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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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59 昼の部とは

 

 帰るなり、台所での戦いが始まった。すでにアシハラは昼と夜、両方のパーティーメニューに取り掛かっている真っ最中。この時間の私の役目は、お昼用のホールケーキを四つ作ることだった。


 六人と一匹、プラス来客のポコ蔵を入れてケーキ四つは多すぎるかもしれない。しかし知っての通り、我が家は大食らい。大賢者とキラがバカみたいに食べるだけだが、平均をとるとそういうことになる。嬉しくも悲しいことだが、ホールケーキ四つなんていうのは、作った時間の十分の一もかからずに消え去ってしまう。


 ここはアシハラ邸。伝統的な日本家屋はキッチンに割くスペースはそんなになく、手狭である。いつもであれば、オーブンを使って生地を焼いてとケーキ作りに取り掛かるわけだが、何でも取り揃えてある拠点のキッチンとは調理環境が全く異なる。しかし幸いにも、日本のお店にはすでに焼かれたホールケーキの土台が売っていて、十分な量を買うことができた。その恩恵によって、少しの時間でイチゴを使ったシンプルなケーキを一つ完成させることができた。


「イシュタルさん、ケーキが出来たんですね? わたくしが、運ぶお手伝いをしましょう!」


 ケーキが完成して早々、客人である化け狸のポコ蔵が、はやる気持ちを抑えきれずにキッチンへと入ってきた。


「ダメだぁ、ポコ吉ィ!! 運ぶのは私の役目なんだからぁ!!」


 もっと気持ちが抑えきれないキラまでやってきて、狭いキッチンは大騒ぎとなった。


「ポコ蔵です」


 大賢者はたぬ吉。キラはポコ吉。こっちまで間違えそうになるから、ボケるのであれば統一してほしい。そんな私的な思いは捨て、控えるは楽しいクリスマスパーティー。私は二人の欲求を満たしつつ、自分の欲求をも満たすことにした。


「喧嘩しないで、二人で運んでもらえる? そっとね?」


 残る作業はあと三つ。実のところ、うっすらと嫌な予感はしていたが、忙しさに負けた私は軽率なそのひと言を発してしまった。


「任せろぉ!!」

「かしこまりました!」


 威勢のいい掛け声と共にエルフと妖怪、四つの手がケーキの乗った大皿を掴んだ。息の合わない即席コンビが手繰り寄せた結末は――


「おわぁ!?」

「あぁっ!?」


 出来立てのホールケーキをひっくり返し、イチゴと生クリームを頭から被ったお間抜けな二人組の完成だった。


「……二人とも?」

「は、はいっ」


 感情を押し殺した私を恐れる二人は、今度は息ピッタリに、並んでの直立不動の姿勢を見せてきた。


「今すぐ、お風呂に入って着替えてきなさい」

「はいっ!!」


 二人は規律の取れた動きでキッチンから出て行った。


「……はぁ」


 私はため息まじりに、そこかしこに散らばったケーキを魔法でかき集めた。これで作業は残り四つ。振出しに戻ったわけだが、子供たちは善意でお手伝いを買って出たわけだし、怒っていいわけがない。すべては自分が楽をしようと指示を出してしまった私の責任。ため息の理由は、忙しさに負けた数刻前の自分への怒りと失望だった。


「クリーム、まだ髪に付いてるよ?」


 自分の仕事を終えたアシハラが、私の死角についた汚れをスマートに自分の指先に集約させ、ゴミ箱へと放り込んだ。


「さあ、オジサンの手は空きましたよ。何なりとお申し付けください?」


 その声掛けひとつで呪縛から解放された。クリスマスとはかけ離れたシルエットを持つ、エプロン姿の中年侍が私のヒーローとなってくれた。





 昼のパーティーは、椅子のない立食スタイルだった。広い庭に設置されたテーブルの上には、お寿司、ピザ、グリルとフライドの二種のチキン、色鮮やかなサラダといったランチメニューが所狭しと並べられていた。もちろん私が作った四つのホールケーキも、テーブルの面積を十分に狭める存在として機能していた。


「皆の者、箸を持てぃ!!」


 良く通る声が晴れた冬空の下に響いた。指揮をとるのはいつでもこの人、大賢者レオナルド・セプティム・アレキサンダー。六人と一匹、今日は少し変わったお客様も含めて、皆が彼の号令に従った。


「今日は楽しいクリスマス。昼の部ということで、第一弾だね。まずはこの美味そうな料理とケーキを用意してくれた、アシハラとタルに感謝」


 大賢者は箸を持ちながらの会釈をした。他の皆もそれに続いて私たちに感謝を伝えてきた。


「再び、この夢のような宴が開ける日が来るのは、三百六十五日後……」

「長すぎるぞ!!」


 いつものように、盛り上げ上手で怖いもの知らずのキラが茶々を入れた。


「俺の挨拶が? それとも、一年後が? どっちの場合であっても、そりゃそうだ。よっしゃ!! 皆、かっくらえ!! いただきます!!」

「いただきます!!」


 レオナルドファミリーによるクリスマスパーティー昼の部がスタートした。それにしても、昼の部とは何なのだろうか。ともかく、これが大賢者流のクリスマスらしい。


 体重増加が気になる今日この頃だが、私は近くにあったフライドチキンを皿にとって遠慮なくかぶりついた。


「シャッターチャンス!!」


 カロリーの塊を口に入れた瞬間、忍び寄ってきていたキラが私を激写した。


「ちょ、ちょっと!?」


 さすがに食べている最中の姿には自信がない。私は食事を中断して、キラにその写真を消させようとした。


「ダメじゃない、隠し撮りなんて」

「いや。私は食べている時のタルが一番好きだ」

「……人には絶対に見せないって、約束できる?」

「うん!!」


 ならば、好きなだけ撮るがよい。この子の天真爛漫さの前では、私も甘くなってしまうのであった。


 優雅にブドウジュースを嗜みながら、私たちのやり取りを微笑んで見ていたソフィーさんと目が合った。


「タルちゃん、プレゼントありがとうね」

「気にしないでください」


 ソフィーさんは渡したゲームを気に入ってくれたのか、こうして何度もお礼を言ってくれる。すでに遊びまくっているのか、少しだけ倦怠感のようなものが彼女の全身から滲み出ていたが、それもまたソフィーさんの外見的魅力を引き出していた。


「どうですか? 実際、プレイしてみて」

「そうね……先は長いかも。でも、すごくいいものが作れそう。眠るのも忘れちゃうくらい熱中しているから」

「ほどほどにしてくださいね? あなたが倒れたら、あの人がもっとうるさくなりますから」


 視線を移した先には、抵抗のつもりか、小さな手足を鈍くさく動かすポコ蔵を抱き上げる大賢者の姿があった。


「おい、キラ!! こっち来て、たぬ吉のキンタマ撮ってやれ!!」

「わかった!! おい!! 暴れるなって、ポコ吉ィ!! ブルンブルン揺れてると、しっかり撮れないから!!」

「ポコ蔵ですぅ!!」

「うわっ!? なんか、思ってたのと違って、すごいオレンジ!!」


 頭の悪い光景を見た私たちは、お互いの顔を見てクスリと笑いあった。


「サラマンダー殿、悪いんだけどこのネタ、ちょっと炙ってもらえる? 自分で作っておいて何だけど、オジサン、生の光り物がちょっと苦手で」

「キューン!!」

「ピィ!!」

「あ、ピィちゃん殿も? でもイクラは炙らない方がいいと思う。うーん、でも、怖いもの見たさはあるね。ついでにお願いします」

「キュオーン!!」

「あああぁぁぁ!? 炙ると、イクラはドロドロになるんだね!?」

「ピピィ!?」

「意外と美味しいんだ!? すごいね!?」


 オジサンと魔王の幼体、そして火の精霊。あちらはあちらで中々、賢さとは無縁のイベントをおこなっていた。


「ん? いや、これ……オジサンは、イクラは生の方が好きだなぁ」

「ピィ!?」

「ポコ吉のキンタマ見てたら、銀杏食いたくなってきた」

「俺はタヌキ汁」

「ひえぇ……」

「ヒューマンジョークだよ」


 レオナルドファミリーのクリスマスパーティーは、早くも収拾がつかなくなっていた。この調子でいくと、夜の部ではどうなってしまうのか。私の脳と胸は、期待で張り裂けそうになっていた。

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