第9話 今日はピクニックです
今日は特務機関の女性数人が集まってピクニック!
現地までの移動はヲタ集団である特務機関謹製の最新型馬車で、その性能確認が本当の目的らしいが恐らくそれは建前だと思う。
俺としては馬車をどうこうするより道を舗装しろって思うのだけど、アスファルトが無いから仕方ないのか。
いや、実は地面を硬くしすぎると足の負担が増えるから本当は良くないって話だし。それならやっぱり馬車を改善するのがこの世界の為にはベストなのかも。
馬車の中では四人の女性達が日々の鬱憤を晴らすかのように愚痴合戦……ではなく、研究内容の考察に励んでいるのだ。
あんたら仕事好きだねぇ。休みの日ぐらい仕事を忘れて遊べば良いのに……って、この人達も平気で人を殺すような組織に監視されてたんだっけ。
これじゃ羽を伸ばすって無理なのか。何か可哀想だね。
「ジャジャーン! スラゴムを使った新商品を発表します!
何とワイヤーを使っていない超快適ブラジャー!」
二連装スライム標準装備の先輩がバッと胸元をはだける。
そこにはベージュ色の地味なブラが張り付いていて、それってシリコンブラってカテゴリーの貼るやつだよね。
「触っても良いです?」
「どんどん触りな。減るもんじゃないしな」
さすが先輩、男前っすね!
「そう言えばこのスラゴム、かなり売れてるらしいね」
ミッシルさんの最新作がこのスラゴムで、先に発表したスライムゼラチンとスライムフィルムより開発に苦労したのは、伸ばした後の復元率を上げるのに苦労したからだ。
ゼラチンは毒性が無いのが分かれば良かったし、フィルムは強く引っ張ったら破れて当たり前の商品だから苦労はまだ少なかったとか。
けど、ゴムは元通りに戻らないといけない訳だからかなり難しかったようで、ミッシルさんが研究室で何度も寝落ちしてたのを俺は知っている。
狭い車内で女性達が自分の付けていたブラを外して先輩が用意していたスラブラに着替える。
うんうん、これはスライムのまま生きてて正解だったね!
お触り厳禁だけど眺めるだけでも至福のひととき。
「そうそう、女性騎士から要望が来ててな。
ブレストプレートとバストの間に詰める緩衝材で、感じの良いやつが欲しいんだって」
何だよ、そのフワッとした依頼はさ。
想像だけど、丸い山の頂上に突起があって、それを金属鎧で無理矢理押さえつけてるんだから、激しく動いたら何かヤバそう。
実際には布か何かを緩衝材に使っているけど、蒸れたりして気持ちの良い物ではないらしい。
それなら厚めに作ったスラブラに突起保護のスペースを設けた専用インナーを作るのはどうだろう。
……おっと、アイデアがあっても俺は喋れないからこの案はお蔵入りか。
てか、馬車の中でするような話題じゃないだろ。
御者の爺さんも特務機関出身で監視されてる身だけど、さすがに女性達があられもない姿でキャーキャー騒いでいるとモヤモヤするって。
ちなみに特務機関の男性研究員はピクニックには参加していない。単に上から許可が降りなかっただけだ。事情は察しろ、てやつだ。
御者の爺さん、結構いい年齢だが腕前の方は信頼されている。敢えて何の腕前かは黙っておくけど。
実際、特務機関ってマジでヤバい。抜けるのはほぼ不可能。だって国家機密の固まりみたいなもんだからね。
だからうっかり口を滑らそうものなら……うん、語らない方が安全だ。幸いクチの無い俺で良かったけど、どうしてそんな事を知ってるかって?
だって高性能集音マイクを装備してるから、少し歩けば簡単に情報収集出来てしまう。
俺が一人で施設の廊下を歩いていても、誰も咎めないもんね。
スラブラと緩衝材の話題も無事に終わり、後少しでピクニックの現場に到着ってところまでやって来る。
「ところでさ、またミッシルに男性向けのあっちの新商品も開発依頼が来てるって聞いたわよ」
それ、以前のオファーを断わられているのに、今度は毛色を変えてスライム素材の特性を活かしたものを作れって?
いやいや、シリコンとスライムを一緒にしないでほしいんだけど。
「そろそろスライムの品種改良、本腰入れたらどうなの?
分裂スライムは元の性質を引き継ぐだけなんだから、いくら捏ねくり回しても新商品の目はもう無いと思うわ」
筆頭モブのエーコがそう熱弁する。
コイツがスラブレータを肩凝り以外に使っているの、俺は知っている。なのできっと自らが新たな境地を開くために欲しているのだろう。
コイツのことだから目的外使用の事をばらされても、何よ、私が買った物をどう使っても構わないでしょ、文句ある?と平気な顔で言われそうだから黙ってるけどね……俺って天然オクチミッフィーだしさ。
「品種改良ってどうやるの?」
野菜や果物、家畜動物ならまだしも、原生動物に間違えられるスライムをどうやって改良するのか確かに興味はある。
「普通なら性質の違う個体を増やして、そこから更に違う性質の個体が出るのを待つって繰り返しなんだけど」
突然変異の発生なんてコントロールは出来ないから、自然発生するのを待つしかない。
だからサンプルは多いに越したことはなく、大量のペット用スライムを引き取った時にうっすら笑っていたのか。
てっきり切ったり貼ったりに使うのかと思ってた。
「やるならそんな運任せじゃなくて、魔力スポットを利用するのが手っ取り早いのよね」
マグマに含まれる魔粒子は、魔具と呼ばれる家電のような道具のエネルギー源として利用されているが、実はかなりヤバイ物質でもある。
隆盛を極めた超技術文明がこいつのせいで滅びたって設定だからね。
使い方を誤れば、一家に一台、核爆弾って物騒なキャッチコピーが付けられるような魔具が大量に出回ったのに気が付いた某国の潜入員が、それなら引導渡してやるよとポチった訳だ。
そこから魔具を利用したボコボコの殴り合いが各地でスタートし、この惑星の表面の形状が少々変わるまで戦争が続いたと言う壮大且つ陳腐なストーリーがこの世界にはあるのだ。
壮大ってのは嘘だと言わないで下さい、俺のガラスメンタルっぷりを甘く見ないで!
何が言いたいかって、魔力スポットの利用はぶっちゃけ危険すぎるからやめて欲しいってこと。
ただ、ミッシルさんが知っているのだから他の研究員も知っている訳だし、この国以外にも特務機関に似た組織を持つ国は複数存在する。
なので、いずれどこかの国がパンドラの箱をカポッと開けちゃうのだけど、俺の初期設定でそこに至るのいつ頃だったっけ?
投稿しても大してブクマが付かず、テンションの維持が出来なくて書くの辞めてから十年過ぎて忘れてる。
まさか今日明日の話じゃないと信じたい。それならあのヤクザ神だって、俺に何か一言ぐらい忠告を寄越してきたと思う。
アイツが何十年後に世界が滅びますよ、オホホホって柄じゃないのは確かだけど、人の不幸はハニーテイストだと素で言ってそうだ。
「魔力スポットって警備員が守っているのよね?」
「警備員と言うか、冒険者のお使いクエストの定番ね。
紛れ込んで凶暴化した昆虫とかスライムを、新人冒険者が遭遇戦に巻き込まれて倒すって黄金パターンだし」
何の黄金パターンなんだか詳しく話せ、ビーコさんよ。
どうせこの世界に出回っている、しょうもないラノベなんだろうけど。
「申請して、申請が通ったら経過報告をちゃんとするって誓約書にサインして、あれこれあっても利用開始は二週間程で出来るらしいし」
「その経過報告が面倒なのよ」
そう言う先輩は、さっきからなんでシリコンブラを取り替えてるの?
微妙に色や形が違うから、多分付け心地の確認なんだと思うけど。で、エーコとビーコは真似しなくても良いだろうと思う。
「別にそんなのしなくても、バストトップだけを覆う商品を作れば良いんじゃない?」
先輩の二連装スライムの頂にあるピンク色のを見ながら、ササッとメモ帳にアイデアを書いて見せるミッシルさん。それはそれで逆に妄想が捗る気がする。
「そうね、それもラインナップに加えてみよう。
また儲けさせてもらって悪いわね」
「いえ、お金には困ってないので構いません」
何も悪そうな顔をしていない先輩に、普通の顔して答えるミッシルさん。
本物のお金持ちってこんな会話になるのか。
二人の本心は分からないけど、お金より自由が欲しいと思っているんじゃないかな?
そうこうしているうちに、御者のお爺さんが小窓を開けて目的地に到着したことを報告してくる。
やっと着いた~と女性達が馬車から降りて背伸びする。
それだけじゃなくて、ストレッチしてから側転まで華麗に披露するのはエーコとビーコ。
ミニスカートでやるのは女子としてどうなの?
モブがやっても需要は無いから。え? 普段から見せパン着用ですか。回答ありがとうございます。
で、確かに色とりどりの花が咲き誇って、穏やかな風も時折吹いてピクニックに最適そうな場所なのは認めるけど、あっちに見えるのはいかつい冒険者達じゃない?
「お勤めご苦労様です!
今日はこの辺りでピクニックしますので宜しく!」
「はい、連絡を受けていますよ。御者さんと女性四名、スライム一匹ですね」
先輩が代表して挨拶すると、意外とまともな対応が返ってきた。今日の当番はベテラン冒険者だったらしい。
それともこのメンツが来るから用意したのかも。
「この柵の奥に魔力スポットがあるので、柵は越えないようにしてください」
折角羽を伸ばしに来たって言うのに、結局のところは監視付きなのか。
立場上仕方ないと言え、これは少し可哀想だね。
「ゴミが少々あるので、そのスライムをお借りしても?」
「ええ、それぐらいなら大丈夫、だよね?」
弁当の包み紙とか串焼きの串とかみたいなのが寄せ集めて置いてある。
ゴミ箱を置いても回収業者が来ないのだから意味が無い。ポイ捨てするよりスライムのエサにする方が遥かに環境に優しい。
ここにあるのはプラスチック素材の物じゃないから、ポイ捨てしてもいずれは土に還るんだけどね。
「それとですね、ここから少し離れているのですが、あっちの谷に黒く濁った油のような物が地面から染み出ているので向かわないように」
「地面から油が?
そんなのは初めて聞いたな。是非回収してみたいけど」
研究員が見知らぬ物にはそう言う反応になるのか。
「そう言われるだろうと、サンプルを用意してあります。独特な臭いがあるので開ける時は気を付けてくださいよ?」
密閉式の容器らしいが、俺の高性能臭覚機能をオンにするとその匂いが嗅ぎとれる。
記憶に近いのはトラックとかからたまに漏れでて道路を汚しているオイルかな。水溜まりに落ちるとバッチい虹色のが出来るやつね。
ってことは、これ、石油じゃない?
さっき環境に優しいって言ったばかりなのに、その正反対の物質ぶっ込んでくるなって!
早速蓋を開けて顔をしかめる先輩達。
「ラグム貸して!手が汚れちゃった」
俺に石油を舐めさせるなよ。キュポンと押し込まれた先輩の人差し指を溶かさないよう、表面の石油だけ舐めとるけど、ウゲッ、ぺっぺ!
「ラグムにも嫌いな物があったんだ」
指は綺麗になったと感謝しつつ、俺が吐き出した石油に先輩が顔をしかめる。
「これは扱わない方が世のためって気がするわ」
エッチな製品の開発でも断らない癖に、予想外にまともな感性持ってるじゃないか。
「これは未知の物質ね。臭いがあるからイヤだけど、この世に無駄なものは無いってのが博士の教えだし。
何に使えるか探るのが研究員の仕事だと言われそうよ」
ビーコが余計なことを言う。
その博士のことは知らないけど、無駄なものはあると思う。それが仮に人の生活に役立つものだったとしても、結果的に悲劇をもたらすような物なら無駄なのだ。
いや、無駄にならないように上手に利用するのが科学ってやつか。
その誘惑に負けて滅びた世界……その遺産があの遺跡なんだけどね。
俺の柄にもなく真面目な話をしてしまったな。
ビーコが指を俺に突っ込むけど、お前の指に付いた石油の除去は断ってやろう。
あっ! こんにゃろーめ、俺の体に塗り付けるんじゃないって! 腹立つわっ!