒した。
ガッシャーン!
けたたましい音と共に、燃え盛る燭台が床に倒れ、高価なカーテンに燃え移る。
「なっ!?」
煙玉を投げようとしていた暗殺者は、突然の火の手に驚き、一瞬だけ動きを止めた。
それは、フィンが生き延びるためだけに取った、計算された(と彼自身は思っている)卑劣な行動だった。
無関係な書庫に火を放ち、混乱を引き起こすという、悪意に満ちた一手。
しかし、その結果は、彼の矮小な想像を遥かに超えるものだった。
――部屋には、犯人が最後の罠として、無色無臭の可燃性ガスが満ちていたのだ。
倒れた燭台の炎が、そのガスに引火した。
―――!!!
次の瞬間、窓際で轟音と共に大規模な爆発が発生。
暗殺者は、自らが仕掛けた罠の爆風に飲まれ、壁に叩きつけられて気を失った。
爆風は、セラフィナたちと、そしてフィン自身をも部屋の奥へと吹き飛ばす。幸い、火事は小規模なもので、すぐに鎮火した。
瓦礫の中で咳き込みながら、セラフィナは信じられないものを見るような目で、フィンを振り返った。
(…すごい。敵が煙玉を使うことを見越し、最後の罠である可燃性ガスの存在まで看破し、それを逆用して、最小限の力で犯人を無力化した…?)
彼女の中で、フィンの行動は、またしても「神の一手」として完璧に解釈されていた。
しかし、フィンは、そんな彼女の視線に気づく余裕もなかった。
彼は、自分の卑劣な行動が、結果的に犯人を捕らえ、仲間を救ったという事実に、ただ混乱していた。
(僕が、助けた…? 違う、僕はただ、自分が助かりたかっただけで…)
善の結果を生み出してしまった、明確な悪意。
そのどうしようもない矛盾が、彼の心に、初めて経験する種類の、重い罪悪感を刻み付けた。
ちょっと長くなってしまいました。。
お読み頂きありがとうございます( *・ω・)ノ
ブックマークもぜひお待ちしてます。。!




