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第12話 スライムマニアの観察眼

 お城の敷地にある役所で取り調べを受けた三日後のことだ。


「各研究員は魔力スポットに至急向かわれたし。

 研究資材は研究テーマに沿った物のみ適切に選別の上で持ち込むこと」


 突然そんな指令が発令されたのだ。


「至急って?

 と言うことは、魔力スポットに何か変化が生じた可能性が高いわね。

 現象が分からない以上、下手に近寄らない方が吉って考え方と、未知の現象を体験するにはまたとない機会と捉える考え方があるかしら」


 どうしようと悩むミッシルさんを視界に納めつつ、魔力スポットについての設定を思い出してみる。

 魔力スポットとはマグマから発生する魔粒子が集中した場所に発生するものであり、詳しいメカニズムは解明されていない、とぼかしてあった筈。


 それなら火山の火口からしか出てこないのではないか?と思われるかも知れないが、魔粒子そのものは地下深くのマグマから岩石などを素通りして地表に到達可能な反物質である、とふざけた設定である。

 これは地上のどこにいても魔粒子が利用可能にするための措置であり、反物質ってのは単にその名前に厨二の心が引かれて採用しただけだね。


 でね、当時の俺は大きな勘違いをしていたのだが、マグマって世界のどこにでもある物ではなく、俺がマグマと思っていたのは実はマントルの間違いなんだよね。


 どうして間違えたか?

 そりゃ、マグマって見て格好いいし名前も言い感じだからかな。

 それに地球の断面図を見たら分かるけど、大抵が赤やオレンジで塗られているからマントルイコール溶岩だと勘違いをしても不思議じゃない!と、人のせいにしておこう。


 そんなレベルの俺が書いた設定なんだから異論は多々あると思うけど、それは出来れば十年前の俺に伝えて欲しい。

 ついでに可能なら最後まで書け!と怒って貰いたい。


 少々脱線したけど、俺が昔のことを思い出して悶々とし、それが終わった今もまだミッシルさんの結論は出ていなかった。

 研究員であってもやはり安全ってものを重視するようなので、下手にリスクを取りたくないって気持ちが強いみたい。


 俺は単に自分の設定には無かった魔力スポットの変化に興味があるので、物見遊山で行ってみたい。

 これが本当にマグマに変化があるのなら、地震や噴火の可能性も考えられるので相当ヤバい事態になっただろう。

 名前はダサいがマントルの変化なら事象として大したことは無さそうでしょ。うん、地下深くのことなんて分からない!


 こうなったらミッシルさんに魔力スポットに行こうよってお願いしないといけないぽいけど、万が一ってこともあるからミッシルさんには行って欲しくない。


 あれ? これじゃ俺もミッシルさんと大差ない優柔不断じゃん。

 うーん、俺一人で見物に行く方法は無いのかな?


「ねぇラグムは魔力スポット、行ってみたい?」 


 突然の問い掛けに全身を縦に振ってイエス!と答える。


「そうなんだ。じゃあ、今回はお留守番にしよっと」


 おーい、ミッシルさんって俺のイエスとノーは識別出来てたね? どうしてわざと間違えたの?

 まさか俺が危険な目に逢わないようにと気遣ってくれたの?

 むしろ俺がミッシルさんを守ると決めたんだから、興味や知的好奇心を優先して貰いたいものだ。


「おーい、ミッシルは行くの?行かないの?」


 ノックも無しに先輩が部屋に入って来る。


「今回は行かないことにしようと思う。

 私に何かあったら、この子達が悲しむから」


 やっぱりこの子はマジ天使!

 語彙力なんて関係ない。彼女を表すのにそれ以外の言葉は不要だよ。

 何なら女神に格上げしてもいいんだからね!


 あっ、また自分を見失ってたみたい。俺は出来るスライムだから常に冷静沈着で居なければ。


「そうなんだ。

 でも、第一便は早い者勝ちみたいだけど、第二便、三便で研究員はみんな行かされるって話みたい」

「じゃあ、さっきの確認は一便か二便か三便のどれかってことね?」

「まあね。魔力スポットって制限があって、長時間の滞在はNGなんだ。それでローテーション組もうってこと」


 結局全員参加の強制イベントなのか。真面目に考えて損したよ!


「それで先輩は何の研究で?」

「そんなの魔力スポットにおける性感帯の変化の考察以外無いでしょ」


 それは脳に対する考察と結果は同じじゃないかな。人体への影響の測定が一番のテーマになるだろうから、生理学分野の研究員が一番に行くと思う。 

 特務機関の上の人だって馬鹿じゃないんだから、研究の優先順位は付けている筈。


 ただ安全性の担保が出来ていないから立ち入り禁止となっているエリアに研究員を派遣しなければならない事態、つまり、かなりレアなことが起きていると見た方が良さそうだ。


 例えば魔粒子が爆発的に濃くなって目視可能になっているとか、監視していた冒険者が魔物化したとかさ。

 確か、人間の魔物化ってのは報告されておらず、動物の魔物化と、魔物の狂暴化が確認されただけだと俺も設定したと思う。


 今回はその設定からはみ出した現象を考えるべきだろうから、ひょっとして俺も狂暴化しちゃうかも。

 出来ればミッシルさんを襲うような変化はしたくないけど、そもそも神様の用意したこの体におかしな変化って起きるのかな?

 もしヤバいと思えばすぐに退避出来るように気持ちだけ準備しておこう。


 あっ、そうだミッシルさん、俺のお弁当の用意は任せたからね!



 ミッシルさん、先輩、エーコとビーコの四人組は予定通り最終の第三便の馬車で魔力スポットへと向かった。

 馬車には俺と俺二世も同乗している。


「ダッシュは性能面でラグムより落ちるって?」

「うん、分裂して産まれた子はオリジナルより能力は低くなってるの。

 分裂は完全に半々に別れる行為じゃなく、一部を切り離す、切り捨てる行為だと考えられるの」

「それは何故?」

「本体を敵から逃がす為だろうね。

 全く同じじゃ共倒れになるけど、どちらかを餌にすれば……こう言う考えは好きじゃないけど、自然界で生き延びるってそう言うことだから」

「なるほど、トカゲのしっぽ切りって訳か。良く考えついたもんだ」


 ミッシルさんの回答に先輩、エーコとビーコが凄いじゃないかと称賛する。

 俺もその仲間に加わりたい!


「そうなると、その辺を歩いて見つかるスライムって、分裂を繰り返して能力が低下しきった個体なんだと思われるわ」


 それは新しい見解だね。でもそれならスライムが最弱の魔物であることが納得出来るし、上位種の存在も無理設定にならないな。

 俺はレベルの違いが原因だと考えたけど、それはこの世界のシステムに反するからあり得ないのだ。


「ですがね、それだと敵が二体居た場合は両方ともあの世行きになっちまいやすよ」


 あっ! 御者のお爺さんよ、極太の横槍投げるなって!


「そうですね。所詮スライムだから、でどうです?」

「と、言いますと?」

「今でこそゼラチンの抽出に成功してますけど、可食部位の無い魔物に食欲は湧かないってことです」

「こりゃ、見事に一本取られましたわっ」


 ほっ、さすがミッシルさん! 出来る女性は強し、です!


「それなら、どうして今までスライムの分裂方法に誰も気が付かなかったんです?

 冒険者なら誰でも剣を振る練習にと、木の棒で殴りかかってますよ」

「それもスライムだから、です。

 スライムって意外と目は良いんですけど、視覚情報を脳で処理する速度がとても遅いんです。

 あ、自分は攻撃されてるのかなぁ、えーと、どうしよう、って感じの反応なので反撃も出来ないし、分裂もする時間が無いうちに死んじゃうのです」


 うんうん、良くスライムのこと理解してるね。


「ラグムにメスを見せても分裂はしませんでした。

 だけど私が近くに寄って、ゆっくりメスを近付けて行くとポコンと分裂したんです。

 以前ラグムの皮を切り取ったことがあって、メスは危険な物だと予め認識させていたからこそ出来た発見なんです」


 ……嘘じゃないよね? そう言う意図があったのなら、前に言っといてよ。


「それと、そもそもスライムは人が敵だと認識していないんですよ。

 なので子供に捕まってお小遣いになるんです」


 それは言えてるね。そうじゃなきゃ、人を見たらさっさと逃げるに決まってる。逃げ出すまでに時間が掛かるかも知れないけど。


「恐らく一度攻撃を受けて逃げ延びた個体は、警戒心が強くなってなかなか人前に出なくなるんじゃないでしょうか。

 分裂で増えた個体に記憶は引き継がれないので、簡単に捕まったり殺されたりしますけど」

「良く観察したもんじゃ。スライムにもそんな生態があるとは驚く限りじゃよ」


 どうやらお爺さんもミッシルさんの説明に納得したようだ。

 最弱の魔物相手に良くそこまで、とか言ってる割に声がとても嬉しそうだ。

 それに俺二世が俺より弱い理由も解って、二世と呼ぶよりミッシルさんのようにダッシュと呼ぶ方が合ってる気がする。 

 

 それにしても御者の爺さん、アンタいったい何者だ?

 時々馬車に近寄る魔物に向けて、何かビュッと投げて追い払っていただろ。藤籠の中で聞き耳を立てていたんだからね。



 ピクニックをした丘に近付くに連れ、確かに体に感じる魔粒子を強く感じるようになってくる。

 そして冒険者達が見張りをしていた柵の手前まで来ると、そこから段違いの厚みと言うか濃厚な魔の奔流が鬱陶しいと思えるぐらいにぶつかってくる。


 ただ、痛いとか痒いとか、体への変化はまだ感じていない。

 だが成る程、これは耐性の無い動物や魔物にはかなり苦しい雰囲気だろうね。

 でも俺とダッシュだけなのかそれともスライム全般なのかは分からないが、慣れてしまえば水中を泳いでいるよりラクなんじゃないかと思えるようになってきた。

 この雰囲気に適応したのか、それとも実はそれが変化なのかは分からないが。


「ラグム、ダッシュ、辛かったらすぐに教えて。

 それも研究の成果になるから、我慢する必要は無いからね」


 ダッシュは人の言葉を理解可能なレベルの知性を持っていないが、俺からある程度伝えることは可能である。

 人の判別は出来ないようだが、餌を与えられたかどうかぐらいは本能で悟る感じだ。


 柵には入り口があって、そこに二人、何かの制服を着た職員が門番として立っていた。


「お勤めご苦労様です」


 先輩がムショから出てくる親分にするような挨拶をするが、軽くスルーされている。いや、二人の視線は先輩の胸元に注がれていたのを俺は見逃してはいないからな!


「第一陣! すぐに帰投されたし!

 第三陣! 一陣帰投後に交代せよ」


 一陣が魔力スポットの近くに入ってから一時間が経過したようだ。

 第二陣は一陣に三十分遅れで現場入りしており更に三十分して第三陣が入る形らしい。

 それだと一回につき一時間調査して三十分の休憩ってことになる。


 それが効率的なのかどうか良く分からないが、一番大切な安全性って面でその時間設定はどうなんだろう。

 帰ってきた第一陣の面々の中には、収穫があったのか嬉しそうな顔している人がチラホラ。


 これだけ魔粒子が入れ食い状態なら、物によってはすぐ影響が出てもおかしくない。

 第三陣のリーダーの何とかってオヤジの後ろを歩く。このオヤジは気分的に弾除けの役目だな。


 魔粒子が噴出している場所はすぐに解った。

 そこだけ地面が緑色の宝石のように変質しているからね。


 別に穴が開いているとか期待していなかったよ、だって魔粒子は岩石を素通りするんだから……嘘です、深い縦穴から立ち上る水蒸気みたいなビジュアルを期待していただけに、この絵面に少々ガックリ。


「綺麗ね、これ、何て宝石?」

「淡い緑色のだったら、確かベリーグッドって気がする」


 そんな感じの名前だったけど、全然違うよ。さすが先輩、適当なこと言って和ませてくれるね。


「ペリドット、だったかな?

 宝石としては高価な部類ではなかったと思うけど。

 これを取れるだけ持ち帰ったら、ボロ儲けじゃなくて価格暴落するわね」

「それでここが立ち入り禁止エリアになってるってわけだ」


 筆頭モブのエーコが珍しく豆知識を披露する。


 第三陣は女性四人組と弾除けのオヤジ、あと年齢様々な男性が三人の計八人とスライム二匹。

 男性三人が空気や周囲の土などの採取を始める。

 なんだかなぁ。これ、全員来る必要があったのかな? 採取だけなら誰かに任せておけば良かっただろうに。


 あぁ、アイツらの持ち込んでいる機器が重要なのかも。男性達は大小の違いはあるけど、皆何か怪しげな機器を用意してきているからね。


「ダッシュ、気分が悪いの?」


 俺は平気だけど、どうやらダッシュにこの魔粒子濃度の空気を浴びせ続けるのは良くないらしい。


「じゃあ、私は先にテントに戻るわ。先輩達は無理しないようにね」

「いや、私も帰るわ。ここにはまた来られるし」


 エーコとビーコも研究テーマとは関係無いからと言って一緒にここから立ち去ることにした。

 男性陣は何やら夢中になってよく分からない機器を操作したりして暫く残るようだ。

 先行していた第二陣の人も数名帰投するようなので、その人達に混じって緑色の輝く絨毯のような場所からトンズラをこぐ。


 その選択肢が今後の命運に大きく関わることになろうとは……って一度言ってみたかっただけだから。 

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