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第3話 名前を頂きました

 ゴブリンを倒した日から早くも二回は星明かりを見ている気がする。

 おかしいな、俺って方向音痴だったかな?


 あの遺跡に戻るつもりで移動を始めたのに、一向に辿り着く気配を感じないのだが。

 しかも気のせいか、木々の隙間から向こうに広がる景色が見えてきているし……つまり遺跡のある方向に進まず森から出てしまったってことだ。

 こりゃ大失敗だ。


 まあね、懐かしいような不思議な印象があったのは、恐らく映画か何かで見た廃墟のセットだったからだと思うことにしよう。

 別段目的があるわけでもない。

 これからのセカンドライフをスライムとして送ると決めた俺が森から出たのは良かったのか悪かったのか。


 ゴブリンが居るってことは多分人間も居るんだろう……と言うより、元々人間として転生するような話の進み方じゃなかったかな?


 それが一体どこがどうなってスライム化したのか、ちょいとばかり責任者から説明が有っても良さそうなものだが、神様だって暇じゃないのだろう。

 未だコンタクトしてくる様子は無い。


 サーッと吹く風にツルツルボディの表面を撫でさせながらポヨヨンジャンプで進んで行くと、踏み固めて作られた道らしき場所に出る。

 道なりに進めば民家のある場所に辿り着くだろうが、今の俺が人に会っても良いものか?


 この体に生まれ変わってから、人の食事を食べたいとか風呂に入りたいとか思うことはなくなったので、何も無理して町に行く必要性は感じないのだが。

 ただ言えるのは……退屈ってことだな。


 サラリーマンやってた時の休日と言えば、まる一日寝っ転がってスマホ見てた訳だ。

 なのに毎日が休日な現状、そのスマホが無いのだから時間が過ぎるのが遅すぎるんだよ。

 ずっと寝っぱなしってのも芸が無いし、折角知らない世界にやって来たわけだから異世界コミュニケーション、取ってみたいでしょ。


 そう思って道から少し外れながらポヨヨンポヨヨンと進んで行く。

 結構歩き続けているのだが、疲れと言うものは感じない。恐らくこの体には疲労物質が溜まるとか、脳が疲れを感じるとか、そう言うシステムが備わっていないのだろう。


 それに水が無くても生きていけそうだから、とても便利な体じゃないか。下手したら人間が滅んでもスライムは生き残るんじゃない?


 冗談はさておき、野を越え丘を越え、進み続けてついに前方に人と馬の姿を発見!

 おお、あれが馬車なのか。リアルで初めて見たよ。


 何やら道の真ん中で集団で踊っているような……あ、一人倒れたよ。

 良く見てみれば、手には銀色に光る物体が握られていて、それを互いに振り下ろしたりして危ない踊りだ……


 ……ボケてみた。


 これってテンプレ?

 ならばこの機会を見逃すなんて勿体無い!

 俺は迷わず猛スピード……のつもりでポンポン跳ねて行くと、禿げ頭の性格悪そうなオッサンが草むらに隠れているのを見つけたのだ。


 オッサンの手には弓矢が構えられていて、馬車から出てくる誰かを狙っているのではないかと当たりを付ける。


 話を聞いてみないと、このオッサンが良い人なのか悪い人なのか判断は付かないのだが、俺は第一印象に従いジャンプしてオッサンの頭に着地した。


 あっ……しまった、脂ぎっててバッチいかも。


「うわっ、何だっ!」


 突然頭に何かがポトンと落ちてくれば誰だってビックリする。

 このオッサンも例に漏れず、リアクション芸人ばりに叫ぶと弓と矢を放り投げて立ち上がって頭の上に手をやるのだが、その時にはもう着地している。


「お頭っ! 何やってんです!?」


 突然奇声を上げて姿を見せたオッサンに、その部下が批難の声を上げたがそれがあだとなる。


 もう分かっているが、彼らは踊りではなく戦闘中であったのだ。

 馬車を守るようにして剣を構えていた一人がチャンス到来とばかりに薙いだ剣はバンダナを巻いた男の首をはね飛ばす。


 コスプレショーで持つ玩具の剣ではなかったらしい。勿論それぐらいは分かってたけどね。


「一気に畳み掛けるぞ!」


 お頭の失態から来るショックのせいか、推定盗賊達の統率は無くなり人数的に不利だった防衛側の人達が色めきだつ。

 恐らく一対一であれば盗賊など相手にならない実力者達なのだろう。

 勝ち目が無いと悟り、我先に逃げ出そうとする盗賊を一人一人と打ち倒していく。


 深追いするのは良くないぞーっ、と声を掛けたいが俺は声が出せないので仕方なくお頭と呼ばれたオッサンを体当たりで戦闘不能にしておいた。

 ゴブリンでの件があるので、体当たりする時に殺してしまわない手加減するのにかなり気を使ったので疲れたよ。


 何人かの盗賊は逃げたようだが、戦闘はすぐに終わったようだ。

 地面に延びている盗賊の手足を縛るのかと思えば、容赦なく首チョンパってなかなかえげつない世界だな。

 ま、お頭は白眼を剥いてるけど生かしてあるから情報を吐かせることは可能なんだけどね。


「誰か知らぬが助太刀感謝す……んん? 誰も居ない?」


 護衛をしていた責任者だろうか、日に焼けて真っ黒な肌のおやじがそう声を掛けてくる。

 失礼な。俺はちゃんとお頭さんの頭の上に乗ってるって。


「もうスライムが血を嗅ぎ付けたのか」


 だから違うっての!

 あ、声が出せないから会話にならないのが超不便だな。

 どうすれば意志が伝えられるんだ?


 火事場泥棒みたいに遺体処理に来たスライムと勘違いされたままじゃ、ちっぽけなプライドに傷が付くってもんよ。

 どうにかして教えないと。


「いたっ! ……貴様らスライムをテイムしてやがったのか」


 目を覚ましたお頭が日焼けしたおやじを見てそう吐き捨てる。

 お頭とやら、ナイスアシストじゃっ! 褒めてつかわすぞよ。


「テイマーなど居ないが……まさかコイツが?」


 不思議そうな顔で俺を見るおやじ。残念ながら、俺はノーマルだから男に興味はないんだよ!


「野生のスライムだと?」


 お頭が嘘だろ?的なニュアンスで呟き微妙な顔になる。

 そりゃさ、スライムに隠れてたところを襲われて悲鳴を上げたなんて知られたら盗賊だろうが末代までの恥ってやつだわ。


「良く分からぬが、生け捕りに出来たのは僥倖……しかしスライムとな……」


 そう言うと、またまた俺をじっと見つめる日焼けしたおやじ……照れるじゃねえか。


「おい、ロープをくれ! ザンムを生け捕った!」

「やるじゃないっすか! さすが隊長!」


 部下にそう言われて困った顔になる日焼けしたおやじ、ではなく隊長が俺を掴みあげる。

 出来ればその役目は美少女に替わって貰いたいのだが。欲を言えば更に抱き締めてもらえれば言うことなしだ。

 抗議の意味を込めておやじの手から逃げ出し、ポトンと地面に落ちる。


 むさ苦しいおやじに用はない、と馬車の方に向かって進む。俺の美少女センサーが馬車の中に美少女がいると告げているのだ。


 ……嘘吐きました! 俺にはそんな機能はありません!

 心配そうな少女の声が聞こえたから、そっちを見たら馬車の窓が開いて結構な美少女が顔を出したんです!


 ポヨヨン、ポトン、ポヨンポヨンと進んでいると、

「キャーッ!スライムよ!

 誰か早くあれをやっつけて!」

と、俺抹殺指令を発動しやがった。


 くっそっ! この世に神は居ないのかっ!


 そうだ、どこかにプラカードは落ちてない?

 僕は悪いスライムじゃねえっ!て書かないとマジ消されるかもっ!


 彼女の声にショックを受けて思わず立ち尽くす。

 周りから見れば立ち尽くしたのか、単に止まっただけなのか判断は付かないだろうけど。


「あら、あのスライム。貴女の言葉を理解しているのかも」


 少女の向こうに見える顔は母親だろうか、どことなく二人には似たようなイメージがある。


「ギルツ隊長、そのスライムは何かしら?」


 日焼けおやじが上品な声でそう問い掛けられると、

「どうやらこのスライムがザンムを攻撃したらしく...…お陰で生け捕りに出来たのですが、スライムがそんなことをするとは信じがたく」

と困った様子で答える。


 俺はその場でエヘンと胸を張るが、誰にも気付かれない。


「ひょっとしたら特殊個体かも知れないわ。

 保護して観察してみましょうか。隊長には危害を加えていないのでしょ?」

「はい、ザンムの頭に飛び乗って驚かせ、胸に体当たりをした以外は攻撃をしていないようです」

「ならば、その子……が私達の命の恩人ですわ。

 魔物だからと言って処分するのも……スライム浄化槽にでも入れて置けば暫く生き続けるでしょう」


 何だって?

 まさか俺をトイレの処理に使うつもりかよ?

 さすがにそんな使われ方はゴメンだと、大きく首を振って拒否を示す。


「フフ、やはりその子、言葉を理解出来ているみたいね」


 どうやら母親には俺の意志が分かったみたいだ。

 

「そうね……特務機関でこの子の生体を調べさせてみましょうか。

 荒事には向かなくても何かの役に立つかも知れないわ」

「ええっ? お母様、正気? スライムに言葉が分かる訳ないでしょ? どこに耳があるの?」


 あ、それは俺も知りたいな。

 俺の解析だと、スライムに耳は無いけど空気の振動を拾って解析する機能があるんだと思うわけよ。

 コウモリみたいに超音波を発することが出来ない換わりに目が良い気がする。

 

「特務機関……あのオタク集団か。なるほど、預けるならあそこが適任ですね。

 そうだな、ロンベル、そのスライムを革袋に入れて運んでくれ」

「俺っすか? 触りたくないんだよなぁ」


 俺も男には触られたくないって!

 でも護衛の中には女性隊員が居ないみたいだから仕方ないのか。ごそごそとクチを開けた革袋を持ってまだ二十歳そこそこに見えるロンベルとやらが近寄ってくるので、先にその中にジャンプして入ってやる。

 取り敢えず命の危険が無さそうだし、人の居る場所に連れて行って貰えるみたいだから甘えさせて貰おうか。



 ふーっ、よく寝たっ!

 革袋に入ってると真っ暗だし、時間なんて分からないからどれだけ経ったのか全然分からない。

 気分的に久し振りに外の空気を吸ってみようとしたところで革袋が大きく揺さぶられ、俺は真っ逆さまに転がり出ることになった。


 随分と乱暴な扱いじゃないか!

 俺はお前達の命の恩人だぞ!とプンスカ怒りつつも周りを見てみる。


「あら、ホントにスライムじゃない」


 まず俺の目が行ったのは、たわわなスライム……ではなく、はち切れんばかりの胸をテーブルに乗せているお姉様だ。

 だが敢えて言おう。俺のストライクゾーンはCまでだと!


「なんかこの子、私には興味無いみたい。じゃあ、いらないわ」


 それは良かった、お互い様だ。

 大きいのが正義なんて大艦巨砲の時代はとおの昔に終わってる……この世界では知らんけどって何のこっちゃ?


 俺に興味を無くした二連装スライム持ちのお姉様は肩が凝ったからマッサージを受けに行くと部屋を出ていく。そりゃ、あんなの二つぶら下げてたら肩も凝って不思議ではない。


「相変わらず勝手な人ね。でもスライムかぁ。

 こう言うのってイマイチ反応出さなくてやりにくいのよね」


 そう言いながら俺をツンツンと指で突くのはイメージ的にデキル研究員なんだけど、少々発達不足か。


「ほらね、固まってるし。なんか思いっきりシカトされてる感じなのは気のせいかしら?」

「案外見た目で選ぶタイプかも。

 どことは言わないけど」

「そう言うアンタだってそう変わらないでしょ!」


 二人の若い女性研究員を眺め、その通りだと同意を示す。

 サイズなんて問題じゃない!なんて綺麗事は言わないでおこう、Aには用はないっ!


「ちょっとコイツ、失礼なこと考えてない?」

「まさかスライムに思考能力があるとは思えないわ。嗜好は在るかも知れないけど。

 でも何となくやな感じよね。私もパス」

「私も~」


 この二人組も俺の相手をするつもりは無いと部屋を出ていく。

 その後何人かの男女が俺を撫でたり叩いたりして去っていく。ここは特務機関とは言っても、どうやら好き勝手な研究をする部門らしい。

 なるほど、だからオタク集団と呼ばれた訳だ。


 別に誰かに研究されたいわけじゃないけど、ここで誰にも相手にされないとなると俺はどうなる?

 まさか最後には浄化槽にポイ捨てされちまう?


 それだけは断固拒否! 一人ぐらい俺のベストパートナーが居ても良くないか?


 ガチャリと音がして誰かが入ってくる。


「あれ? 新しい研究テーマがあるから見にこいって言われたんだけど誰も居ないじゃない」


 狭い部屋にテーブルが一つ置いてあるだけなんだから、そんなにキョロキョロと部屋の中を見るまでもないのだが。


「と言うことはテーマはスライム……まさかテーマじゃなくて、スライムテイマーってギャグなの?」


 誰がそんなしょうもないダジャレを言ったの?


「スライムね!

 へぇ、間近でみる機会はそうないんだけど、ほんとツルスベでプルンプルンね。

 成分は何かしら? ゼラチン質が多目で保水能力も高いと思うけど、切っちゃうのはかわいそうかな」


 この子が常識人で良かった~っ!

 小柄で眼鏡を掛けててそんなパッとしない雰囲気だけど、大きすぎず小さすぎず、ちょうど良いサイズも悪くない……て何の話だよ。

 あー、撫でるのもめっちゃ上手いじゃないか!

 よし、この子をパートナーに決めようか!


 シュッ!


 えっ? 今の何? 銀色の光が俺の体に走ったみたいだけど……なっ? いつの間にか切られてる!


「ごめんね、少しサンプル取らせて貰ったわよ」


 中のスライム液の層に達する重傷を与えないように手加減を加えたのかな?

 薄皮一枚を上手に切り取り御満悦な女性研究員だが、俺に切られたことを悟らせない彼女のスゴワザに冷や汗が滲み出そうだ。


「大丈夫よ、アナタの命を危険に晒すことはしないから安心してね。

 私はミッシル。

 アナタはなんて呼べば良いのかな?

 うーん、ライムグリーンのスライムだからラグムってどう?」


 スラ何とかじゃなければ問題無いと思ったが、悪くないじゃないか。

 俺は今日からスライムのラグムだ!とフンスと鼻息荒くしてみるが勿論彼女に伝わる訳も無い。


 それでも上機嫌な彼女はおもむろに俺を掴むと頭に乗せて、この狭い面談室を出ていった。

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