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第11話 根拠は無いが

 ここ数ヶ月、特に事件らしい事件が起きていない。

 それが普通だと思うのだが、ここが小説を元ネタに作られた世界だと知っている俺には物足りない。


 今日のミッシルさんは、何故か頭に俺を乗せて歩く練習をしている。

 何でも近いうちに偉い人に招かれるから姿勢を良くして歩くレッスンをするのだとか。


 それ、頭の形にフィットする俺を乗せても効果は無い気がするけど。

 でも幸せな気分になるから暫くこのまま付き合おうか。


 食事のマナーの練習に、ドッグフードをナイフとフォークで切り分けて差し出さないでくださいませんかね?

 たまに間違ってナイフに刺したのが来てるから。


 と、言うか。一体誰だ? スライムにドッグフードを与え始めたのは?

 プレーリードッグにドッグフード与えるより酷くない?

 いや、蛋白質の採りすぎとか気にする必要が無いから、むしろスライムの勝ちなのか?

 で、勝ちって何に?


 魔力スポットにスライムを投げ込むって実験は未だ許可が降りないのだが、それならばと特定の魔力波を流し続けたドッグフードをスライムに与え続ける地味な研究を続けて数ヶ月。


 その間にも、脅されながら分裂を強要された同族には少しばかり同情するが、だからと言ってやめさせるつもりはない。


 だって与える餌によるスライムの違いが確認出来たのだからね。

 どういう意味かって?


 そうだね、恐らく蛋白質には受ける魔力波によって内部の何かが極少量だけど影響が生じるんだ。

 これを利用するのが筋力などを一時的に上昇させる、バフと呼ばれる支援魔法。

 デバフはバフの効果が真逆な魔法で、敵の能力を降下させる。


 どんな波長がどんな効果を及ぼすかってのは、ヲタ集団によってほんの少しだけ解明されている。

 で、蛋白質の塊であるドッグフードにバフやデバフを掛けてスライムに与え続けたら変化が起きるんじゃないかって実験をしていた訳だ。


 その中間報告や何やらで、何故か偉い人の勤める職場に行くと言うのだから、きっと出資者である貴族が居るのだろう。


 ヘッドスライムウォーキングの効果の程は定かではないが、お招きされた当日がやってくる。

 着て行く服はいつもの特務機関お仕着せの白衣な訳がなく、滅多に着ない特務機関員の制服である。

 と言うことは、特務機関が国立だから今から行くのは……まさかお城?


 馬車に乗って向かった先は間違いなく城内にある施設の一つだ。

 役人達がなんやかんやと仕事をしている、県庁的な立ち位置だと思ってそう間違っていないと思う。


 今日は国王と謁見するような場ではないので、一番目立つ宮殿みたいな建物に入ることはないようだ。少し残念。

 で、俺もいつもの藤籠に入って連れられて来た次第でありまして。


 今の時点で特務機関からここに来ているのはミッシルさんと俺だけだ。


「お待たせしました、フォンブラウン卿」


 少し遅れて会議室に入って来たオッサンがミッシルさんにそう挨拶する。

 金髪に赤い服とズボンって……まさか前世はインテリ芸能人か?


「家の名前を呼ばれるのは好きではありませんから、ミッシルさんでお願いします」


 なるほど、実はミッシルさんの実家は貴族だった訳ね。


「ではそのように。

 早速ですが、このところのミッシル嬢のご活躍、まことに感服する次第でありますが、何か切っ掛けになるようなものが?」

「あると言えばあります。

 私が新しい発見をするようになったのは、このラグムが来てからです」


 藤籠から優しく俺を出して、名前は知らないけど豪華そうな木を使用したテーブルに乗せてくれた。

 いたずらして少し溶かしてみようかな。表面がスベスベなのは、ニスがめっちゃ効いているからだと思う。


「その子が噂のライムグリーンスライムですか。

 確かに珍しいカラーですね」


 ほぇ? この色って珍しいの?

 この緑って定番だと思ってたんだけど、この世界じゃ違うのか。あっ、あのバイクのメーカーが無いからそうなるのかも。

 それならやっぱり青い方が良かったのか。


「それだけハッキリとした色が出ている個体は見たことがないですね」

 

 確かに殆んどの野生のスライムは色が薄い。

 意図して視界や雑音を遮る為にカーテンを掛けるような発想はしないだろうからね。

 俺も視角と聴覚機能を最大限に使用するときはカーテンを開けるから、透明に近くなる筈。

 でもそれやると、情報処理に脳ミソパンクしそうになるからやらないだけだ。


 それからおやつを与えてもらい、俺が食べている間に世間話を交えながら仕事の話に入っていくと思ったら。


「ところでバルマン男爵のことですが」


 ん? 何か聞き覚えのある名前だな。


「彼は何度も私に求婚してきたのですが……まさかあんなことになるとは残念です」

「合成薬品の第一人者でもあり、こちらとしても職を解かざるを得なかったのは惜しいのですが。

 その事が余程ショックだったのでしょうね、自暴自棄になり身を投げたのですから」


 とんでもない三文芝居を見せられている気分になるが、どうしてだろう?


「彼は合成薬品を自らに使用したのでしょうか?

 医療薬品として利用可能な物にも、用法を誤れば死に至る物があると聞きます」

「それについては、こちらでは解りかねます。

 外見から明らかな形跡が無ければ、解析に回さないと死因は判断が出来ません。

 ですが、父であるランセル卿がその解析を拒否しましたからね」


 解析って、検死みたいなことが出来るのかな?

 俺の設定ではそこまで考えていなかったから、独自に新しいことが追加されてるみたいでちょっと面白い。


「スライム大量死にバルマン男爵の合成薬品が使用されていた、と言うのは本当なのですか?」


 何だって? あの、胸焼け手紙男が俺の同族を殺したって言うのか。

 なるほど、同じ国家機関の中に殺じ…殺スラ犯が居たなんて情報は統制されて当然だ。


 残念なことに、スライムを殺すこと自体は特別な罪に問われることではない。


 ただし、バルマン男爵のやった大量殺戮は商用家畜を傷付けたのと同意義であり、最低でも器物損壊と営業妨害でもあることから威力業務妨害罪が適用されるだろう。


「えぇ、入手したレシピを元に作成した物を混ぜた餌を与えたスライムが死にました。

 通常の毒は効かないスライムですよ。これは明らかに異常なことですから」


 なるほど、あの二匹を殺した毒は特務機関の研究員が作った物だったのか。しかもソイツがミッシルさんに好意を寄せていたなんて許せない!

 そりゃ、死んでも当然だよ、神様の罰を受けたに違いない。

 あ、好意をではなく、単にお金に目が眩んで前が見えなくなってただけなのかも。


「解りました、その件についてはここまでで。

 次に話は変わりますが、ミッシル嬢は以前スバティール修道院の孤児院に通っておられたとか」

「はい。監視付きの私が移動出来る先は極々限られております。

 孤児院はその一つですし、子供は純粋なので好きですから」

「あぁ、そう言う理由でしたか」

「そうですよ。監視を無くして戴ければもっと行き先は増えるのかも知れませんが、特段行きたい場所も思い付きませんし。

 必要な物は全て支給されるので、買い物にすら行く必要が無いぐらいで有難いです」


 そこまでなのか。そりゃ、ストレスが溜まって当然だよね。それに男嫌いと来たもんだから、一人であんなことするのはやむを得ずか……何をしてるのかは言わないよ。


「ハハハ、それはこちらへの嫌みと受け取っておきましょう。

 ですが、変更するのも難しいことは」

「はい、承知の上で特務機関に入っておりますので」


 知ってて入ったとしても、それで何年も自由を奪われてるなんて。

 思ったよりかなり重い話だったんだ。

 俺の設定だと、この機関ってドンパチやるだけのスパイ映画のイメージだったのに全然違ってるじゃないか。


 そりゃさ、設定に書いてるのはこの人や組織のほんの一部に過ぎないよ。

 だけど原作者の何となくこうだろうってボヤーッとしてた部分が、実はリアルになるとめっちゃハードでしたっ!て一体何なんだ?


「そのスバティール修道院のシスターがお亡くなりになった件については?」

「あれはもうショックだった、の一言しかありません。

 元孤児の人も一緒に亡くなったそうですよね?

 噂では毒を盛られた、とか」


 まさかミッシルさんが毒を盛った犯人だと?

 あ、確かにパンや野菜を藤籠に入れて持って行ってるか。でも、あの食料だって寮母さんの用意したもので、道中は監視付きならミッシルさんに毒を盛るなんて不可能だ。

 それに俺って言う証人だって居るんだし、絶対ミッシルさんじゃないって断言してやるよ。


「恐らくは毒を盛ったのはバルマンの仕業でしょうね。

 ミッシル嬢と懇意にしていたシスターに逆恨みをしたのか、それとも別の意図があったのかは解りませんが」


 いやいや、そのバルマンだって監視対象だし、条件は基本的にミッシルさんと同じだからね。

 単に合成薬品の第一人者だからってことだけで、殺人犯に仕立てるのは完璧な冤罪だから!

 それともなんだよ、死人にクチナシの花ってか?


 解析ってので検死出来るんなら、それで毒とか分かるんじゃない?

 それにしても、今日ミッシルさんを呼んだのは取り調べの為じゃないだろう?


 まさかと思うけど、実は寮母さんもグルだったとか?

 それなら最初っから毒入りの……大人のクチにしか入らない食品に毒を盛っておけば……って、そもそもがミッシルさんの関係者が犯人って前提自体がおかしいって!


 あぁ……めっちゃイヤなことを思い付いたよ……特務機関って……そう言うのが専門の部署じゃねえかっ!


 それなら今まで軽く流して来たことも納得が出来そう。

 ただしミッシルさんが一枚も二枚も噛んでるどころか、ずっぽし嵌まってる……むしろ...…うん、根拠の無い妄想はここでお仕舞いっ!

 

「ふぅ、短期間に色々と事件がありましてな。

 万全を期すには、こうやって一人一人とお話をする機会を設けるしかなかったのですよ」

「いえ、私は特に何も思うところはありません」

「そう言って頂けたのは、あなただけですよ」


 お? これは詐欺師の話術じゃない?

 俺は会ったことないけど、似たようなセリフが記事に書いてたような気がする。

 ここは国の中枢機関と言っても良い場所だ。

 魑魅魍魎の蠢く最悪の場所なんだから、全ての言葉に罠が仕掛けてあると思わなきゃ無事に生きて帰れないかも。


「情報統制がありますから、こちらに余計な情報は流れて来ませんからね。

 どれだけの事件が起きているのか私は知りません。

 ですが、国民の一人として国家の役に立てるよう研究を続けて行きたいと思っております」


 おぉ、ミッシルさんの嫌み返しが炸裂したか!

 ついでに研究費の増額もお願いしちゃえ!


「ですが、今はこのラグムとラグムから分裂したダッシュと、他の色の三匹と平凡な休みを取ることが出来ていて退屈していません。

 それはこの機関がしっかり働いてくれているからだと感謝しております」


 えっ? 休みの度にラグム暇~っ!て来てるし。


「そうですか。お待ったより逞しいのですね」


 二人とも、もっと本心で語ってくれないかな?

 翻訳してくれないと、俺は真意を取り違える自信しかないからさ。


「あの、時間が勿体ないので本題に入りませんか?

 スライムの改良に関して途中経過の報告とお願い事項がありますので」


 はい? 急にマジメかよ!

 もう少しタヌキとキツネのばかしあいを見ていたかったよ!


 その後、俺の期待していた展開はなく、普通に仕事の話をして普通にランチを食べて特務機関に戻ったのだ。

 ランチの後に先輩がさっきのミッシルさんみたいに話し合うそうなので同席したけど、平気な顔して料理をパクついていたっけ。

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