血染めの紋章
本日から21時に投稿しますᐕ)ノ
たぶん。。19~21にはかならず。。
絶望的な現実の中で見つけた、ちっぽけな希望。凍てついていた心の奥底で灯った、温かい光。
しかし、感傷に浸る時間は一瞬もなかった。
「行きます、賢者殿。一刻を争います」
フィンの両手を固く握っていたセラフィナの表情が、先ほどまでの熱に浮かされたようなものではなく、王国騎士としての厳しいものに戻っていた。
彼女はフィンの返事を待たず、その細い腕を取る。抵抗する間もなく、フィンは部屋から連れ出された。
(無理無理! 僕に何ができるの!? 荷物持ち? 人違いだって言ってるのに!)
彼女の言葉が、ようやく頭の中で反芻される。
王宮の壮麗な廊下を半ば引きずられながら、フィンの思考は混乱を極めていた。
(でも、彼女は僕を覚えていてくれた…。僕を…)
初めて向けられた絶対的な信頼。それはフィンにとって生まれて初めての救いであると同時に、彼の首にかかった、あまりにも重い枷だった。
息つく間もなく、二人は重厚な扉の前にたどり着いた。衛兵が、セラフィナの姿を認め、厳かに扉を開ける。
その先は、フィンがこれまで経験したことのない、冷たい緊張感に満ちた大広間だった。
壁には歴代国王の肖像画が掲げられ、その威厳に満ちた瞳が、まるで侵入者であるフィンを咎めるように見下ろしている。
集まったのは、国王陛下と、騎士団長ヴァレリウス、そして国の重鎮である貴族たち。
その誰もが、一様に険しい表情で口を閉ざしていた。部屋の空気は、恐怖と疑心で張り詰め、息をするだけで肺が凍るようだった。
その輪の中心に、フィンとセラフィナは立たされていた。
「――以上が、今朝方までの調査結果です」
衛兵の一人が報告を終える。
オルドリン公爵は、完全に施錠された自室のベッドの上で、胸に一本の短剣を突き立てられて亡くなっていた。
衛兵の侵入や、魔法による痕跡は一切なし。完全な密室殺人。
「…ば、馬鹿な! 王宮内で、公爵閣下が殺されるなど…!」
「犯人は誰だ! 敵国の刺客か!?」
「衛兵は何をしていた!」
「いや、犯人は我々の中にいるのでは…」
「つまり、この王宮内の誰もが容疑者だというのか…!?」
「陛下をお守りしろ! 今すぐ王都を封鎖すべきだ!」
貴族たちが動揺と恐怖の声を上げ、会議は紛糾した。
その喧騒を、一つの静かな声が制した。
「静粛に。憶測で騒ぎ立てるのは、敵の思う壺だ」
騎士団長ヴァレリウスだった。
彼は冷静に、しかし有無を言わせぬ威厳で場を支配する。
「報告によれば、公爵のコレクションルームも荒らされていた。彼は希少な『スキルオーブ』の収集家としても有名だった。単なる怨恨ではなく、オーブを狙った者の犯行と見るべきだろう」
スキルオーブ。
その言葉に、フィンは内心で首を傾げた。
すると、魔道士のリアンが、険しい表情で主君であるセラフィナに進言した。
「セラフィナ様、問題はどのオーブが盗まれたか、です。スキルオーブは、表向きは『高密度の魔力が自然に結晶化したもの』とされています。…しかし、一部の禁書や、闇の噂によれば…。その正体は、ダンジョンで死んだ者の『魂そのもの』だという、忌まわしい説があるのです。もし、公爵が所有していたという『影渡り III』のような高レベルのオーブが犯人の手に渡っていれば…」
(魂の…結晶…? 死者の…能力を継承する…?)
リアンの言葉が、フィンの頭の中で不気味に反響した。脳裏に、あのダンジョンで霧散していった黒ローブの者たちの姿がよぎる。
(じゃあ、冒険者たちが血眼になって求めるスキルって、誰かの…死の欠片なのか…?)
世界の常識が、彼の足元から崩れていくような感覚に、フィンは吐き気を覚えた。
その時、セラフィナが意を決したように声を張り上げた。
「陛下! この難事件を解決できる御方は、ただ一人しかおりません!」
彼女のまっすぐな視線が、フィンを射抜く。
「最高顧問、『灰色の賢者』フィン殿に、この事件の調査権限をお与えください!」
(あー、かえりたーい……)
フィンは心の中で、もはや何度目かも分からない、諦めきった呟きを漏らした。自分にできることなど何もない。
しかし、その声は誰にも届かない。
ヴァレリウスが、セラフィナの提案に重々しく頷いた。
「うむ。私もそれがよかろうと愚考しておりました。賢者殿の力を、我々に見せていただく、良い機会かと」
こうして、フィンは、王国の運命を左右する暗殺事件の調査責任者という、ありえない役職に、再び無理やり押し上げられてしまったのだった。
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