第20話:城へ戻る日──若き主君との謁見
慶長五年(1600年)9月27日、大坂──
秋の空が高く澄み渡るその日、徳川家康はついに大坂城へ凱旋した。
関ヶ原での決戦からわずか十二日、戦乱を制したその姿は、まさしく“勝者”そのものであった。
大坂城の正門を越える時、家康の馬上からの視線は、一切の誇示も誇張もなかった。
ただ、一つの務めを果たすように──ゆるやかな歩みで、城内奥へと進んでいった。
城内では、豊臣家の家臣たちが緊張の面持ちで迎えた。
「家康殿、ようお戻りでございます……」
出迎えたのは、三奉行の一人・前田玄以。
彼の声には安堵と、わずかな敗北の翳りが混ざっていた。
「案ずるな。私はただ、主君にご挨拶に参ったまでじゃ」
家康の声は穏やかであったが、その語調には揺るがぬ覇気があった。
【秀頼との謁見】
そして、ついに本丸の一室で、家康は豊臣秀頼と対面した。
このとき秀頼はまだ八歳──母・淀殿に手を引かれ、甲冑姿の家康を見つめていた。
「よう、若君。ご無事で何よりじゃ。天下静謐のため、我が全力を尽くしましたる」
家康は、膝をついて秀頼の前に頭を垂れた。
その姿に、城中の者は言葉を失った。
誰もが、家康が新たな「天下人」となることを予感しながらも、
豊臣の血統への敬意を感じ取っていた。
秀頼は緊張しながらも、幼い声で応じた。
「家康どの、ありがとうございます……」
その場の空気が、ひととき和らいだ。
【城の配置】
謁見を終えた家康は、本丸を辞し、西の丸へと入った。
この西丸は、かつて秀吉が自身の居所とした区域であり、現在は家康の滞在所として用意されていた。
そして数日後、次男・秀忠を二の丸へと入城させる。
EDO『西丸:家康入城完了。二の丸:秀忠配備完了。
目的:城内掌握および統治指令中枢の段階的移行。秀頼保護状態維持──』
この配置は単なる宿所ではなかった。
大坂城の心臓部を、徳川が掌握したことを意味していた。
しかしそれは同時に、「秀頼と淀殿を守る」という名目の下、豊臣家を静かに包囲する策でもあった。
かくして、戦は終わり、新たな静けさが訪れた。
だが、それは天下泰平の始まりか、
あるいは更なる政変の前兆か──
家康は、まだその未来を口にしなかった。




