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幸運で不運な灰色賢者  作者: いちた
第二章 王宮の影と、最初の“神託”

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賢者の初仕事


評議会が終わるや否や、フィンは再びセラフィナに腕を引かれ、王宮の奥へと引きずられていた。


「行きますよ、賢者殿。現場です」


「い、現場って…」


「オルドリン公爵の寝室です。あなたの『眼』で、常人には見えぬ真実を暴くのです」


その言葉に、フィンの足は完全にすくんだ。「無理だ、死体なんて見たら、僕は…!」


しかし、セラフィナは彼の抵抗など意にも介さず、力強い足取りで歩を進める。

その背中からは、「あなたならできる」という、揺るぎない信頼が溢れていた。それは、フィンにとって何よりも重い鎖だった。



王宮の廊下は、しんと静まり返っていた。

いつもなら聞こえる侍女たちの談笑も、騎士たちの軽口も、今はどこにもない。

すれ違う衛兵たちの顔は一様に硬く、その足音だけが冷たい大理石の床に不気味に響く。

まるで、王宮全体が巨大な葬儀の場と化したかのようだった。


(嫌だ、行きたくない。血の匂いがする場所には、もういたくないんだ…)


フィンの脳裏に、五歳のあの日の記憶が、焼けた匂いと共に蘇りそうになる。彼はそれを振り払うように、固く目を閉じた。


オルドリン公爵の寝室の扉は、何人もの屈強な衛兵によって固められていた。

セラフィナが身分を示すと、彼らは厳かに敬礼し、重い扉を開ける。


室内に足を踏み入れた瞬間、フィンは息を飲んだ。



そこは、鉄錆のような、生臭い血の匂いが満ちていた。



豪華絢爛な調度品、壁一面の本棚、美しい織物の絨毯。


その全てが、死の気配によって色褪せて見える。


そして、部屋の中央に置かれた巨大なベッドの上には、白いシーツを赤黒く染めて、オルドリン公爵が横たわっていた。


その胸には、装飾の施された一本の短剣が、深々と突き刺さっている。争った形跡は、どこにもない。あまりに静かな、死の光景だった。



「…これが、現場の状況です」



セラフィナ配下の一人が、冷静に報告を始める。



「扉の鍵は内側から掛けられており、破壊された形跡はありません。窓も同様に、内側から厳重なかんぬきが掛けられていました」



魔道士のリアンが、青ざめた顔で杖をかざしながら付け加える。



「部屋全体に張られていた侵入者探知の魔術結界も、一切反応していません。転移魔術などで侵入すれば、即座に警報が鳴ったはずです。結界そのものにも、外部から干渉された形跡は見られません」



「つまり…」とセラフィナが呟く。


「物理的にも、魔術的にも、完全な密室。犯人は、どうやってここから消えた…?」

騎士たちが、改めて部屋の隅々まで調べているが、新たな発見はないようだった。



時間だけが、重苦しく過ぎていく。捜査が行き詰まり、誰もが沈黙する中、やがて全ての視線が、部屋の隅で小さくなっているフィンへと集まった。


(やめてくれ…見ないでくれ…)


フィンは、公爵の遺体から目を逸らし、ただ壁の一点を見つめていた。しかし、逃れることはできない。セラフィナが、彼の隣に静かに立った。


「賢者殿。…あなたの力を、お貸しください」

その言葉が、引き金だった。



全員の期待という、耐えがたい重圧。死の匂いが呼び起こす、過去のトラウマ。フィンの精神は、ついに限界を超えた。


彼の脳裏に、あの忌まわしい「妄想」が、奔流となって押し寄せる。


それは、論理的な推理などではない。この部屋に残った、死の瞬間の絶望的な記憶の残滓が、彼の精神を蝕んでいく。


――美しい鳥のさえずり。血のように赤い宝石の輝き。そして、固く閉ざされたはずの壁の向こうから、するりと伸びてくる、冷たい影――


「あ…ぁ…」


フィンは、喉から洩れるか細い声に、自分自身で驚いた。

彼は、その場に崩れ落ちるように膝をつくと、焦点の合わない瞳で、虚空を見つめながら、うわ言のように口走った。


「…うたう、とりが…」

「…賢者殿?」

「あかい…あかい、宝石…。…壁、から…かげ、が…」


それだけを呟くと、フィンは糸が切れたように意識を失い、前に倒れ込んだ。セラフィナが、慌ててその身体を抱きとめる。



部屋にいた誰もが、その光景に呆然としていた。


王国の最後の希望として連れてこられた「賢者」が、謎の言葉を発して卒倒したのだ。貴族たちは「やはり、ただの子供ではないか」と嘲笑を浮かべ、ヴァレリウスでさえ、その眉間には深い皺が刻まれている。



しかし、ただ一人。



セラフィナだけが、気を失ったフィンの顔を見つめながら、彼の口走った意味不明な言葉を、脳内で必死に反芻していた。


(歌う鳥…赤い宝石…壁から伸びる、影…?)


彼女の瞳に、絶望ではなく、一条の光が宿る。


(…これは、ただのうわ言ではない。彼が見た、『真実』のかけらだ)

フィンの初仕事は、最悪の形で始まった。

しかし、彼の放った「神託」は、確かに、この不可能犯罪を解き明かすための、最初の鍵となったのだった。

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