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第22話:静かなる征服──徳川、天下を掌握す

慶長七年(1602年)、冬の終わり。


関ヶ原の戦いから二年──

徳川家康は、戦後処理の“最後のピース”を打ち込むべく、静かに動いた。


標的は、処分の宙に浮いていた常陸・水戸の大名、佐竹義宣。


かつては名門・源義光の子孫として奥羽に威を誇った佐竹家だったが、

関ヶ原では曖昧な立場を取り、出兵を渋り、家康の不信を買っていた。


「今こそ、徳川による東国の支配を完成させるとき──」


【佐竹義宣の転封】


慶長七年、家康はついに決断を下す。

佐竹義宣に対し、出羽国久保田(二十万石)への減転封を命じたのだ。


「不戦の罪、軽からず。ただし家門の存続は許す」


この裁定は、旧来の名門であっても“家康に忠義を誓わなければ生き残れない”という、

新時代のルールを象徴するものであった。


佐竹家は、奥羽の荒地ともいえる久保田の地へと転封され、

以降、その地で明治の世まで藩政を行うこととなる。


【武田信吉、水戸に入る】


空いた水戸には、家康の五男であり、武田家の名跡を継いだ武田信吉が封じられた。


EDO『系譜調整完了──源義光流、継続性確保。家門の名分、徳川下に統合』


これにより、源義光流の名門の地統治という名分を保ちながらも、

徳川一門による常陸国の直接支配が成されるという、極めて政治的な手が打たれた。


名門の名を借り、実権は徳川の懐に──

まさに、戦なき征服がここに成った。


【徳川の版図、確定す】


この転封をもって、徳川家の領域支配は完成を見た。


東:岩城領(現・福島)から、関東一円


北:南信濃、上野から、美濃・越前の内陸要地


西:近江・山城(京都)、大和、北伊勢の桑名領まで


南海・西国:長崎、堺、石見銀山、生野銀山など、経済・外交の要衝を直轄地として点在支配


そしてこれらの要所には、譜代や徳川一門の大名が配置されており、

中央を家康が直接制御するという、幕府未成立ながらも**“疑似中央集権体制”**が出来上がっていた。


EDO『戦国時代:制圧完了。全国支配統合率:87%。幕府設立タイミング:推定3年内。』


【そして、江戸へ】


戦乱の世を終わらせ、秩序と法をもって統治する国──

家康の夢が、かつてない精度で実現に近づいていた。

自ら収める関東の地をEDOより用いた江戸に改めた。


彼は、静かに江戸城の高殿から国を見渡す。


「ナニワが秀吉を導いたように、我が手にあるEDOも……

この国の未来を照らす“導”であれ」


その手には、今も黒漆の小箱に収められたEDOの筐体があった。

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