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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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58 ファイヤーハート

 

「さぁて、ご意見番のババアに許可も貰えたわけだし、帰って宴を始めるとするか」


 許可なんて貰っていない。火消し婆の不思議な力によって大賢者が指先に出した火を消され、驚いただけなのだから。


「すごいですね! いつ話がまとまったんですか?」


 可愛いのは外見だけにしてほしい化け狸のポコ蔵が、大賢者の発言をすっかり信じ込んでいた。


「ヒューマンジョークだよ、たぬ吉。お前ら妖怪は、そういうこと言わないの?」

「わたくしの名前はポコ蔵です。そうですねぇ、わたくしたちはけっこう、言います。食っちまうぞ、とか。人間の子供とかに冗談で」


 丁寧な口調から物騒なジョークも飛び出し、いよいよ本題へと動く気配はまったくなかった。私は咳ばらいをひとつして、大賢者を突き動かした。


「さてと、そろそろ真面目な話をしよう。まずはババアよ、こんにちは」

「はじめまして」


 今更初対面の挨拶がおこなわれ、私は脱力した。そもそもの目的は平和的な話し合いのため、皮肉にも状況的には好調な滑り出しといえた。


「……あれ? 俺たち、そもそも何の許可を取りに来たんだっけ?」


 言われてみれば、そうだ。私たちがクリスマスパーティーを開いたら、なぜ火消し婆の顔色をうかがわなければならないのか。ポコ蔵から一切、その説明を受けていない。


「くっくっく」


 男とも女とも区別のつかない声で妖しく笑ったのは火消し婆。これに構わず、大賢者はポコ蔵に詰め寄った。


「たぬ吉さぁ、俺って何でここに来たの?」

「ポコ蔵です。それは大賢者さんが『俺が話をつけてやる』といったからじゃないですか!」

「いや言ったけども。何の話をつけるんだ、俺は。どうしたらいいの?」

「それは……」


 目線を上にやり、ぽっかりと口を開けて考え込むポコ蔵。この愛らしい姿に胸をときめかせたのか、大賢者がおもむろにポコ蔵の体を持ち上げ、もふもふのお腹を揉みしだいた。


「何考えてんだ、コレ! ()い奴め! うちで飼ってやろうか?」

「いいんですか? いっぱい食べますよ?」

「フハハハハ! 俺もいっぱい食うから安心しろ! タヌキとか」


 にやけていたポコ蔵の顔がはっと凍り付いた。これはもちろん


「ヒューマンジョークだよ」


 である。


「あのぅ、どこまでがジョークなんですか?」

「どこまでもジョークではあるが、どこまででも本気で出来る」

「あぁ~……」


 感情をかき乱されたポコ蔵は、小さな手を両方使って目を覆いながら嘆きの声をあげた。


 バカ二人は放っておいて、私はグダグダの展開に終止符を打つために動いた。


「……過ぎた余興を失礼いたしました。我々は今日、アシハラ邸において酒宴を開く予定です。これについて、何か問題はございますか?」


 火消し婆はそれまで緩めていた表情をまばたきひとつで真面目なものへと変えた。


「その宴、火は扱うかな?」

「もちろん。火が無ければ、我々人間は何事も為しえませんから」


 大賢者を差し置いて、出過ぎた真似をしたという自認があった。本当はもう少し踏み込んだことを言いたかったが、そこまでの発言に留めておいた。


 私の中にあった様々な思いのどれかが通じたのか、火消し婆は糸目を少しだけ開けて大賢者に視線を合わせ、口を開いた。


「こわい人ですね?」

「わかるぅ?」

「本来であれば、この時期の火は危ないぞとか、そういうお説教をしたいところではありましたけれども。まさか私以上の正論の使い手が現れるとは」

「そうなんだよ。これじゃあ、話し合いになりゃあしねぇもん。良くないよなぁ? こいつのそういう武装を解いてやるのが、俺の役目なわけなんだけども」


 今度はこっちで結託が始まるのか。というか、火消し婆はこの時期の火は危ないなんていう今更すぎる議論をするつもりだったのか。ここで私の理性は吹っ飛んだ。


「正論のどこが悪いんですか!?」

「悪いなんてひと言もいってないぞ!? なに怒ってんだよ!? 強いて言えば、そういう精神状態になっちゃうところじゃないか!?」

「良くないって、今さっき言ったばかりでしょう!?」

「それが良くないっつってんだよ!! ほーら、もう収集つかないよ、コレ!? お前が怒っちゃったから!!」

「怒らせたのはあなたでしょう!?」

「怒っちゃったのはあなたでしょう!?」


 我慢の限界を迎えた私は大賢者の綺麗な横っ面に張り手をくらわせた。


「くっくっく」


 火消し婆が再びの笑い声を漏らした。一番笑っていたのは大賢者だった。


「よーし、それじゃあ改めて許可が取れたところで、帰ろうか。行くぞ、タル。たぬ吉も」

「はい、ポコ蔵です」


 漫才をしに来たわけではない。しかし何だろう、この満足感は。私の心の中で、ひとつの炎が燃え上がりきったのは確かなことだった。

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