第10話 真実は闇の中
ピクニックってわりとする事が無いんだね。
シートを広げて、おやつを食べて、本を読んで、お昼を食べて、本を読んで、おやつを……って、それなら家でも出来るだろっ!
すまん、取り乱したわ。
環境が違うだけだが、それが必要なのか?
それなら特務機関をここに建てればいいじゃないか。町から一時間ちょい掛かる場所だから買い出しとかには少し不便だけど、どうせ君らは買い物なんてしないんだし。
「で、魔力スポットの方に本当に異常は無いのね?」
「はい、魔力計測器にもおかしな反応は出ていないですね」
「これからも引き続き監視をお願いしますね」
ほぉ、空気中にある魔粒子の濃度を測る器具があるのか。
生物や魔物は濃すぎる魔粒子を体内に取り込むと、体に少なからず異常が起きたり、最悪は死亡してしまうケースがある。
問題はそれが全ての個体ではなく、生き延びた個体は通常の同族に比較して強い肉体を持ってしまったり、逆に弱くなったりと性質が変わってしまうのだ。
理由は遺伝子に傷が付き云々。
超常現象として設定には詳しく記載しなかったことを、この世界に投げ込まれたことで後悔している。
ピクニックとは何だった?と疑問は残るが、幸いにして何も期待するようなイベントが発生することもなく、予定時刻までダラダラしていた四人組が帰り支度を整える。
お土産にと何羽かの鳥を貰って馬車の空きスペースに積むこむと、少し血の匂いが車内に混ざる。
完全密閉式コンテナの販売は、スラゴム利用のパッキンが製品化されてからだな。
そうやって利便性の為にスライム素材の製品を作るってことは俺の同族が犠牲になるって話なのだが、それで何かあるのかと聞かれると心に感じるものはない。
俺の体は確かにスライムだけど、それはそれ。
ヤクザ神のギミックを使えば人間になれるのだから、半分人間と言っても良さそうでしょ。
無事に独身寮に戻り、それから数日、いつもの暮らしが過ぎていく。
先輩がシリコンならぬスラコンゴムでアダルトグッズを作ったりとニュースには事欠かないが、ミッシルさんはスライムの品種改良で行き詰まっている。
人体へのリスクが考えられているので、魔力スポットの意図的な利用は厳しく制限されている。
故に成果の予想がつかないのに、スライムをホイホイと投入しに行くような計画は駄目だと断られ続けているのだ。
以前にはこの研究室に亀やトカゲが居たと記憶しているが、今ではどの飼育槽にもスライムしか入っていない。
お陰で俺が排泄物の処理をすることも無くなり、
壁や天井の埃を払うのにひと役買うだけの便利グッズか、モニモニされるだけの存在と化している。
俺としてはミッシルさんの膝を独占出来るのでこの生活に何も文句は無い。
それでも出来ることが限られており、進捗の無いミッシルさんにはストレスが溜まって来ているようだ。
それにもう一つ。
自由な恋愛は出来ない特務機関の研究員だが、職場内結婚はわりかし奨励されていて、彼女のもとにもその話が来ているのだ。
一度は俺が物理的に阻止してやったが、最近は稼ぎ頭と目されているミッシルさんは実は結婚相手として優良株と見られている。
お前ら、愛はお金では買えないと知らないのか?と格好付けて言ってみたいが、俺には声がない。
ミッシルさんも、結婚するならラグムみたいな子が良いよって言ってくれてるし、それなら相思相愛、もう結婚しても良いと思う。
勿論無理だし、その気も無いけど。
こうやってスライムやってるからそう思うだけで、俺が本気で誰かを愛するのは無理。
実際のところは分からないけど、金銭的な面を除外しても人には向き不向きってのがあるもんなんだ。
コンコンとドアがノックされ、届いた封書はまたラブレターだったみたいなので俺がパクり。
読むと胸焼けしそうな言葉でも書かれていたのか、何となく胃がムカムカ。
おかしいな? 俺にそんなの無いはずなのに。
動きのピタッと停止した俺にミッシルさんが心配そうな顔を向けたので、不味いところだけこっそりペペッと吐き出しておく。
それから数日が経ち。
「ラグム! これ見て! スライム大量死だって!」
俺に新聞が読めると思う? この世界の文字を覚えたので読めるけどさ。
産業用にスライムを養殖している施設で起きた大量死事件の原因調査の為、現地にミシルさんとやって来た。
そこには萎んで皺になった同族達がゴミのように積まれていた。うん、実際ゴミだな。
しかし、これだけ一気に死ぬってのは確かに理由が気になるな。
基本雑食で消化した餌は魔力分解によって水素、酸素、二酸化炭素にして放出してるはず。
金属とかで溶かせないものは、一度体内に取り込んでぺっぺと吐き出せる。
それに毒も完全に魔力分解してるから餌と何ら代わりはない。
なのになぜだ?
ミッシルさんはこの施設に泊まり込んで何かの資料を調べるらしい。
俺は何かあったらいけないからと、独身寮に送り返された。
ミッシルさんがいない間の俺達の世話はエーコとビーコだった。世話と言っても餌は何でも良いのでドッグフード。
後はプロレスごっこで遊ぶだけね。
二人とも運動神経抜群で、なかなか切れ味の鋭い良いパンチラ持ってました……あれ、何か違う?
それから三日程して、目に隈を作ったミッシルさんが帰ってきた。
その日はスラ布団でぐっすり眠り、翌日のこと。
特にミッシルさんに変化は無く、いつものように自分の研究室に引きこもる。
あれ? スライム大量死事件の捜査はどうなったの?
彼女のクチからは何も語られることが無く、その様子がかえって怪しい。
特務機関の方からミッシルさんに新しい試薬やら物資やらが届けられたり、良く分からない機材で解析したりと、普段に無いまともな研究員の姿を俺に見せること二日ほど。
ミッシルさんが俺にドッグフードが差し出した。
おかしいな、普段ならもっとまともな食事の残りかすをくれるのに。
モソモソとそのドッグフードを食べ、これじゃないとぺっぺと吐き出した。
「やっぱりラグムは食べないよね」
そのドッグフードを飼育槽に入っているスライム二匹に与えたところ、普通にもりもり食べ始める。
へぇ、スライムにも好き嫌いがあるって見付けたんだ。これは役に立つ立たないは別にして、なかなか面白い発見だね。
そして翌日、研究室で事件が起きた。
「死んでるわね」
昨日ドッグフードを与えたスライムが二匹とも死んで干からびていたのだ。
ミッシルさんは予想が当たったと言う顔だが、そこには喜びの色は見て取れない。
何やら手紙を書くと、滅多に行かないお偉いさん方の部屋に入って行くと、
「これを処理をしてください」
と、述べて仏頂面で手渡した。
それから暫くは面白くもなさそうに、たんたんとスライム達の世話をしていた。
それから更に二日が過ぎ、また彼女の口座に大金が振り込まれた。
名目はスライム大量死事件に関する件、とだけ書いてあったとか。
詳細は恐らく今後も語られることは無いのだろう。
ただ、俺に取って嬉しいことが一つあった。それはミッシルさんに結婚の申し出をしていた職員が、つい先日にクビになったと言うことだ。
あの胸焼けする言葉を並べた手紙の送り主である。
お陰でもう二度と俺が胸焼けを起こすことは無いだろう……無いよね?
◇
「では、今から黒油の処理を開始する。
可燃性を有する為、各位延焼に十分気を付けられたし。魔具の使用時間の管理を忘れるなよ」
あのピクニックをした丘から少し離れた場所で、真っ黒な煙が半日以上に渡り上がり続ける。
その煙は何かの魔具によって回収され、町からは確認することが出来ないように管理されていたが。
そして土砂やら何やらぶちまき、もう自然には地表に黒油が染み出てこないよう厳重な処置が施されたのだが、この事を知るのは作戦を立案した者、そして現場に立ち会った者だけである。
果たしてこれがスライム大量死事件とどのように関連するのか。
当事者以外には一切が不明である。
◇
「はーい、こっちが牛肉入りでこっちが豚肉よ」
ミッシルさん、満面の笑みで俺の前に富士山型の餌入れを差し出した。
二種類のドッグフードの食べ比べよ!と御機嫌らしい。
貰える物なら食べるけどさ、スライムには味蕾が無いから味なんて分からないって、どうすれば伝えられるのだろう?
これが触手の使える体なら、文字を書いたパネルを一文字ずつ指し示していけたのに。
いっそ尻文字でも書いてみる? どこが尻に該当するのか知らんけどね。
先に豚肉入り、次に牛肉入りを試してみたが、ハッキリ言って違いは分からない。
人間の年寄りだとチキンナゲットが芋の天ぷらに思えるかも知れないが、それよりも劣る味覚に涙が……出ませんねぇ。
俺二世と色違いの三匹のスライムは、もくもくとドッグフードにがっついている。
基本的に食欲しか無い生物だし。
これが犬だったら、自分の餌を盗られるかもと警戒して同じ餌皿で食事をさせるのが難しいケースもあるのだが、スライムは食べる量には頓着が無い。
一度に与えられた分だけ食べれば、他の個体がまだ食べていても気にしないのだ。
しかしスライムが食べられる量には上限が無い。
何故なら食べる、分解する、排泄する、これが同時進行可能だからなのだ。
食べる、と言うより溶かして養分を魔粒子に変換するのだが、その溶かすのと変換するのにも魔粒子を消費しなければならない。
そう考えるとスライムの体は非効率にも思えるが、暑さ寒さも関係無く、呼吸しないのだから空気も必要無い。
ね? デメリットよりメリットの方が圧倒的でしょ?
「次は豪華に金粉パウダーを乗せた餌にしてみようかしら?」
それってどこの成金です?
金箔をおやつにしてた頭のおかしな成金ですか?
ミッシルさんがお金持ちなのは諦めるとして、だからと言って味もない金箔を餌やお菓子やお酒に入れて無意味に消費しないで欲しい。だって消化されずにおトイレに流れるんだから。
見た目に豪華なのは分かるけど、だから何?
味に自信が無いから見た目で誤魔化そうと?
そうでは無いと思うけど、金を命を賭けて採取してる人だって居るんだから使い方を考えて欲しいもんだね。
ミッシルさんも本気で言った訳ではなく、俺に迷惑かけたからねと労ってくれただけみたい。
何も迷惑なんて受けてないのに。
それを言うなら、俺に石油を舐めさせた二人の方がよっぽど迷惑だったし。
まさかスライムの体が石油を拒否するとは思わなかったけど。
ふと気付けば、いつの間にかスライム大量死事件のことは話題に上ることもなくなっている。
現場に行ったミッシルさんもクチに出さないから、きっと何か特殊な事情があるんだと思う。
誰にも喋ったら駄目だからな!と上の人から圧力が掛けられたのかな? きっとそうに違いない。
触らぬ神に祟りなしって言うし、余計なことにはクチは出さないと決意する。
そうして日課の特務機関施設内部の散歩に励む。俺がスライムだからか、人には聞かせられないゴシップネタがよく耳に入るもんね。
「絶体ミッシルには手を出すなよ。バルマンみたいに消されるからな」
「解雇されてからすぐに自殺したらしいな」
「それが本当に自殺かどうか、怪しいもんらしいんだよ」
男性職員の二人連れがそんなことを喋っているのが偶然聞こえたんだ。その話、もっと詳しく!
「しっ!……誰かが来たみたいだ」
あ、聞いてたのがバレたかな。
「脅かすなよ、ミッシルんとこのグラッピーじゃん」
俺をミダカの仲間みたいに呼ぶなって!
二人はそれから煙草をふかすだけで何も話さなくなったので、仕方なく俺は新しいネタを仕入れる為に散歩に戻るのだった。