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第8話 お金は出すけど手は出しません

 前略、スライムの皆様、毎日生命の危機を感じる今日この頃だと思いますが、いかがお過ごしでしょうか?


 ミッシルさんに切れ味抜群のメスを向けられ、タジタジと後退りした俺は机の上からドスンと落ちた。

 この程度ならスライムボディのパーフェクトな耐打撃性能がダメージを吸収するので無傷だが。


「あっ、ラグムごめんっ!」

と慌ててミッシルさんが俺を拾い上げようとして、持ったままのメスでサクッと……オーっノーっ!

 切れてる!切れてるっ!めっちゃ切れてる!


 あっぶねー、もう少しでスライム液の駄々漏れコースだったからね!


 さすがに今度ばかりは死ぬかと思っ……ポコン……はい?


 特務機関って立体映像装置まで開発してたの?

 俺が二人も居るなんてことはないから、コイツは光学装置による映像だよね?

 うん、見た目だけじゃなくて触った感じまでとってもリアルで俺が二人も居るみたい……って、ホントに俺が分裂したーーーっ!


「嘘っ! そんなに怖かったのね! ほんとごめんね!」


 そう言って俺じゃない方の俺を抱き上げるミッシルさん。

 おい、俺! 俺じゃないって態度に示せよ!


 抗議の為にミッシルさんの手にぶつかったり、俺二世(仮称)にぶつかったりしてみるが、ミッシルさんに意図が伝わらないみたい。

 ならば仕方ない、腕が駄目なら胸を借りるから!

 と言うことで、しばらく彼女の胸に乗っかることに大成功。C相当なので落ちないように抱かれている二代目を踏み台にしてたのは内緒だよ。


「そっか、スライムってこう言う方法で増えるんだ……以外と簡単なんだね」


 だからと言って、またメスを向けたりしないでよね!

 さっきのだって、結構ギリギリだったんだから!


 ちなみに切られたところは補修液が自然分泌されて直ぐに治った。この体、怪我しても縫う必要が無いから便利だわ。

 ちなみにスライム液には結構な粘度があるから、小さな裂け目だとそう簡単には漏れ出ないのだ。


 それから一ヶ月程して、増殖方法の発見に関する報奨として大金がミッシルさんの口座に振り込まれた。


 既にスライム長者と呼ばれている彼女だが、普段はお金を殆んど使っていないんだよね。化粧もしてないし、研究室では支給の白衣だし。

 独身寮の中もスライムの為の遊び道具しか置いてない。

 食べる物にこだわりもないし。


 男っ気も全く無いのでデートなんて考えられないのだが、最近は休日になると外出するようになった。何処に行ってるのか?


 そんな疑問は以外と早くに答えが分かった。

 ある日曜日、俺と俺二世を連れて彼女が向かった先は教会横にある孤児院だった。


「あー、ミッシルだ!」

「こらこら、ミッシルさんと呼ばなきゃ失礼よ」


 ミッシルさんを連れて見付けて走ってきた女の子にシスターがそう注意する。

 聞こえないフリをして、ミッシルさんがシスターに革袋を手渡した。チャリンと硬い音がしたので中は硬貨だろう。金平糖とは思えない金属音だったし。


「いつもありがとうございます」

「いいえ、気にしないでください。この子達のお陰でたくさん貰ったのでお裾分けしているだけですから」


 そこで藤籠の蓋を開けて、俺達をシスター及び子供達に御披露目をする。


「あっ!スライム!」

「二匹も居るの!」

「触ってもいいの?」

「乱暴しなければ大丈夫よ」


 子供達の相手をしながら話を聞いていると、どうやらミッシルさんはお休みの度にここに来ていたらしい。

 研究員となれるだけの知識があったのは彼女が良家の娘であるからだと聞いていたが、子供好きとは知らなかった。


 男嫌いのせいで結婚は無理なので、子供も嫌いだとばかり思っていたし、俺も彼女にそんな設定は用意していない。

 でも考えてみれば、登場人物の設定なんて大まかなことしか決めていなくて細部に渡るまで全てを書くことは不可能だから、細かなところは成長過程で色々と補完されていったのだろう。


 子供達と仲良く遊ぶミッシルさんはマジ天使だよ。どこぞやの駄女神に爪の垢を煎じて飲ませたいぜ。

 俺も俺二世もたっぷりと遊び尽くし、その日は夕食を皆と一緒に食べてから独身寮へ戻ったのだ。


 ちなみにシスターは三十歳前後で、性格も良くて美人だった。

 何か悩みでもあるのか、時折考え事をするように見えたのは気のせいかも知れないけど、その憂いを帯びた顔もなかなか絵になると思って見てたんだよね。


 そんなイベントがあってからまた数ヶ月が経つ。

 休日の今日、いつものようにあの孤児院に向かうといつもと様子が違うようだ。


「だーかーら、ここからとっとと出ていけって言ってんだろっ!」


 あー、これはお約束のアレだな。


 子供達を蹴散らし、シスターに向けて何やら羊皮紙を向けてるデップリとした男が見える。

 孤児院の中で何かを壊す音が聞こえているので、別のやつが暴れているのだろう。


「あなた達! ここで何をしているんですか!」


 毅然とした態度でミッシルさんがそうデブ男に問い質す。


「よそもんに関係は無いんだよ!

 怪我したくなけりゃ回れ右して帰んな」

「ここは私の第二のふるさとです!

 よそもんなんかじゃありません!」


 ミッシルさんはなかなか良い応えっぷりだけど、勝ち目があってのことだよね?


「そうかい、じゃあな、貸し付けた金、耳揃えて返して貰おうか。

 利子込みで大金貨で百枚だ」


 それがどれだけの価値なのかピンと来ない。知ってるけどよく分からんって何か腹立つ。

 確か俺の設定だったら、大金貨が一枚で百万円相当だったかな?

 てことは、十倍で一千万円、百倍だと一億円っ!


 たかが孤児院がそんなに借金してる訳が無いって! コイツ、絶対詐欺師だろ!


「たったの大金貨が百枚ですか?

 良いでしょう、直ぐに用意するので商業ギルドについて来て下さい」


 はい? たった一億円だって?


 さすがにそれを聞いて男も冗談言うんじゃないぜ、と笑い飛ばすがミッシルさんの目はマジだ。


「おい、ヤース、出てこい。この嬢ちゃんが借金全額返すってよ」


 そんなやり取りの後にやって来ました、商業ギルド。ちょっと飛ばしすぎてるって?

 だって人間のクズのアレコレなシーンってあまり見たく無いでしょ。


 てなことで、机の上にドドンと置かれた金貨の束は一億円相当。

 枚数を数えて革袋に入れたデブ男がニヤニヤ、ついでにヤースと呼ばれた、痩せていて何でも斬って壊しそうな年代なのに既にクズ堕ちしてヤバそうな男もニヤニヤだ。


「おいおい、嬢ちゃんあんた一体何者だ?

 あんな孤児院にどうしてこんな金を出す?」

「そんな小さなことは気にしなくて良いから。

 だけどね、私のお金を受け取った今、あなた達は彼らの調査範囲に入ったことを忘れないようにね」

「なに訳の分からんことを。

 まぁいい、きっちり出すもん出してもらったばかりだ、孤児院にも手を出さないぜ。今のところはな」


 はい? 彼らって何? カレラならスポーツカーだが、そんなの作るメーカーはここには無いよ。


 最近特に……スライム酸の開発後からおかしな連中が見え隠れしていたのだが、アレのことか?

 てか、デブ痩せコンビのお二人さん、ミッシルさんの言葉にもう少し真摯に向き合った方が良いと思うけど。



「大金貨百枚、監視対象の口座から出金を確認しました」

「うむ、では渡った先に調査員を派遣しろ。

 国家機密を漏らすような馬鹿なら即始末しても構わん」


 この数日後、二人の遺体が川岸に流れ着いたと新聞に記載されていたとか。



「あら、ミッシルさん、また来てくれたのね」

「えぇ、ここは私の第二のふるさとですから、何度でも来ますよ」


 休日の度にこの孤児院を訪ねるミッシルさんだが、彼女に行動制限が掛けられていて一人で行ける先が殆んど無いと知ったのは、あのデブ痩せコンビ事件の直後だった。


 ミッシルさんが大金持ちなのは知っていたが、まさか彼女に金持ち喧嘩せずの極意を見せられるとはマジ予想外。

 こんなのは極意じゃないって?


 いやいや、彼女自身はお金をおろして渡しただけで、人が二人も死んだんだよ、これってかなりヤバイし、どう考えても本物でしょ?

 自らは誰とも争わず、言葉も必要最低限。

 それでいて社会的抹殺ではなく息の根を止めたんだから末恐ろしいって。


 けど、金持ち喧嘩せずって嘘とは言わないけど、(例外含む)って付けなきゃ間違いなんだよね。

 金持ちは自分以外が儲けると嫉妬でもするのか、それとも他の理由があるのか分からないけど派手な喧嘩するもん。


 そう、抗争とか紛争とか戦争とか呼ばれるアレコレ。

 ね、あれって起こした張本人は安全な場所で左団扇で駒を動かしてるだけだ。やれやれって感じだよね。


 そんなことを考えながら、今日も子供達に揉みくちゃにされて喜ぶ大人の対応に勤しむスライム二人組であった。

 今日ミッシルさんが手渡した藤籠にはパンや野菜やらがぎっしりと詰め込まれていて重たそうだった。

 今夜の夕食は何にしようかしらとシスターは思案しながら笑みを浮かべていたよ。



「やっとマーグロ達を始末出来たわ」

「自分は手を出さずに人を使って敵を倒すとは、さすがシスター。人たらし能力マックスっすね」


 子供達が寝静まり、教会裏にある修道女の宿舎に女性が二人。


「お金を借りたのは事実だし、スライムマニアのお嬢様を利用しようとしたのも事実。

 まさか全額を一度に返済するとは予想していなかったけど、予定より上手くいったわ」

「そりゃ、きっと神のご加護ってのがあったんすよ、だてに姉貴がシスターの真似事やってないんすね」


 軽薄そうな顔と口調の若い女が機嫌良さそうにワインの封を開けてグラスに注ぐ。


「借金踏み倒し計画の成功を祝ってカンパーイ」


 胸元近くまでグラスを持ち上げ、そこで一旦手を止める。カチンとグラスを合わせるようなことはしない。

 だって下手したらグラスを割るからね。


「アイリーンがあのお嬢様を連れて来てくれて、ほんと助かったわ」

「いえいえ、男嫌いでスライム好きならきっと子供も好きだろうなんて、姉貴の読みがバッチリだったからですよ」

「フフ、それもそうね。

 じゃあ次は……いよいよ売りに入る段階かしらね」

「いいんすか?

 ホントに売っちゃいますよ、子供の欲しいゲス野郎に当たり付けて来てますもん」


 どうやらこの二人、思った以上にワルだったらしい。

 だが彼女達の計画は実行されなかった。


 何故ならこの食事の後、二人揃って急死を遂げたからである。

 ワインに毒が仕込まれていたと想像出来ないのは仕方のないことだが、それを成したのは一体誰だったのか。


 そのワインを差し入れたのは……。



「ラグム達~! 私、今日は暇なのっ!」


 先週までは毎週のように孤児院に通っていたミッシルだが、あのシスターの急死を発端に色々と教会から悪事の証拠の数々が出るわ出るわで行けなくなっているのだ。

 しかも監視されている身の上であり、休日だからと言って自由に行動を取ることが出来ないのだ。


 特務機関の研究員は、皆が何かしらの制約を受けている。

 動物を使った研究をしていたミッシルさんは、スライムを研究対象にするまでは成果を出せずにいたので監視体制が緩かったのだが、スライムアシッドの発明以降、監視体制が強化されたのである。


 今日は暇と言われても、そう言う事情がある以上は気軽に外出するのも難しい。

 ならばこのスライムボディを利用して、何か新しいことが出来ないか探して見るのはどうだろう?


 でも、よく考えてみればそれって彼女が普段やってる仕事内容と変わらないな。

 職場には俺二人を連れていくけど、他の三匹はいつもお留守番だ。俺と違って知能は低く、ミッシルさんに甘えるだけで芸が出来る訳ではない。

 俺だって芸は出来ないけど、分裂したし……立派に役に立ってるはずだ。


 分裂と言えば、俺二世だがどうも本家の俺と比べると能力的には劣るようだ。

 言うならばレベルアップした俺とレベルアップ前の俺って感じ。

 この世界にレベルは無いから適切な比喩ではないが、じゃれて遊んでいてもいつの間にか俺が物理的にマウントを取っているのだ。


 体重は俺と同じだし、見た目もそっくり。

 ただ、個体識別の出来る魔力波が形は同じでもスピードがほんの少し遅い。言葉は悪いが、恐らく劣化コピーっやつなんだろう。


 押し相撲だと俺が勝つし、走るのも俺の方が速いし、コイツとは喧嘩にならないんだよね。

 負けっぱなしの二世は、だからと言って怒ったりしない。本家には逆らえないシステムがあるのか、それとも本人の性格なのかは分からない。

 根拠はないけど、言葉が使えないからってのが理由にあると想像している。

 金持ちならぬ、スライム喧嘩せず。これ、俺以外の個体で要検証だね。

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