盤上の支配者
評議会の混乱は、最終的に騎士団長ヴァレリウスの一声によって収められた。
「…侍従長の精神は混乱しているようだ。ひとまず牢に入れ、改めて聴取する。セラフィナ殿、君の功績は認めよう。隠し通路を発見し、侍従長の関与を暴いた。だが、決め手に欠けるのもまた事実。引き続き、賢者殿と共に捜査を許可する」
その裁定は、セラフィナを罰するでもなく、かといって完全に認めるでもない、あまりに巧みで公平なものだった。フィンは、その冷静な声の裏に潜む、底知れない何かを感じていた。
自室に戻ったセラフィナは、一人、苦悩に沈んでいた。
(証言が、消えた…。私の目の前で。あんなことが、ありえるというのか…)
侍従長の豹変。それは、彼女が信じる論理と理性の世界を根底から覆す出来事だった。
(賢者殿の周りでは、世界の常識が歪められる。彼は一体、何者…?)
疑念ではない。彼女のフィンへの信仰は揺らいでいない。
しかし、その信仰の対象が、自分の理解を遥かに超えた存在であるという事実に、彼女は一種の恐怖を感じていた。
その時、部屋の扉がノックされた。
「セラフィナ様、騎士団長閣下がお見えです」
「…少し、よろしいかな」
入ってきたヴァレリウスは、いつものように穏やかな、しかし威厳のある表情をしていた。彼は、思い詰めた様子のセラフィナを見ると、父親のような優しい声で言った。
「思いつめているようだな、セラフィナ殿。君の焦りは分かる。だが、事を急いては真実を見誤る」
「しかし、団長! 私は確かに、この目と耳で…!」
「ああ、分かっている」
ヴァレリウスは、彼女の言葉を遮るように、一枚の古い羊皮紙をテーブルの上に広げた。
「君の報告を聞き、気になって調べてみた。オルドリン公爵が、その最期の日々、王宮書庫の奥深くで、ある古代の紋章について調べていたらしい」
広げられた羊皮紙には、複雑な模様が描かれている。それは、フィンの口走った「神託」とは、全く関係のないものに見えた。
「これは…?」
「分からん。だが、公爵ほどの人物が、死の直前まで執着していたものだ。あるいは、今回の事件と何か繋がりがあるやもしれん」
ヴァレリウスは、それだけを言うと、セラフィナの肩をポンと叩いた。
「真実の探求とは、時に回り道も必要だということだ。…期待しているぞ」
彼はそれだけを残し、部屋を去っていった。
セラフィナは、残された羊皮紙を食い入るように見つめた。
(騎士団長が、私のために…? いや…)
彼女の脳裏で、何かが閃く。
(…これも、賢者殿の計画の内…!)
彼女は、勝手に、そして完璧に勘違いした。
(私が行き詰まることを見越し、賢者殿が、何らかの手段で騎士団長を動かし、このヒントを私に与えてくださったのだ! そうに違いない!)
(この紋章が、きっと次の神託に繋がる鍵なんだ!)
セラフィナの部屋からでた、ヴァレリウスは一人、静かに息をついた。その指が、まるで祈るように、首から下げた古びたロケットペンダントにそっと触れる。
(…リリア。君が愛したこの世界は、あまりにも狂気に満ちている…)
彼の脳裏に、今は亡き妻子の笑顔がよぎる。その一瞬だけ、彼の瞳に宿る冷徹な光が、深い悲しみの色に揺らいだ。
しかし、それも束の間。彼はすぐに表情を引き締め、次の行動へ歩みを始めた
一方その頃、医務室のベッドの上で、フィンは静かに目を覚ましていた。
あの評議会の後、彼は精神的な疲労から、再び眠ってしまっていたのだ。
(…疲れた。もう、なにもかも嫌だ…)
彼は、静かにベッドから抜け出すと、窓の外を見つめた。高い城壁。厳重な警備。どうやっても、ここからは逃げられない。
(…かえりたーい…)
その呟きは、誰の耳にも届くことなく、夜の闇に消えていった。
彼はまだ知らない。
彼のあずかり知らぬところで、彼の「手柄」とされるものが、また一つ増えてしまったことを。
そして、その全てが、ヴァレリウスという恐るべき支配者の掌の上で、巧妙に踊らされているだけだということを。
本日も読んで頂きありがとうございます。。
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