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第7話 平穏な日常

 遺跡の奥から聞こえて来た女性の声に、このままここで姿を現したままで良いのかと判断に迷う。


「スライムって可愛いかったね、今度一匹飼ってみようかな?」

「そんなこと言って、赤点の答案用紙を食べさせるつもりなんでしょ」


 どうやら二人組らしい。しかしスライムが可愛いかったとは?

 この奥にスライムがゴロゴロしてて、撫で放題のイベントでもあったのか?


「あっ、そこにも一匹居るわね!」

「ライムグリーンのスライムって、ミッシル先生の愛してた個体じゃないの?」

「それはないわよ、だってその子はオーガに投げられてオダブツになってるんだし」


 どうやら時間軸的には後日談で間違いないようだが、ミッシルさんは一体何をやったんだ?


「あの子、捕まえてもいいかな?」

「ハグレかも知れないけど、この遺跡の中の子は持ち出し禁止なのよ。バレたらミッシル先生とか特務機関とかに怒られちゃうよ」

「出禁になったら困るかぁ。仕方ないな」


 フムフム、良く解らないけどこの遺跡の中のスライムは保護されているって訳だ。

 残念そうな顔して俺の前を通り過ぎて行く二人を見送り、奥に進んで問題が無いだろうってことで足を向ける。


 久し振り?かどうかは解らないが、ポヨンポヨンと跳ねながら進んで行く。

 そう言えば、前回はこの通路の灯りは点いていなかったのだが、今は元々天井に設置してあった魔具の照明が点灯していて普通に明るい。


 オーガ襲撃事件の後にこの遺跡の調査が行われて、パワーユニットが復旧されたのか。

 きっと特務機関のヲタク達が喜んでアレコレ触りまくったに違いない。

 それでもヤクザ神のギミックは作動しなかったんだな。多分最深部に入る為のドアと同じで、俺の魔力波でなければ作動しないタイプなのだろう。


 考え事をしながら奥に進む。

 そう大きな施設でもないのであっという間にポップな看板の前に辿り着いた。

 あれ? 書かれている文字はなんと『スライム喫茶』だ。俺の設定では食堂だったけど改装したのかな?


 地震の影響で斜めになったドアとかもあって、隙間からしか入れない部屋も幾つかあるが、確か食堂は両開きのドアで蝶番が傷んで力付くで動かすとバキッとドアが取れて中に入れたと思う。


 で、食堂の奥には食料庫があって自動生産システムで育てられた野菜が届くようになっている。

 危険物となりそうなのはマニピュレーターとコンベヤしか無いし、動力を流せばすぐに稼働して野菜が作られたと思う。


 遺跡に残っていた種は腐っていたかも知れないけど、別の種を使っても水耕栽培で育てられる。肥料とか水の管理は人工なんとかが適宜やってくれる。

 取説はイラスト入りで、文字が読めなくてもイラストだけで操作が解ったんじゃないかな。

 そう考えると、残飯処理スライムが接待役に昇格した可能性に思い至る。


 食堂の隣にはトレーニングルーム、図書室、休憩室とかの生活スペース。

 少し離れて二股になり、居住エリアと研究室等のエリアに別れている。


 ぶっちゃけこの遺跡はミッシルさんが所属している特務機関と似たり寄ったりの場所で、秘密道具を持つスパイが活躍している映画で出てくる諜報機関を想像したものである。


 ただ、ここで開発された道具は専用の道具を使わず分解すれば自壊する仕掛けが全て仕組まれていて、特務機関が持ち出したとしても再現不可能であるので問題は無い。


 あと、メンテナンスは定期的にメンテ専用ロボットがワラワラと出てきてチョコチョコやってる筈。

 補修用の資材がどこから来るのか当時思い付かなかったので、恐らく今でもブラックボックスとなっていると思う。


 俺だって、このエタり小説の世界が現実のものとなるなんて想定外だったから、設定なんてかなりはしょっている。

 だからそれを批難されたら全力で泣いて駄々を捏ねるよ。


 おっと、研究エリアから人の声が聞こえてきた。

 この声は隊長とエーコ、ビーコか……あっ、ミッシルさんも!


「粗方ここの探索は終わったけど、やっぱり色々納得出来ないシステムだわね」

「それだけ進んだ文明だったってことの裏返しだと思いましょうよ」


 エーコよ、素直に納得するが良い。

 それに引き換え、さすがミッシルさん。ここがとんでも文明の遺産だからと達観していらっしゃる。

 システムはブラックボックスなので永遠に答えが出ないし、ここを探索しても俺が居ないと本当に価値の在るものは見つからないんだよ。


「あっ! そこのスライム!」


 ミッシルさん達が俺を発見したようだ。いの一番にミッシルさんが走りよって来て俺をガバッと抱き上げる。

 ウンウン、やっぱりこのサイズ感が一番や……


「色はライムグリーンだけど、その子はラグムじゃないよ」


 同僚が涙を流して感動しているってのに、冷めた反応するなよ、エーコ。


「そんなことはないわ!

 だってラグムの魔石はあそこには落ちてなかったんだから、再生しててもおかしくないんだから!」


 あぁ、ヤクザ神が俺のスライム液と核でアメーバ砲を作ってオーガをぶち抜いたって設定にしたから、遺品として残ったのは本当に皮一枚だけだったんだよね。


 けどね、スライムが核、つまり魔石から再生するって設定は無いから俺は前のラグムとは別の個体なんだと思う。


「それにこの体重、ぴったり三百二十グラムのスライムはラグムだけなんだから!」


 あの、ミッシルさんって抱っこしたスライムの体重がグラム単位で分かる特殊能力持ちだったっけ?

 ミッシルさんは俺を前のラグムとして受け入れる気満々のようだし、俺もそれが都合が良いけどね、他のスライムが再生するんじゃないかと調査しようってことにならないかな?


 そうなると、無駄な時間を使わせることになって申し訳ないんだよ。


「初対面でこんなに大人しくて私に身を委ねてるでしょ。この子は間違いなくラグムだわ!」


 仕方ない、今はミッシルさんの好きにさせてあげようじゃないか。きっと何とかなるに違いない!


 それから特務機関のある町に戻り、独身寮のミッシルさんの部屋に入れてもらう。

 おう、まさか仲間が三匹も居たとはびっくりだ。色こそライムグリーンではなく、紫のパーム、クリーム色のクーム、白色のホームと名付けて寂しさを紛らわせていたみたい。

 しかもその三匹も俺と同様にミッシルさん大好きっ子みたいで腹立つわ。


 今日から四匹体制でスライム三昧万歳って、ミッシルさんの今後に少々不安を覚えるけどまぁいっか。


 それから数日掛けての結論だけど、ミッシルさんにはスライムテイマーの才能があるようだ。

 同部屋の三匹だが、俺と違って知能は低いがテイムされているから主人の命令が理解出来ているって訳だ。

 勿論上位の存在である俺の言うことにも従ってくれるよ。特にお願いしたいことはないけど。


 それから月日がスススと過ぎて。

 スライムは人の指示には従わないが、ある程度の行動の抑制は可能って結論が出された。

 スライムの地位向上に繋がるような研究結果は出なかったが、ペットとして大ブームが起きている。


 この世界のスライムは生息する地域によって若干の差はあるが脚の無い真ん丸のクラゲみたいな見た目をしているのが大半である。

 俺みたいにニンニク形になる個体も居ないではないが極めて少ない。


 皮の厚みや弾力は実は個体差がかなり大きく、張りの強いヤツも居れば殆んど抵抗の無いヤツも居る。

 食事をする時は対象の上に乗っかかり、時間を掛けてじわりじわりと溶かしながら食べていく。

 そして排泄はしない。これがペットとして優れている一番のメリットだな。


 知能は低いが、餌を与えてくれる人を覚えるぐらいは可能だし、飼われてその家に危険が無いと理解した個体はマジ食っちゃ寝生活を満喫するようになる。


 基本的に打撃には強いが刃物には弱いと言われているが、核を殴ると割れるかも知れないので要注意。

 あと、間違えて踏んだら高確率で核が割れるからね。


 意外なことに、運動をするのが得意な個体も多くて五十メートル走の大会が開催されることもある。

 他にはとても張りの強い個体を何匹も集めてソファー代わりに使うのがお金持ちのステータスになったり。


 その立役者がミッシルさんで、彼女の美肌の秘密が発表されてスライム人気に火が付いたらしい。

 俺がオーガに殺されたあの事件もアレンジされて絵本になっているし、風俗店でもスライムが利用されているとかいないとか。

 今の俺が確かめに行くのは不可能だし。


 そうそう、残念なことにこの世界のスライムには触手がない。俺も何度も試してみたけど諦めた。

 エロマンガみたいなやつのパクりと思われたくなくて、そう言う設定にしたのが俺だったっけ。なら、こればっかりはどうしようも無いんだ。


 爆発的なスライムブームは、当然ながらそうそう長続きはしなかったが、ペットとしての地位を確立出来たのは嬉しいかぎりだ。

 下水処理にしか利用されておらず、外で偶然遭遇すればプチって殺されていた以前と違うのだ。

 野生のスライムにも平穏な日々が訪れたのである。



 ある日、忙しさから解放されたミッシルさんの実験室で偶然が重なり、特定の魔力波を掌より小さなスライムに流すと中の核が激しく振動を起こす現象が発見された。


 これを聞き付けた巨大二連スライム持ちの先輩が肩凝りに効かないかと試した結果、後日スライム振動器なる商品が開発されることとなった。


 この商品に適しているのは、張りが強くて核の大きめな個体で、これをメーカーに売ればお小遣いになると子供達の良い仕事になった。

 振動の強さで買取価格が変わるので、少々トラブルが起きたのは俺の知るところではない。


 先輩とミッシルさんは特許を取ってウハウハだ。

 これには後日談があって、更に小型の商品を作って欲しいとゴニョゴニョ製品メーカーから特務機関に問い合わせがあったんだ。

 ミッシルさんは断ったが、ノリの良い先輩が製品化しちゃってねぇ……そっちでもかなり儲けているらしい。


 まぁね、スライムは当初お風呂で使うものって認識している人が多くて、スライム、イコール、エッチな生き物ってのは元々あったみたい。ソンナコトナイヨ。


 それから数ヶ月後、ブームが過ぎて大量のスライムが余った、どうしてくれるんだとクレームを付けに来た業者が現れた。

 アホか、そんなの市場動向を読み間違えたてめえの責任だろ!と答えるようなミッシルさんではない。


 泣く泣く研究費を使って余剰スライムを買い取り、スライム液の研究に取り掛かる。

 元々以前からやってたことなんだけど、研究内容なんて部外秘だからね。楽してサンプル大量ゲットだぜ!と彼女が喜んだのは内緒だよ。


 スライムマニアの彼女だが、愛玩用とそれ以外はきっちり線引きしてたんだよ。俺には解らないけど、彼女の中で可愛いスライムと可愛くないスライムの基準でもあるのだろう。


 で、愛玩用でないスライムの皮を躊躇なくかっさばいてスライム液を取り出し、怪しげな試薬を使ってあれやこれやを数ヶ月繰り返し。


 そうして販売に漕ぎ着けたのが、スライムゼラチンとスライムフィルムだ。

 え? スライム液はどうなったって?

 それならその二つの商品の生産工程にしっかりと使用されてて無駄になっていないから。


 販売はしていないがスライム酸の抽出にも成功していて、実はこれがかなりヤバイぶつなので国家的な極秘扱い指定となっている。

 ぶっちゃけると、オーガを倒したアメーバ砲が人の手で作れるんだよね。


 高濃度スライムアシッドを地面にうっかり溢したら、そこに深い穴が出来るレベルだって言うんだからスライム侮るべからず。

 もっとも、そのレベルの物を作るにはかなりの個体が犠牲になるので、ホイホイと気軽に作れる訳ではない。

 あ、ちなみにこれは金でも溶かせます!


 このスライムアシッド、かなり稀釈したものがガラスの製造とか工業に利用可能と判明し、スライムのペットブームは過ぎたのにスライムの乱獲が始まったのだ。


 野生スライム受難の時代に突入な訳だ。


 で、いくらスライムと言っても無限湧きはしないのだから、スライムの効率的な養殖が産業として必要となってくる。


 何でも食べるスライムだが、実は多頭飼育していても繁殖事例はかなり少ない。

 あぁ、このこともペットとして飼うにはメリットとしてあげられていたっけ。

 でもいざ増やす段階になると、増やし方が分からないのは明らかなデメリットだ。


 生殖器を持たない生物の増え方って細胞分裂を想像するのが普通なんだけど、残念ながらこの世界の住人にはその知識は無い。


「切ったら二匹になる魔物も存在しないし、どうしたら良いのかラグム知らない?」


 プラナリアが存在しないのか、それとも発見されていないのか。水辺に行けば案外簡単に見つかるかもよ。


 スライム関連の発明でかなり儲けたミッシルさんが、新製品のマッサージチェアに座りながら俺に問いかける。

 勿論本気で俺が答えるとは思っておらず、研究に行き詰まったり悩みがあるときはいつもムニムニと両手で俺を揉みしだくのだ。

 俺も気持ちが良いのでWin-Winだが、最近では利用が減っている梱包材のプチプチと扱いがそう変わらないと気が付き、少し微妙に思わないでもない。


「そっか! 繁殖したことのある家庭に聞き取り調査したら良いんだ!」


 ふむ、報告が上がって来ている案件に付いては住所も判明しているらしく、早速行動に移した彼女だが、あからさまにガッカリした様子で戻ってきた。


「もー最悪! スライムは生命の危機を感じ取って分裂するなんて!」


 だからって、まさか俺にメスを向けないよね? えっ?

 えっ? えーーーっ!! 

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