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第15話:石田三成の誤算──消えた援軍、変わる戦略

慶長5年(1600年)初秋──


石田三成は、当初の戦略に自信を抱いていた。

彼の構想では、清須城と岐阜城を中心とし、犬山城や竹ヶ鼻城を加えた防衛線を築き、

東軍を迎撃する予定だった。


特に、清須城主・福島正則は秀吉の子飼いであり、

その恩義から西軍に与するはずだと信じて疑わなかった。


しかし──現実は三成の予想を裏切った。


福島正則は池田輝政と共に、東軍の先鋒として西進。

岐阜城を猛攻し、わずか一日で陥落させてしまったのである。


しかも、織田信長の嫡孫である岐阜城主・織田秀信が、抵抗もむなしくあっけなく開城。

この報せは、西軍全体に衝撃をもたらした。


犬山城と竹ヶ鼻城も、相次いで東軍の手に落ちた。


この大誤算により、三成は急きょ作戦の変更を余儀なくされる。


新たな戦略は、大垣城に本拠を置き、そこに東軍を引き付けることだった。

その間に、西軍の総大将・毛利輝元と豊臣秀頼を大坂城から出馬させ、関ヶ原に進軍させる。


「秀頼様の御出馬があれば、東軍に加わった豊臣恩顧の将らは必ず戦意を失う」


一方、東軍総帥・家康も、戦局を冷静に分析していた。


「籠城戦は避けるべきじゃ……時をかければ、大坂より輝元・秀頼が動く可能性がある」


家康は諸将を招集し、軍議を開いた。 その席で語られた秘策は──


「三成の本拠・佐和山城を叩き、その勢いで大坂へ攻め込む」


あえて佐和山城を標的にすることで、西軍に揺さぶりをかけ、包囲戦の長期化を避ける。

この軍議の内容は、あえて西軍の間者に漏れるよう仕向けられた。


案の定、その情報は石田三成のもとに届く。


「まさか……佐和山を狙うと……!」


動揺した三成は、即座に関ヶ原一帯に布陣を敷き直し、防衛線を構築。

これが、天下分け目の決戦地・関ヶ原を舞台とする歴史的な激突へとつながってゆく。


そう信じた三成は、政治的な説得を繰り返しつつ、9月8日、佐和山城から大垣城へと入城。

同時に、大垣城の十数キロ西にある関ヶ原の地に、各大名の陣地を分置し、迎撃態勢を整えた。


彼は、そこに輝元と秀頼が加わることで、軍勢の威をもって東軍を圧倒するつもりだったのだ。


だが──彼の呼びかけに応じて出陣するはずのその二人は、ついに戦場に姿を見せることはなかった。

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