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幸運で不運な灰色賢者  作者: いちた
第二章 王宮の影と、最初の“神託”

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消える証言


セラフィナが発見した隠し通路は、王宮の地下にある、埃っぽい古書庫へと繋がっていた。


その薄暗がりの中、一人の初老の男が、狼狽した様子で書類の整理をしていた。オルドリン公爵家に長年仕える、侍従長だった。


「なっ…! セラフィナ様!? なぜ、このような場所から…!」

「それはこちらのセリフです、侍従長。公爵の寝室に繋がるこの通路について、説明していただきましょうか」



セラフィナの鋭い追及に、侍従長は顔を真っ青にして首を横に振った。


「し、知りません! 私は何も…! この通路は、公爵家の中でも一部の者しか知らない秘密のものです。まさか、誰かが勝手に…」


彼は、完璧にシラを切り通した。状況証拠だけでは、彼を追い詰めることはできない。セラフィナは歯噛みし、一度引き下がらざるを得なかった。




医務室の簡素なベッドの上で、フィンはゆっくりと目を覚ました。

傍らには、心配そうに彼を看病していた侍女のエリーゼがいる。フィンは、彼女がまだ自分のことを覚えていてくれていることに、ほんの少しだけ安堵した。


「ありがとう、エリーゼさん。もう大丈夫」



フィンが掠れた声で礼を言うと、エリーゼは花が咲くように笑った。


その時、医務室の扉が勢いよく開かれた。


隠し通路の調査から戻ってきたセラフィナだった。彼女は、フィンが目を覚ましたことに安堵しつつも、悔しげな表情で報告を始める。



「賢者殿! あなたの神託通り、隠し通路を発見しました! その先で、侍従長を捕らえましたが、彼は頑なに否認を…」

報告の途中、フィンがベッドから身を起こそうとして、バランスを崩した。

「わっ…!」


彼の「幸運」が発動し、彼はそばにあったキャビネットに、倒れ込むように手をついた。



その衝撃で、キャビネットの上に飾られていた、見事な装飾の施された壺が床に滑り落ち、甲高い音を立てて砕け散った。


「きゃあっ!」


エリーゼが悲鳴を上げ、医務室の責任者が血相を変えて飛んでくる。

「な、何事だ! ああ、なんてことを! その壺は、オルドリン公爵から寄贈された、由緒ある品だぞ!」



しかし、セラフィナは、その言葉にハッとした。

「オルドリン公爵からの…寄贈品…?」



彼女は、床に散らばった壺の破片の中に、何か小さな金属が光っているのを見つけた。それは、他の破片とは明らかに異質な、小さな鍵だった。



セラフィナの脳裏で、全てのピースが繋がった。


彼女は、その鍵を拾い上げると、再び侍従長の元へと向かったのではなく、評議会が開かれている大広間へと向かった。


彼女は、侍従長を全ての重臣たちの前に引きずり出し、そこで決着をつけるつもりだった。



再び招集された評議会の場で、セラフィナは侍従長を中央に立たせた。


「侍従長、あなたが隠し通路の鍵を犯人に渡したことは、分かっています」


「し、白々しい! 証拠でもあるのですかな!」



まだ強気を崩さない侍従長。しかし、セラフィナが彼の目の前に、あの小さな鍵を突きつけた瞬間、侍従長の顔から血の気が引いた。



「な…なぜ、それを…」



それは、彼が犯人との裏取引に使った、ギルドの貸金庫の鍵。絶対に誰にも見つかるはずのない場所に隠していたはずの、動かぬ証拠だった。



セラフィナは、冷たく言い放った。



「公爵の寝室から、あなたの部屋へ。そして、医務室の壺の中へ。…賢者殿の『眼』は、全てお見通しです」


その言葉が、侍従長の最後の理性を打ち砕いた。

(賢者…。あの灰色の髪の少年か…!)



彼の脳裏に、尋問の場に同席していた、あの怯えた少年の姿が蘇る。

(あの少年は、私が鍵を隠したのを見ていた…? いや、そんなはずはない! まさか…あの少年は、人の心を読むのか? いや、違う、過去を…過去そのものを“視て”いるのか!?)



侍従長は、得体の知れない恐怖に全身を支配された。

(あれは、人間ではない。子供の姿をした、悪魔か何かだ…!)

彼は、その場でガタガタと震えながら崩れ落ち、ついに全てを自白した。



「お、お許しください! 全て、あの灰色の髪の少年が…! あの賢者が全てを見抜いていたのです! 彼には隠し事ができない!」



「これで、証明されました!」

セラフィナが勝利を確信する。


しかし、その場の混乱を収めるように、ヴァレリウスが冷静に口を開いた。



「侍従長、落ち着かれよ。…それで、その『賢者』とやらは、一体誰のことだ? この場にいるのか?」



ヴァレリウスに促され、侍従長が改めてフィンの方を見ると、彼の顔から恐怖の色が消え、深い困惑だけが浮かんだ。



先ほどの自白を引き出した、大きな「幸運」。その代償が、今まさに、彼の記憶を蝕んでいた。



「…あれ…? おかしい…。確かに、誰かが…。ですが、なぜでしょう、思い出せない…。いや、そこにいるのは、ただセラフィナ様が連れてきただけの、見知らぬ少年では…? 私に話しかけてきたのは、セラフィナ様、ただお一人だったはず…」



彼の**「証言」が、リアルタイムで「消滅」していく**。



セラフィナは、勝利の頂点から、一瞬にして「嘘つき」という疑惑のどん底に突き落とされ、愕然とした。


フィンは、そんな彼女の姿を、ただ黙って見つめていた。

彼の瞳には、驚きも、悲しみもなかった。




そこにあるのは、ただ、全てを諦めきったような、静かな、静かな諦念だけだった。

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