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第13話 襲撃

 ダッシュの様子はパッと見では変わったところは無いが、スライムマニアのミッシルさんには違いが解るのだろう。


 ダッシュを抱っこしていたので、イヤイヤをされて胸に押し付ける圧力が強くなったのを感じたのかも。

 しまった、その手があったか!

 どうして俺は頭の上に乗っていたんだよ!


 もしミッシルさんが倒れでもしたら危ないと思って、ヘルメット代わりになるつもりで頭に陣取っていたのだがミスチョイス!


 抱っこされてるダッシュを踏み台にして俺もグイグイと……やりませんって!

 まだ人体に影響があるとは思わないが、ここでは何があってもおかしくないのだから安全第一。

 とりあえず、今夜は寝るときに抱っこしてもらおう。


 特務機関の研究員達がその日休む場所は、魔力スポットからニキロ程離れた簡易テント村だ。

 これだけ距離があれば、魔粒子は十分に拡散しているので何にも影響を及ぼすことは無い。


 もし、あの濃い魔粒子の中に長時間野生のスライムを放置したらどうなるのだろう?

 まあね、ダッシュの様子を見て敢えてあそこに留まろうとするスライムは現れないって結論は出せる。


 それを踏まえて、スライムを魔粒子の影響が出るまであそこに留まらせるには檻にでも入れなきゃ。

 檻じゃ隙間から脱走するか。


 あのスポット周辺には雑草すら生えていないから、実はかなり危険な場所だと考えるべき。

 そう言えば、薬草なんかを持ち込んでいた人がチラホラ居たっけ。


 蟻の子一匹すら残っていない魔力スポットか。

 たまたま人の住むエリアから離れた場所にあったから良かったようなもので、町の中にこんなのが現れたらと思うとゾッとする。


 魔力スポットの出現位置をコントロール出来る技術があれば、敵国の中枢にって兵器利用も可能になる……て、これは俺が考えたのではなく、テントの隅っこの藤籠に入って、聞き耳立ててたら聞こえたんだよ。

 俺は根っからの平和主義スラだからね。



 そしてイベントの無いままで夜が明ける。

 心配してたダッシュの体調に影響はなさそうだ。体の中心にある核、魔石の変質さえなければスライムはほぼ水分で出来ているからそうそう変化は起こさないと思うのだけど。


 魔力の影響は水分より蛋白質に現れやすいから、髪の毛が黒から金色になるんだよ。ほら、結構筋が通っているだろ?

 おっと、スライムゼラチンは蛋白質で出来ているんだったな。魔粒子が濃いと痒く感じる訳だ。


 朝食のドッグフードを平らげ、簡易テントから出て他の研究員の様子を見てみる。

 昨日のうちにサンプル採取が終わったから、今日のうちに町に戻るって人も居るし、もう少し現地で実験をしたい人も居るみたい。


 植物の種への影響とかなら学術的にも価値がありそうなのに、魔粒子の濃い場所でカップ麺を食べた時の影響を調べるのだ!と自慢げに話されても、著しく対応に困るのだけど。


 カップ麺は各メーカーの有名どころを一通り持って来たって? それなら確かに興味が出てくるかも。

 でも魔粒子の影響より、先に塩分の採りすぎの影響が出ないか心配だよ。でもって高血圧を魔粒子のせいにするんじゃないからな!


 若干の不安を感じる研究テーマは無視するとして、ミッシルさんがこのあとどうするかだな。

 可愛い判定から漏れたスライムには容赦がないから、実験台として投入することに躊躇しない筈。


 既に特定の魔力波を与えた餌によるスライムの変化を発見しているのだから、無理して同族を実験台にして欲しくない、とは一切思わない薄情な俺。


 見た目はスライムでも中身は元中年ダメダメサラリーマンだからね。

 ミッシルさんと自分の身の安全さえ確保出来てれば問題無いのだ。


「先ずやるなら分裂を繰り返した出涸らしスライムで実験かしら」


 なかなか酷い言い様だが、何度も分裂して能力が低下しきったスライムなら凶暴化しても大したことは無さそうだし、妥当な判断か。

 ただ、今回は様子見ってことで出涸らしスライムを準備してこなかったので一度施設に帰るとのこと。

 先輩とエーコビーコはこう言うイベントも嫌いじゃないと、暫くここに留まることに決めたそうだ。


 物資の補給と連絡係として行き来する職員も居るので、一旦四台の馬車で隊列を組んで町に戻る。

 この世界の一般的な馬車とは違う、ヲタ集団謹製の車体は何度も改修を加えられてかなり快適である。

 ただ、ゴテゴテした装置が重量増となって馬には評判が悪いようだ。


 前から二台目の位置で穏やかに進んでいたのだが、突然先頭の馬車が下からの突き上げを食らったみたいに上に跳ねた。


 ドスンと音を立てて着地したその馬車の足周りに影響が無いか気になるが、それより馬の方が驚いて暴れているようで御者が宥める声が聞こえる。


 イヤイヤ、そんな悠長なことを言ってる場合じゃない。

 問題は何故馬車が跳ねたかってことだ。


「特大のジャイアントワームだ!」

と護衛兼監視の職員がそう叫ぶ。


 ただでさえでっかいジャイアントワームのキングサイズってか。

 可食部位はなく肥料以外に用途が無い害虫だが、どう言う原理か地面の中を自由に移動出来るチート級の魔物だ。


 マントルから出ている魔粒子をたっぷりと受けることで変質したのだと考えられている、と呑気に蘊蓄披露していたら、後れ馳せながら現在進行形でミッシルさんも危険に曝されてるって気が付いた。


 恐らく相手は魔粒子同化タイプで、地中に居る間はほぼ実体が無いのだろう。

 そうでなければ地下はトンネルだらけで辺り一帯が陥没している筈なのだ。

 だから、そんな考察してる場合かって!


「この馬車の中に居れば大丈夫ですよ!

 頑丈さだけはピカイチですから」


 おっと、この馬車を操っていたのはいつもの御者の爺さんだったのか。登場キャラ削減の為の使いまわしか?


「恐らくジャイアントワームは馬を狙っているのでしょうな。

 馬車の速度が普通のより上だったので、目測を誤ったってとこなんでしょう」


 狙いは新鮮な馬肉なのか。それなら馬には申し訳ないが、俺とミッシルさんの為に食われてもらおう。


「足元に気を付けろ! 魔力感知を使い続けろ!」


 イメージ的に黒いスーツに黒いサングラス姿の護衛達が距離を離して敵に備える。

 地下に向けて魔力を流し、ソナー代わりに探知するのが彼らの魔力感知か?

 それやると、逆に居場所を教えることにならない……


「うわーっちゃ!」


 ほらね……で、ちゃってなんだよ?

 文字にすると可愛いけど、一応悲鳴だよね、オッサンのね。


「サブルがっ! くそっ! ミミズのくせに!」


 食われた護衛はモブにつける名前のサブルさんか。腿の辺りを噛られて気を失っているようだが、放置すると失血死コースだ。

 応急処置用の絆創膏程度なら馬車に常備しているが、帰還する隊列に治癒系魔法が使える人は乗り合わせて居ないようだ。

 そう言う人はキャンプ地に残っているからね。


 サブルの足を飲み込んだワームに攻撃をしている護衛達だが、予想外に苦戦しているようだ。

 弾力としなりのあるワームの体は、彼らの使うなんちゃらソードと相性が悪いのか。

 それでも何とか頭の辺りから切り飛ばすことに成功し、敵は地下に潜って出てこなくなった。

 犠牲は出たが、何とか帰路に戻れそうだ。


 ゴブリン相手ならともかく、俺はあんな敵と戦えるスペックを持ち合わせていない。

 これは特務機関で色々計測しての結果だから間違いない。


 誰だよ、スライムが最強になれる可能性を秘めてるなんて素敵なストーリー考えた人。俺だって是非そうありたいけど、ここでの仕様だからなあ。

 あの日に戻って設定の修正をしたいよ。


「現地の方は大丈夫でしょうか?」

「あちらは戦える人が多く居ますからねぇ。

 ハグレ判定を受けたこちらが狙われた気がしますよ」


 でかいミミズにそんな知能があるのかな?

 一応音に敏感だとか光に反応するとか以外にも、ミミズは知能を有しているらしいけど。

 さすがにリスク管理が出来るだけの知能を有しているとは考えにくい。恐らく今回のは単なる食欲に任せた攻撃、不幸な遭遇戦だろう。

 幾ら俺に主人公補正機能が備わってるからってこりゃないよ……そんな機能は無いって?


 足を失ったモブルさんを荷馬車に載せ、急いで町に向かう。

 何か間違えてる気がするけど、多分気のせいだ。


「何か厄介なことが起きて無ければいいんですがね」

と運転しながら爺さんが不穏な発言。

 旗を立てるのはアンタの仕事じゃないんだから、俺かミッシルさんにその役を譲れよ。喋れない俺には無理か。


「先輩達、大丈夫かしら」


 うんうん、ヒロインはこうでなくっちゃ。

 残してきた仲間を気遣いながら、膝に置いた俺を優しく撫でてくれる。

 犬や猫がご主人様にこうして甘えている気持ちが良く分かる。


 それから襲撃を受けること無く町に到着したが、特に変わった様子は見られない。

 さすがに昨日今日で影響が出るとは思えないし。


 と思ったら。


 なんと特務機関の門を通ることが出来なくなっていた! なんで?



 特務機関の職員は全員自宅に軟禁となった。詳しい理由は語られない。

 そこで俺はミッシルさんの目を盗んで脱走することにした。施設までの道は覚えていたからね。


 少々時間は掛かったが、見慣れぬ警備員のザルな警戒網を掻い潜って内部に潜入を果たす。

 非常時なので各センサー類は機能をマックスに設定しておく。


 まず向かうのはミッシルさんの研究室だが、どうやら誰かが物色の最中らしい。

 一旦建物から出て窓の外から中を窺い見ることにした。


「何でも良い! 不正経理の証拠を探せ!

 無ければ研究資料の金額を纏めろ!」

と金髪赤色のどこかで見たヤツが部下に指示しているところを目撃し、記憶に納める。


 どうやらミッシルさんが裏で悪さをやっていると勘違いしていたのか?

 まさかこの為だけに、研究員を魔力スポットに追いやったのかな?


「レーガー卿! いつまでやっているのですか!」


 おや、新手かな? 化粧で素顔の見えない叔母さんが入ってきたよ。


「勿論不正の証拠を見付けるまでですよ。

 分かっているでしょう。邪魔だ、追い返せ」


 どうやらこの施設の偉い叔母さんだったらしい、失敬失敬。

 それにしても、乱暴なやり方だ。特務機関に強制的に入る為に、研究員を皆移動させるなんてさ……え?

 待てって! それじゃあ、まるで魔力スポットの異変が起こるのが分かっていたって?


 さすがにそれは考えにくい。

 きっと魔力スポットの異変を知って、急遽利用しようと考えたに違いない。

 魔力スポットの管理は何とかって役所のお仕事で、聞き取りを行ったあの建物がお役所の総本山だから色々と出来ても不思議ではないか。


「折角高い金を出して魔力スポットを活性化したのだ。元は取らんとな」


 おいっ! それならもっと早く言ってくれよ!

 さっきの俺のいい感じの考察が台無しになったじゃねえか!


「レーガー卿がワルトロン帝国と繋がっていたと言う噂は本当だったのね!」

「なんだ、まだ居たのか!

 構わん、事故を起こして始末しろ!」


 あちゃーっ! 叔母さん大ピンチ!

 そう言や、ミッシルさんの上の人がこんな感じの人とか聞いてたわ。


 叔母さんのことはともかく、ミッシルさんに迷惑掛けようなんて悪党を許せる訳が無い。

 年甲斐もなく赤服のおやじに正義の鉄槌を誰か食らわせてくれっ!

 他力本願の何が悪い!

 俺は貧弱なスライムなんだよ!


 ……誰も来ないな。


 雑な設定のラノベなら、良いタイミングで追放された誰かが悪事に気付いて駆け付けてくれるかも知れないのに。

 そうか、多分スキルが顕現してなくてそれも無理なんだねーっ。


「レーガー卿っ!窓にスライムが居ます!

 既にミッシルに気が付かれたのかも知れません」

「なに? ヤツは寮に監禁した筈だろうが!

 どうしてここに来ることが出来るのだ?」

「それは分かりませんが」

「まずいな、お前は先にミッシルを捕まえろ、急げ!」


 一人が研究室を出て行ったが、まだ何とか卿と部下が二人。とてもじゃないが、俺じゃ勝ちの目は無いと思うけど。

 そう言やコイツら鎧とか装備してないから、防御力はゴブリンと大差無いよね?


 スラキチ、スラミ! 他諸々! 手下の相手を頼むっ!


 俺は言葉に出さず飼育層でポーッとしている同族達に指示を出した……ような気になった!


 残念ながら他のスライムに多少の指示を出すことが出来ると言っても進行方向の指示ぐらいだし、手下の相手ってボヤっとした内容をスライムが理解出来る訳はない。

 何か用?とぼんやりこちらを見ているだけのスライムは当てにはならないな。


 ならば自力で赤服野郎を倒すのみ!

 ジワりと俺に近寄る赤服卿。俺の能力を知っていれば、そんな無防備に寄って来ることは無いだろう。


 おや? そこでゴソゴソとポケットから取り出したのは、シュッと吹き掛けるタイプの香水かな?


「稀少なスライムかも知れんが、仕方あるまい」


 ニヤリと笑うと何かピリリとする霧が俺に降り注ぐ。

 しかもコイツ、直接吸わないようにクチと鼻を押さえてやがる。そこから少し後ろに下がると手を外し、

「勿体ないが、数分もすれば皮一枚残してあの世行きだ」

と勝ち誇ったように言い放つ。


 それ、アンタが赤服残して逝くってことだよね?


 霧吹きで吹き掛けられたのは以前ミッシルさんが試した毒だな。スライム大量死にも使われたに違いない。 


「そろそろ死ぬ筈だが、稀少個体は我慢強いのか?」


 あぁ、そうか。俺に変化が無いからおかしく思っている訳か。

 おや、徐々に俺の体が小さく萎み始める……


「やっとか。黒油から抽出した毒だ。

 あのままじゃもう手に入らん貴重品になるが、こんなに使える物を手放すような馬鹿共には……ウグッ!」


 俺に毒が効いたように見えて油断したのか、迂闊に近寄ってきたおまえが悪い。

 こっそりと細長く体の形を変えて前から見れば小さくなったように見せかけたのさ。

 あの毒も、後ろの方にペペッと吐き出してある。


 でもって、ゴブリン程度なら一撃ケーオー可能な俺のジャンプが赤服狂の顔面ど真ん中にクリーンヒット!

 死なれちゃマズイかもと、多少手心は加えてあるが、鼻は曲がっただろうし歯も折れて暫く生活に困るだろう。


「レーガー卿! 大丈夫ですか!」


 手下その壱が心配して駆け寄り、手下その弐が飛びかかった俺に剣を向けた。

 スパッ!


 俺の世界は一瞬で暗転したのだ。

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