蜘蛛の糸が示す先
翌朝。
フィンは、医務室のベッドの上で、ぼんやりと天井を見つめていた。
昨夜、セラフィナが部屋を飛び出していった後、彼は再び深い眠りに落ちていたらしい。度重なる精神的負荷に、彼の心身は限界を迎えつつあった。
(…昨日の夜、何があったんだっけ)
記憶が曖昧だ。セラフィナが何かを持ってきて、自分が何かを口走り、彼女が喜んで出ていったような気がする。
(まあ、いいや…。今日の晩御飯、なんだろう…)
思考を放棄した彼の頭に浮かぶのは、そんな現実逃避にも似た、どうでもいいことだけだった。
その頃、セラフィナは既に行動を開始していた。
彼女は、ヴァレリウスからの「助言」と、フィンの「神託」という、二つの強力な羅針盤を手に、王宮書庫へと乗り込んでいた。
「――というわけで、オルドリン公爵が最後に閲覧していた資料を、すべて確認させてください」
セラフィナの有無を言わせぬ気迫に、書庫の司書は青ざめながらも頷き、分厚い閲覧記録の台帳を広げた。
「…これだ」
セラフィナの指が、ある一点で止まる。
ヴァレリウスが示唆した「古代の紋章」に関する項目。そして、その閲覧記録が集中しているのは、書庫の中でも特に古い書物だけを集めた「禁書」の区画だった。
(古い木の匂い…。間違いない、賢者殿の神託はこの場所を示していた…!)
セラフィナは、魔道士リアンと数人の騎士を伴い、埃っぽい禁書庫へと足を踏み入れた。
そこは、まさにフィンの「神託」が示した通り、古い紙と木の匂いが満ちる、静寂の空間だった。
「手分けして探します。オルドリン公爵が調べていた紋章に関する記述を、片っ端から!」
しかし、捜索は難航した。禁書庫の蔵書は膨大で、公爵がどの本を狙っていたのか、見当もつかない。
リアンが、途方に暮れたように呟く。
「ダメです、セラフィナ様…。これでは、何日あっても…」
その時、セラフィナの脳裏に、フィンのもう一つの言葉が蘇った。
『蜘蛛の糸』
(蜘蛛の糸…。張り巡らされた陰謀の比喩…。だが、それだけ…?)
セラフィナは、書庫全体を見渡した。高い天井、壁一面に並ぶ書棚、そして、その間を繋ぐように、いくつもの梯子や渡り廊下が複雑に配置されている。
(…まるで、蜘蛛の巣だ)
その瞬間、彼女の中で何かが繋がった。
(賢者殿は、書庫そのものを『蜘蛛の巣』と表現した。そして、公爵が調べていたのは『紋章』…。だとしたら、探すべきは、本の中ではない…!)
彼女は、書庫の中央に立ち、天井を見上げた。
そこには、王家の歴史を描いた巨大なステンドグラスが嵌め込まれていた。色とりどりの光が、床に幻想的な模様を描いている。
「リアン。あのステンドグラスを調べてください。公爵が調べていた紋章と、同じものはありませんか?」
「えっ? しかし、あれはただの装飾で…」
「いいから、早く!」
リアンは戸惑いながらも、鑑定の魔法を詠唱する。
すると、ステンドグラスに描かれた無数の紋章のうち、たった一つだけが、微かな魔力反応を示した。
それは、公爵が調べていた古代の紋章と、完全に一致していた。
「…見つけた」
セラフィナは、その紋章が示す書棚へと向かう。それは、他の誰もが見向きもしない、ごくありふれた歴史書の棚だった。
彼女は、紋章のちょうど真下に位置する一冊の本を、ゆっくりと引き抜いた。
――カチリ。
小さな音と共に、本が置かれていた棚の奥が沈み込み、隠し金庫が出現した。
中には、一通の羊皮紙が収められている。それは、オルドリン公爵が、自らの命が狙われていることを予期し、最後の切り札として隠した、研究資料のオリジナルだった。
羊皮紙には、誰も知らないはずの、古代の魔族の文字で、こう記されていた。
『観測者は、我らと同じ血…』
「…これは…!」
セラフィナは、まだその文字の意味を理解できなかった。
しかし、これこそが、犯人が命を懸けてでも奪おうとした、「事件の核心」であることを、彼女は確信した。
彼女は、羊皮紙を固く握りしめる。
フィンの「神託」が、再び、真実への扉を開いたのだ。
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それはさておき読んでくれてる方本当にありがとうございます。。頭が上がりません。。




