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第5話 森での遭遇

 森の縁までは馬車に乗って移動した研究員三人だが、森の中には馬車は入れられないので徒歩となる。

 さぞかし女性三人にはきついだろうと思っていたが、そんなことはなかった。


「ミッシルさん達、思ったより凄いです。

 研究員と聞いて森歩きの足手まといになるんじゃないかと……あ、失礼なことを」


 天馬の中でも一番若手のロンベル青年がスタコラサッサと歩いていく女性研究員達三人の健脚ぶりに舌を巻く。


「私達は研究素材集めのために日頃からあちらこちらで歩き回ってますから、体力には自信があるんですよ」


 ロンベルの失言を咎めるでなく、軽く聞き流すとはさすが俺のミッシルさんだ。

 毎日お風呂で体の隅々を堪能させて貰っているのだから、ミッシルさんは俺のものだと言って問題ない、きっとそうに違いない。

 もし彼女がお嫁に行ったら俺は全力で泣く自信がある。


 ちなみに同行している二人の研究員、エーコとビーコと俺は内緒で呼んでいたが、正しくはエイドリーとビビアンで、風呂で見た際にBに近いと気が付き少し評価を上方修正……何の話か知らないけど、セクハラ発言と取られかねないネタはボチボチやめようか。


 それはともかく、木のたくさん繁る森の中は根っこが結構地表に出ていて人の足では歩きにくいそうだ。

 スライムの俺は根っこがあっても無くても進むのには関係無いが、低木やら雑草やらが多くて視界が悪く、辟易させられる。


 前回一人で歩いた時にはこんなものかと気にとめなかったのだが、人と暮らすようになってからは常に視界がクリアな場所に居たのだから仕方がない。

 このまま跳ねながら進んでいると、みんなのペースに追い付けなくなりそうなのでエイっと隊長の肩にジャンプする。


「さすがにスライムに森歩きはキツかったか」


 そんな勘違いを否定しても分かって貰えないのだから、ここは俺も華麗にスルーする。


「隊長さん、ひょっとしてラグムに懐かれたのかしら?」


 おっとミッシルさんがおかしな勘違いをしたようなので、ここは違うと抗議しよう。彼女には負担を掛けたくないが、隊長の肩からポンとジャンプしてミッシルさんの胸にダイブする。

 一応肩を目指したつもりなのだがら、僅かに目算を誤ったらしい。


「あら、違ったみたいね。やっぱり私の方が良いの?

 それともまさか荷物になるからって遠慮してくれたのかな?」


 ここは大きく頷く。


「そうなんだ、気にしなくてもラグムは軽いから大丈夫よ。

 たったの三百二十グラムしかないんだから」

「ミッシルさんはラグムの言いたいことが分かるのか?」

「なんとなくだけど、肯定してるか否定してるかは分かる気がするわ」


 肯定の時は体を上下に、否定の時は左右に振ってるつもりなのが分かって貰えているのかも。


「顔でもあればもっとハッキリすると思うけど、そんな小説みたいなスライムは存在しないし」

「スライムが意思表示するってだけでも大発見と思いますが」

「この子一人だけの仕草では発表なんて出来ませんよ。

 スライムが共通して持つ特性なり仕草なりを見付けることが出来れば、恐らく何とか賞が貰えるんですけどね」


 この世界にもそう言う賞があるんだね。

 動物や魔物の行動予測が狩りの安全性の向上に繋がるからだろう。


「でも、スライムですから発見があったとしてもちょっとインパクトが弱いですね。

 誰でも狩れる相手の弱点なんて知っても意味が無いですし」


 そりゃそうだ。普通のスライムなんて踏みつけただけでも倒せそうなんだから、わざわざ研究する必要は無い。

 俺がミッシルさんに重宝されているのは、掃除をしたり枕の代わりになったり出来るからに過ぎないんだろう。


「ラグムは特別ですよ。今では立派な相棒ですからね」


 おお、なんて嬉しいことを言ってくれるんだ!

 よし、俺はこれから何があってもミッシルさんを守っていくぞ!


 とは言えだ。俺には掃除に役立つ以外に何の取り柄も無いんだよね。

 一度実験させられて解ったのだが、金属鎧を着用した相手の防御力を上回る攻撃力はなく、前にやったような不意討ちでの体当たりしか攻撃手段を持っていない。


 こんな不甲斐なさでミッシルさんを守ろう何て虚言も甚だしいってもんだ。

 盾になるなら鉄のような体になる魔法の一つでも覚えなきゃ。


 でもそうは言ってもステータス画面も無ければレベルとかも一切解らないこの世界、自分の成長がどんな感じで可能なのか知る術がない。

 どんな訓練をするのが効率的なのかガイドになるものも無く、強くなりたいと思っても目標を立てにくいのが現状である。


 そんなことを考えていると、先頭を歩くパーティーメンバーがピタリと足を止めてハンドサインを送ってきた。どうやらこの先に何かが居るらしい。


 耳を澄ましてみれば、なるほど確かにグギャギャピギャピギャとゴブリンの会話が聞こえる。

 聴力のカーテンを全て解放して音を拾うことに集中してみると、真正面に三匹、少し右に逸れた位置にニ匹。


 この程度なら天馬の五人なら楽勝楽勝お手並み拝見とたかをくくっていたのだが、不意に左斜め後方、所謂八時の方向に新手が現れた。

 新手の数はたった一匹だが、野生スライムの本能が俺の脳内にコイツはヤバいと赤い警告画面を発するのだ。


 天馬のメンバーが前方の五匹を確認して動き出す。後方の敵にはまだ誰も気が付いていないのだ。

 天馬達がゴブリンとの戦闘に入り、ミッシルさん達との距離が開いたところで満を持したかのように後ろのヤバいのが俺たち目掛けて走り出した。


 俺は慌ててミッシルさんの肩から飛び降り、ヤバい相手に向かって大ジャンプ!


「ラグム、どうしたのっ!

 えっ! うそ、どうしてオーガなんて!」


 俺を視線で追うために振り返ったミッシルさんがヤバい相手をオーガと特定してくれた。


 テンプレならゴブリン、豚とのハーフみたいなオーク、この世界での鬼的存在オーガの順に強い魔物になっていくんだよね。

 で、オークをすっ飛ばしていきなりのオーガ戦とはスライムの俺にはハード過ぎる。


 取り敢えず攻撃を避けて時間稼ぎに徹するのだが、物語序盤のボスキャラ的存在であるオーガはやはり一筋縄とは行かず、俺はそのオーガに捕まってしまった。


 ニヤリと牙を剥き出し邪悪な笑みを浮かべたオーガは、まるで弾丸ライナーと称されるホームランボールのような勢いで俺を壁に向かって投げ付けた。


 森の中に壁ってなんだ?と呑気に疑問を持つ訳も無く。

 この後に来る筈の叩きつけられる衝撃に備えるべく、身を硬くして備えるのが精一杯。

 あっと言う間に壁にぶつかった俺の全身はグシャリと歪み、皮に出来た大きな裂け目からスライム液がドボドボと溢れだす。


 僅かな時間だがオーガの気を引き付けられた、これならオーガに気が付いた天馬の誰かがミッシルさんを守ってくれるに違いない。

 希望的観測だが、そう信じるしかないのが今の俺に出来ることだ。


 外のツルツルスベスベのスライムスキンは壁に引っ掛かったまま。

 すべてのスライム液が漏れ出ると、最後に核となる魔石が裂け目から地面に出来たばかりの水溜りにポチャリと落下し俺は意識を失った。



 オーガの手によって壁のような場所に投げ付けられたラグムから赤い核が落ちるのが目に写ったミッシルは、絶叫していた。

 本人は既に何を叫んだのかすら分かっていない。

 彼女が放ったメスは切れ味だけは鋭いものの、オーガの硬く分厚い筋肉層を切り裂き致命傷を与えるには至っていない。


 投擲用に備えてあったメスを全て失い、後は右手に残した一本のみ。

 それを頼りに身長差が二倍近いオーガと接近戦を行うなど自殺行為も甚だしい。


 エイドリーとビビアンが護身の為にと用意していた唐辛子たっぷりの熊避けを投げ付けたが、残念ながらオーガに当たることは無かった。


「隊長! コイツらゴブリンつってもかなりの上位種っしょ?!」


 天馬のメンバーは、予想に反して武器の扱いが上手く、しかもやたらタフなゴブリンを倒すのに手間取っただけでなく一人が負傷したことに歯噛みしながらオーガに向かう。


 鬼気迫る様子で一人立ち塞がるミッシルだが、彼女の腕は折れているのかまるで力が入っていない。


 あのオーガの振り上げられた拳が振り下ろされた瞬間、彼女の死は確定すると誰もが諦めた。

 そして無情にもオーガの拳は勢いよくミッシルの頭を目掛けて唸りを立てて落下した。


「ミッシル!」


 エイドリーが気丈にも叫ぶ。

 それは仲間を救えなかった贖罪を求める為なのか、それとも立ち尽くすだけのミッシルを動かす為の檄なのか。


 だがエイドリーも最後の瞬間だけは目を閉じる選択肢しか無かったのだ。

 それは腰を抜かしてへたり込んでいたビビアンも、援護に向かう天馬のメンバーも同じだった。


 グシャっといやな音が森に響く。

 そして僅かに遅れてドサリと大きな物が倒れる音と振動がエイドリー達にも届く。


 小柄なミッシルが倒れたにしては振動が大きすぎないか?

 冷静になれば気付くのだろうが、今は誰もが倒れたであろうミッシルの冥福を祈るのみだ。

 そして次は自分の番か、残された誰もがそんな諦めを込めて再び目蓋を開ければ予想外の光景が広がっていた。


「オーガが倒れてる?」


 ミッシルも倒れているのだが、オーガまで倒れている理由が解らない。

 まさかミッシルが火事場の何とかで倒したとでも?


 確かなのはオーガの胸に丸い穴がポッカリ空いており、それが背中側からの攻撃だったと言うことだけだ。


 オーガの死亡を確認し、手遅れと知りながらもラグムの救助に向かう。

 だがスベスベのスライムの皮は破れて中身が全て漏れ出ており、あの愛らしい姿は見る影もないと言う状況。

 意識を取り戻したミッシルが号泣するのを誰も止められない。


 誰のせいなのか、男よりスライムが好きと公言する程のスライムマニアとなったミッシルだから、最愛のラグムを喪った彼女の悲しみがいかほどなのかと誰にも想像が付かない。


 それと彼女の折れていたであろう腕だが、それも綺麗に治っていたのも意味不明である。

 今の世界に骨折を瞬時に治せる魔法など無いと言われているのだから。


 不思議なことはまだ続く。


 壁のような場所にはドアがあり、その内部は過去に滅んだ高度の魔法科学時代の遺跡があった。

 どうやらそこでは動物を使用した実験が行われていたらしいのだが、何故か資料の最後にはスライムこそ究極の生命体だと讃えるような表記で締め括られていたのだ。

 そした遺跡で見つかった三匹のスライムは、ラグムのようにミッシルに甘えたのだとか。



「よう、色男。お前がエタらせた世界の暮らしはどうだった?」


 何故かあの真っ白な空間を再び訪れた俺の前には、まるでやくざのような顔付きと衣装の神様が葉巻を加えて脚を組んで座っていた。


「げっ!ヤクザの神様!」

「失礼なやつだな、ヤクザーノだ、二度とは教えんから一度で覚えろ」


 それなら俺の心の準備が整ってから名乗れって。

 それより気になるのが、俺がエタらせたって何だよ?

 エタる……って、待てよ、ひょっとして投稿小説のか?


「そうだ、お前が入社間もなくして同僚との飲み会にも参加せず、好意を寄せていた派遣社員の存在にも気付かず、知識も無いのにしょうもない思い付きと勢いだけで半年掛けた黒歴史のアレだ」


 神様だからって酷い言いようだな。

 確かにそうだけど、趣味なんだから良いじゃないか。


「何を言ってやがる。

 運良くメディア化担当の目にとまれと願掛けしてたことぐらい調べはついてるんだが、それでも反論はあるか?」


 そこまで言われて、ある訳ないって!


 特務機関に天馬にスライムマニアの研究員、そしてあの廃墟……そうか、だからあの廃墟が懐かしいと感じていたのか。

 何気なしに顎に手をやり、はたと気が付きその手を見る。


「ここはお前をあの世界に送り出してまだ一時間も経っちゃいない。ここでの姿は元のままさ。

 あの馬鹿が大して準備もせずにお前を異世界に突き落としたから色々制限が掛かってんだよ」

「あの駄女神と言うより、アンタが駄女神を蹴り飛ばしたのが決定打だと思うが、それについて反論どうぞ」


 大きく葉巻を咥えて吸い込み、ゴホゴホとむせるヤクザーノ。

 たまたま駄女神が送るタイミングと蹴り飛ばしたタイミングが重なったので、過失割合は駄女神と半々だと既に監査員からの調査結果が届いている。


「そんなことで俺にマウント取ろうなんて甘く見られたもんだ。

 あの遺跡には古代文明時代に作られた魔道ロボットがあって、あのオーガをビーム兵器で撃ち抜く話を考えていたが途中で面白くないと気が付いて書く意欲を失くしたんだったな」


 くっ! 未発表の原稿の内容で恐喝するのは反則だろ!


「ビーム兵器ではなく、お前のスライム液をアメーバ形態の魔物に変異させ、全身を酸の弾と化してオーガに留めを刺させてやった恩を忘れて貰っちゃ困るんだが。

 それとお前の大好きなミッシルさんとやらの怪我も綺麗に治してあるのだが、反論どうぞ」


 そんなの反論出来るかって!


 まあね、確かにビーム兵器より多少はマシかも知れないけどさ、スライムの中身がアメーバ?


 で、それが兵器になるなんて発想、ビーム兵器とそんなに大差ないって思わない?

 だってどちらもご都合主義なんだから。

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