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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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57 妖怪ってすごい

 

「たくさん提灯があるみたいなんですけど、これは何のためにそうしているのですか?」


 ポコ蔵は庭を見上げると、その愛らしい見た目に釣り合った柔らかな声色で尋ねた。


「これは賑やかしだな」


 答えたのは大賢者。クリスマスパーティーの為の飾り付けに過ぎない提灯について、どんな大法螺を吹くのかと私は疑った。


「賑やかし?」

「ああ。今日は特別な日だから、この提灯のあかりの下で好きなだけ飲み食いが出来る。こんな贅沢な日はないだろう?」


 大賢者がおこなったのは、クリスマスを知らない相手にでもわかるような簡単な説明だった。懸念した大法螺話ではなかったが、100パーセント真実かどうかは疑わしい内容であった。自信満々に答えきった様子を見るに、少なくとも彼にとっては、それがクリスマスというものだと認識していることは伝わってきた。


「好きなだけ……」


 ポコ蔵は想像だけで目を爛々と輝かせ、嬉しさに身を震わせた。しかし使命を思い出したのか、すぐさまパタッと耳を垂れ下げた。


「光は無い方がいいか?」

「いえ……提灯はろうそくの炎の灯かりなので、そこまでは。けれど、お山に住む火消し婆がなんと言うか。それを心配してしまいました」

「ほう。要するにそのババアは長であるお前にも強く言える、ご意見番のような存在か」

「おわかりですか!?」

「そりゃあ、もう。人間界にもいっぱいいるからな、そんなやつは。俺が話をつけてやる。話し合いが上手くいったら、今日の宴にはお前も参加すればいい」


 また勝手に話を進めやがって。


 呆れつつも私の全身は自然と動いていた。





 ポコ蔵の案内のもと、私と大賢者は火消し婆の棲み処を目指して、強い風が吹きすさぶ荒涼地を歩いていた。


「なんでお前までついてくるんだよぉ?」

「私はあなたの秘書官ですから。他に理由が必要ですか?」

「はいはい。まったく、どこが休暇モードなんだか」

「何か言いましたか?」

「何か言ったっていいだろう、別に。母親みたいな詰め方をするな。せっかくのクリスマスなのに、ガキの頃の嫌なことまで思い出しちまうだろうが」


 クリスマスパーティーへの期待に輝いていたポコ蔵やキラの瞳を見て、動かなければ魔女がすたる。実際のところ、私を突き動かしていたのはそれだけであった。大賢者はそんな私の内面を見透かすように笑っていた。


「到着しました。あそこがオババ様の棲み処です」


 立ち止まったポコ蔵の声が少し震えていたのは寒さか、それとも火消し婆への畏怖の念か。


 風の力で削れた岩が、天然の屋根として機能しているその窪みに火消し婆はいた。確かにいたのだが、それは私が想像したような容姿ではなかった。


「ポコ蔵か。どうしたんだい? 珍しく、人間なんか連れてきて」


 ぶかぶかの袈裟を羽織り、中性的な顔立ちをした若々しすぎる、中学生のような見た目。糸目が特徴的で、なにかしらの王子様のようにも見えてくる。優雅であるはずなのに、中学生だと思うと途端にシュールに思えてくる佇まい。それが私の見た火消し婆の外見だった。


「どこがババアなんだ、これの。ひょっとしてこの山では、一つ目小僧がババアの見た目だったりするわけ?」


 大賢者は直球の感想を口にした。


「なにをおっしゃられておりますやら、さっぱりコン」

「なにが『コン』だよ、お前タヌキだろうが!? あんまり人間様舐めてんじゃねぇぞぉ、このたぬ吉ィ!!」

「わたくしはポコ蔵です。『コン』については、さっき干し柿を食べすぎちゃったので、それが喉に絡んでしまっただけです。人間様のことは舐めておりません。正真正銘、こちらにいらっしゃいますのが火消し婆でございます。試しに火を使ってみてください」


 めんどくさそうな顔で、それでもポコ蔵の提案を受け入れた大賢者は人差し指を立てると、その先に黄金色の火を灯した。


「その火、消えるよ?」


 火消し婆のひと声で、大賢者の指から発せられていた魔力の火が、誰かに息を吹きかけられたかのように消え去った。


「すげぇぇぇぇ!!!!」


 大賢者は歓声をあげたが、私なんかは声も出せないほどに驚いた。今まさに、目の前で魔法界の絶対的なルールである『第五魔王理論』が覆されたのだから、それも当たり前だ。


 世界一強い男、レオナルド・セプティム・アレキサンダー。そんな大賢者が起こした魔力の火を、火消し婆はいとも簡単に消した。これは大賢者の魔力を上回る存在にしか出来ないことである。もし火消し婆にそんな魔力があったとしたら、魔法界は間違いなく火消し婆を『神格』というクラスに分類する。しかし、火消し婆を目の前にしても、耐性が無いはずの私が精神的重圧感に押し潰されていない。つまり火消し婆は神格ではない。ということは、大賢者よりも魔力は絶対に弱い。それなのに、この奇跡を起こせたというのは、どういうことなのか。


 私の頭の中はまさにパニック。超常の存在を受け入れるしかない現状に、為す術は何もなかった。


「いやぁ、世界は広い。来てよかったなぁ、タル?」

「……そう、ですね」


 事実をありのまま受け入れる私が仕えている男の器の大きさと、あやかし大国のすさまじさを肌で感じ取るクリスマスは、まだまだ始まったばかりであった。

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