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幸運で不運な灰色賢者  作者: いちた
第二章 王宮の影と、最初の“神託”

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プロローグ 国境の凶報

2章 プロローグまで書かせてもらいました。。


先達者への尊敬がとまらない。。( '-' )


アストリア王国の最北端、グレイロック砦。


何世代にもわたり、北からの脅威――あるいは世界そのものの理不尽から、王国を守り続けてきた不落の盾。その石壁は、歴戦の騎士たちの血と、長い冬の厳しさによって、黒く染まっている。



辺境伯ダリウスは、この砦で生まれ、この砦で死ぬことを運命づけられた男だった。彼の瞳には、祖先から受け継いできた、北の荒野に対する警戒と、決して揺らがぬ覚悟の色が宿っていた。



その日も、彼は城壁の上から、肌を刺すような冷たい風を受けながら、眼下に広がる鬱蒼とした森を睨み据えていた。


森の一角が、まるで巨大な獣に喰いちぎられたかのように、不気味な空洞と化している。


そこから漏れ出す禍々しい気配は、日を追うごとに色濃くなっていた。



「…伯爵様」


背後からかけられた声に、ダリウスは振り返らずに答えた。

「ギルドマスターか。…何か、分かったか?」



隣に並んだのは、この砦に駐留する冒険者ギルドのマスターを務める、歴戦の老魔術師だった。



「第二調査隊からの、魔導通信による定時連絡が、昨夜より途絶えました。…第一調査隊と、全く同じです。生存者は…絶望的でしょう」



その言葉に、希望的観測は完全に打ち砕かれた。数日前、王国の主要な交易路を塞ぐように突如出現した、巨大なダンジョン。

その調査のために派遣した騎士団とベテラン冒険者、二つの部隊が、誰一人として帰還しなかった。



「グルァァッ!」

城壁の下から、獣の咆哮と金属のぶつかり合う音が響く。見下ろせば、城門の前で兵士たちが、ダンジョンから溢れ出してきた魔物の群れと必死の攻防を繰り広げていた。



「…昨日よりも、数が増えている。それに、質もだ」


ギルドマスターが、忌々しげに呟く。

「ただのオークが、あれほど巧みに盾を使いこなすなど…聞いたことがありません。まるで、手練れの戦士と戦っているようだ」


ダリウスは、黙って頷いた。この砦の兵力だけでは、防衛線が突破されるのは時間の問題だった。



「…王都へ、使者を出す」

それは、苦渋の決断だった。国境を守る辺境伯が、中央に助けを乞う。


それは、ダリウス家の長い歴史の中で、数えるほどしか記録されていない屈辱に他ならない。


その夜、ダリウスは自室で、羊皮紙にペンを走らせていた。

王都への救援要請。書き連ねるほどに、状況の絶望さが浮き彫りになる。



そこまで書き終えた時、彼のペンがふと止まった。脳裏に、数日前に砦を訪れた商人から聞いた、酒場の与太話が蘇る。


なんでも、王都の近くで、顔も名前も誰も知らない、灰色の髪をした謎の策士が、ありえない奇跡を起こしたらしい。



――灰色の賢者。

馬鹿馬鹿しい。戦場の伝説など、尾ひれがついた噂話に決まっている。



だが。



ダリウスは、ペンを握りしめた。今の彼らに、藁にもすがる権利はないのだろうか。


彼は、羊皮紙の最後に、祈るような気持ちで、最後の一文を書き加えた。


『――つきましては、王都騎士団の精鋭部隊の派遣を要請いたします。及び、この辺境の地にまで届いている噂が、万に一つでも真実であるならば、かの『灰色の賢者』の力をお借りしたく、ここに嘆願するものなり』



インクが乾くのももどかしく、彼は手紙を丸め、蝋で封をした。



「急使を呼べ! これを、何としても王都へ届けろ!」

数分後、一騎の屈強な伝令騎士が、漆黒の夜闇の中へと駆け出していった。



国境の砦に、つかの間の静寂が戻る。



しかし、それは、さらに大きな嵐の前の、ほんのわずかな凪に過ぎないことを、城壁に立つダリウスは知っていた。

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