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幸運で不運な灰色賢者  作者: いちた
第二章 王宮の影と、最初の“神託”

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仕組まれた神託


王宮の医務室。

ようやく意識がはっきりとしてきたフィンは、柔らかいベッドの上で、ただ天井の染みを数えていた。


侍従長の証言が消えた、あの混乱した評議会の後、彼は精神的な疲労から再び医務室に運び込まれていたのだ。


(もう、疲れた…。わけのわからない事件も、期待に満ちたセラフィナさんの目も、全部…。かえりたーい…)


彼は、本気で王宮からの逃亡計画を練り直していた。今度こそ、誰にも見つからないように、完璧に。


その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「賢者殿! お目覚めでしたか!」


入ってきたのは、疲れた様子も見せず、むしろ瞳を爛々と輝かせたセラフィナだった。

その手には、ヴァレリウスから渡された、あの古代の紋章が描かれた羊皮紙が握られている。


フィンの心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


「体調はいかがですか? リアンによれば、極度の精神集中による魔力欠乏だろうと。さすがです」

「あ、う、うん…」

(ただの気絶なんだけどな…)



口答えする気力もなかった。フィンは、今こそ言うべき時だと、か細い声で切り出した。



「あの、セラフィナさん。もう、僕を解放してもらえませんか…? 僕は、本当に何もできないんです。あなたたちの役には立てない…」



しかし、セラフィナはフィンの言葉を、まるで聞いていないかのように、羊皮紙を彼の目の前に広げた。



「賢者殿。あなたの神託と、騎士団長閣下からの助言により、捜査は新たな局面を迎えました」


(僕のこと、見えてる!? 聞こえてる!? ていうか、まだ僕のこと認識できてる!?)


フィンの内心の絶叫は、もちろん彼女には届かない。

普通、これだけ濃密に関われば、彼の存在は相手の記憶から抜け落ち始めるはずだった。


エリーゼのように。


ガルムたちのように。


しかし、目の前のこの女騎士は、まるでその世界の理が通用しないかのように、真っ直ぐに自分を見つめ、当然のように「賢者」としての役割を求めてくる。


(この人の頭の中、どうなってるんだ!?)


フィンの混乱をよそに、セラフィナは結論を言った。

「ですが、この古代の紋章が何を示すのか、私にはまだ解読できません。どうか、もう一度だけお力をお貸しください。この紋章から、何が視えますか?」



その真っ直ぐな、一点の曇りもない信頼に満ちた瞳。

それが、フィンを奈落の底へと突き落とした。


(だめだ。この人は、僕が『賢者』だと信じて疑っていない。僕がいくら否定しても、無駄なんだ)


(どうすれば、どうすればこの状況から逃げられる…?)


プレッシャーで、呼吸が浅くなる。頭が、じりじりと焼けるように痛い。


彼の脳裏に、またしても、意味のないイメージの断片が明滅し始めた。



――埃っぽい、古い木の匂い。壁一面に並んだ、膨大な書物の背表紙。そして、その書庫の薄暗がりに、まるで罠のように張り巡らされた、銀色に光る蜘蛛の糸――



「あ…」


もはや、それは彼の意思ではなかった。極度のストレスに耐えきれなくなった脳が、悲鳴を上げるように、勝手に言葉を紡ぎ出す。



「…ふるい、きの…におい…」


「古い、木の匂い…?」


「…くも、の…いと…」


それだけを口にすると、フィンは激しい頭痛に襲われ、ベッドの上でうずくまった。



しかし、セラフィナは、新たな「神託」を得たことで、歓喜に打ち震えていた。



(古い木の匂い…王宮書庫! 蜘蛛の糸…張り巡らされた陰謀の比喩!)



彼女は、フィンの体調を気遣う言葉も忘れ、興奮したまま部屋を飛び出していく。

「ありがとうございます、賢者殿! すぐに書庫を調べさせます!」



一人残された部屋で、フィンはただ呻くことしかできなかった。

彼の必死の抵抗は、またしても、セラフィナの完璧な勘違いによって、物語をさらに深みへと進めるための、最高の燃料となってしまったのだった。


(・・・今日の晩御飯なにかなー。)

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