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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 エルフの章
7/20

7 時に妨げになるもの

 

「やっぱりこの味だよ、アシハラ!! いやぁ、日本人に生まれてよかった!!」


 夕食の席で大賢者がまたチンプンカンプンなことを言っているわけだが、実際のところ彼の国籍は不明である。それは魔法界の特権階級にいる政治的思想を持つ派閥への配慮と、法律上の扱いが複雑怪奇であるという理由がある。公にしていい情報なのかはわからないが、アレキサンダー領へと通じる入り口は、ドイツとオーストリアとチェコの三か国に跨る森林地帯にある。アレキサンダー家とこの三か国の間には、おおよそ二百年間におよぶ外交上の問題がある。それについての詳細は省くが、魔法界的に見てアレキサンダー領というのはかなり特殊な場所で、かいつまんで言えば主に前述の三か国が支援する未承認国家のようなものだ。しかしながら『主に』という部分がこの問題をさらに厄介にしていて、近年になってアレキサンダー領を支援する国家が急速に増えてきている。その理由についても各国家において七面倒な思惑があるため割愛するが、とどのつまりアレキサンダー領で生まれた人間は親の国籍、もしくは多数の支援国家の中から好きな国籍を選択できる状態にある。長々と説明したが、この話題に関しては大賢者から言わせると『こまけぇことはいいんだよ』という結論に至る。


「それで、お目当ての錬金術師の捜索は明日からですか? ここに着いてから、もう十日も経っちゃいましたけど」


 数時間前の怒りがまだ尾を引いているな、と言葉にしてから思った。そのつもりはまったくなかったのだが、私の口から出た音は団らんの場に不穏な空気を運んだようで、その雰囲気を嫌ったキラを安心させるために、アシハラが優しい笑顔を彼女に対して向けた。二人とは反対にそういった、見えないものを汲み取る繊細さを家庭内では一切持ち合わせていない大賢者は、いつものように飄々(ひょうひょう)とした調子で口を開いた。


「タル……お前、この十日間ですっかり元に戻ってるな。良くないよ、その感じ。せかせかしちゃってさぁ」

「だってもう結婚式の招待状は送ってしまったんでしょう? もっと焦るのが普通ってもんじゃないですか」


 今回の旅の始まりは、この男のそういった旨の発言から始まっている。アレキサンダー領での滞在期間も含めると、あれからすでにひと月近く経過してしまっている。結婚式の招待状というのは普通は式の二、三か月前に送るものだ。ということは、残された時間はそう多くはないはず。私は何も間違ったことは言っていないのだ。


「ところがどっこい、世の中ってのはそう上手くはいかない。こんだけ日数が経って返答が来たのは、なんと三通だけ。この三人は、もれなく全員参加とのことだ。一通は当然ながら我が最愛の弟、ユリエル・セプティム・アレキサンダー。送ったその日に返事が来た。なんだったら、俺が手紙を送る前に返事が来たかもしれん。さすがだな」

「送る前に!? ユリエルって、やっぱすげぇなぁ……」


 純粋なキラは今日も大賢者のくだらない冗談を真に受けた。


「信じちゃダメ。嘘に決まってるでしょ」


 私が真実を教えてやると、キラは隣のアシハラを叩くことによって苛立ちを発散した。いわれのない暴力に対し、アシハラは素早く変顔で返すだけだった。


「アシハラさん、ちょっと顔が早い時あるわよ」

「精進します」


 半笑い状態のソフィーさんによる細かい芸の指導も入ったが、私は構わず話を続けた。


「ちなみに、もう二通はどなたですか?」

「ストラデウスと、前の職場の部下」

「なるほど。あなたが人生で関わってきた人、ほぼ全員にめちゃくちゃ嫌われてるってことですね」

「うむ」


 この男はろくでもないことをしてきている。不倫だとか、略奪愛だとか、不倫だとか。本能にだけ従って生きて敵しか作ってこなかった男は、人生の新たな門出にこうやってしわ寄せが来るのだ。ざまあみろ。


「実はそんなことはわかってたことなんだけどな。それでもあまりにも人が集まらねぇもんだから、内々で済ませようかなって。なぁ?」


 大賢者に同意を求められたソフィーさんの表情が少しだけ強ばった。


「本当に式なんかやるの?」

「またその話かよ。お前のところは文化的にそういうのやらなくていいのかもしれないけど、俺はそうもいかんと言っただろう? それに、結構気に入ってるんだろう? 俺の実家の環境だけは」

「まぁ、ね」

「だからアレキサンダー領で式を挙げれば、集落の人間だけで一週間ぐらい勝手にお祭り騒ぎをしてくれるからぁ……」

「ちょちょちょ、ちょっと。式の日程って、どうなってるんですか?」

「冬小麦の収穫が七月頃にあるわけだから、それが終わってからだな。集落の人間だって暇じゃないから」


 長い。まだ半年以上ある。我らが大賢者様は、ただ単に一般常識がなかっただけだった。だとすれば……。


「そりゃあ、誰からの返事も来ませんよ。むしろその三人、すごいですね。間違いなくとてつもなく好かれてますよ、その三人にだけは」

「うむ。でもまぁ、これでカリカリする必要がないことはわかっただろう?」

「だけど、時間的に余裕はあった方がいいんじゃないですか?」

「困ったもんだな、タルの先読み癖は。それが戦闘面でお前の役に立っているのは事実だが、プライベートではもうちょっと肩の力を抜いた方がいいぞ。やっぱり、まだまだ俺と一緒にいないとダメみたいだな。よし、今度から遠出することになったら、お前だけは絶対連れて行くことにする。強制参加だ。秘書官だから、当たり前だけど」

「もっと早く、そのことに気付いてほしかったですけどね。私だって、ストラデウスに会ってみたかったんですから」


 これは本心だった。現存する偉人に会える機会なんていうのは普通に生きていたら、そうそうに訪れないものだ。単純に有名人に会ってみたい。私にだって、そういう普通の願望はある。


「ダメだっ! レオだけじゃなくて、タルまでいなくなっちゃったら、寂しいだろう!?」


 勢いよく反対の声を挙げたのは、見た目だけは天使のようなキラだった。頭を抱えるほどの問題児ではあるが、彼女と私は未だに同部屋で寝ている仲でもあるし、私にとってもキラというのは特別可愛い存在だ。彼女にそんなことを言われたら、嬉しくないはずはなかった。


「なんだぁ? さみしくて泣いちゃうかぁ?」

「違う! 私じゃなくて……ムガが」

「おおお、俺?」


 大賢者のからかいを、キラは下手くそな照れ隠しで誤魔化した。アシハラの焦ったオーバーリアクションは、ソフィーさんのことを笑わせた。


「今度はみんなで出かけたら、いいんじゃない?」


 極度の外出嫌いであるソフィーさんの言う『みんな』には、おそらく自分のことは含まれていない。それでも、彼女にしては珍しい提案だった。


「時と場合による、としか言えんな。真面目な話、今回のストラデウスの場合は、もうおじいちゃんだしなぁ。わけわかんねぇこの、ゴツいのになぜか異様にエプロンが似合ってる中年侍とか、角煮の脂で唇がテッカテカになってるエルフとか、人間なんだか宇宙人なんだかわかんねぇ第七魔王とか、そんなのをいっぺんに連れて行ってみろ。テンション上がりすぎて、心臓が止まっちゃうかもしれないだろうが。サラマンダー君に会っただけで、少年みたいになっちゃう人なんだから」


 一体、どんな人なんだ。大賢者の話を聞いて、私はますますストラデウスに興味が湧いた。しかし大賢者がひっきりなしに口を動かした為に、この話題に関してはここで終わってしまった。


「錬金術師については、まだもう少し先だ。その前に回らなきゃならん所があるからな。喜べ、キラ。オーパに会わせてやる」

「本当か!?」

「お父様と連絡が取れたんですか?」

「いや、うちのオヤジはダメだ。相変わらずの音信不通。たぶん、なんか新しい発明でもしてるんだろう。そっちじゃなくて、ソフィーのオヤジのことだよ」


 視線をソフィーさんにやると、今度の彼女は目を細めてなんとも面白くなさそうな、滅入った表情をしていた。


「げっ……筋肉大王かよぉ……」


 キラもソフィーさんに負けないくらいの嫌悪感を顔に出した。


「でもはじまりの木の女神が、お前のもう一人のオーマになるんだよ?」

「えっ? それって……めちゃくちゃいいな!」


 どうやら女神様のことは好きらしく、キラはあっという間にいつもの明るさを取り戻した。


「おそらく、あのオヤジとはまた殴り合いになる。危ないから、お前たちはここで待っていなさい。というわけでタル、当日はイブちゃんを貸したまえ。そこのテレビでライブ中継してやる」

「また留守番ですか? 言っていることがもう違うじゃないですか」

「え? 一緒に行きたいの?」


 そんなもの、決まっている。


「いいえ」


 一貫性というものは、時に妨げになる。物事というのは流動的であり、私のような矮小な人間は、出来る限りキラの言う筋肉大王こと、デミナス・ケブラのような化け物には会ってはいけないのだ。

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