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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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56 妖魔鳥獣連合会長

 

 クリスマス当日。あまり雪の降らない乾燥した山の中で迎える朝は、私に故郷を思い出させた。故郷にはクリスマスという行事は無かった。私が初めてクリスマスという何やら楽しい催し事があるらしいぞ、と知ったのはいつのことだったろうか。もう、忘れてしまった。


 高校、大学、社会人。所属するコミュニティが大きくなるにつれて、関係を持つ人たちの国籍や世代の幅もどんどん広がっていった。関りを持ったその人たちは、誰も彼もがクリスマスなんて知っていて当然だという態度を示していたことだけはよく覚えている。


 何を言いたいかというと、そいつらは誰ひとりとして、クリスマスの意味や意義をまったく教えてくれなかったということだ。当時の私は規律を重んじすぎていて、周囲に心を閉ざしがちだったことも原因だったのかもしれない。


 クリスマスって何だろう。縁側に座りながら、(はなは)だ疑問に残った状態で眺める山々は別格の壮大さがあった。『細かいことはいいんだよ』でお馴染みの我が君は、外行き用の超高級襟付きローブにわざわざ着替えて、庭で様々なポージングをとっている真っ最中であった。


「いいよぉ! クジラ最高! レオも最高!」


 税込み79980円。子供のおもちゃにしては高すぎるカメラを大賢者に向け、フラッシュを焚いて連射を決めているのキラだった。


「撮れ撮れ撮れ撮れ! タルが俺にくれたプレゼントだぞ!? もっと撮れ!!」


 私のプレゼントをあっさりと受け取ってくれて、ローブに貼り付けることも快諾してくれた大賢者は、ワッペンが見えるようにローブをめくりながら被写体をまっとうしていた。これでこの男が黙ってどこへ消えようとも、いつでも追跡が出来るようになった。ちなみにワッペンの機能については、一切説明していない。


「楽しい、これ! プロになるか! カメラの!」


 税込み79980円。購入してから少し時間も経って落ち着いて考えてみると、いささか高すぎたかなとも思えてくる買い物だったが、将来そうなってくれたら嬉しいし、これだけ喜んでくれているし、まあ良しとしよう。


「あのぅ、もし?」


 庭先に出現したのは、見知らぬおじいさんだった。緊急性を感じたわけではないが、私は立ってその老人を迎えた。しかしその老人はキラと大賢者に用があったらしく、いかにもお年を召した方の声そのままに彼らへと話しかけた。


「楽しんでいるところ申し上げにくいんですけど、近くに住む親子からチカチカ眩しいという苦情があって」

「近くに住む、親子だと?」


 老人からのご意見に、ピクリと反応したのは大賢者だった。


「こんな環境のどこに人が住んでるって言うんだ!? さては貴様、狐狸妖怪(こりようかい)の類いだな!? 正体をあらわせ、クソジジイ!!」


 大賢者は言葉の勢いのまま、身長も体格も大きく差のあるご老人の胸ぐらを掴むと乱暴に身体を揺すった。


「そうだそうだ!! お前、全然人間の匂いがしないぞ!? 野良犬のケツのまわりと同じ匂いがする!!」


 キラの指摘は何の参考にもならなかったが、子供と老人にだけは無条件に優しいはずの大賢者が今回のような態度をとったことが、私の中では決定的だった。


「……ええい、バレてしまっては仕方がない」


 老人の全身が煙に包まれていった。その正体が現れたのは、煙が綺麗さっぱり消え去ってからだった。





 騒ぎを聞きつけて駆け付けた他のメンバーも集合し、レオナルドファミリー全員の視線は、ひとりの客人の姿に集中していた。


 唐草模様のバンダナを首に巻き、縁側に座りながら、アライグマのように手を使って干し柿を美味しそうに食らう二足歩行の小さな獣。その名も化け狸。ふっくらとした体とふわふわの毛皮、つぶらな黒い瞳がキュートなこの妖怪が老人の正体だった。


「美味いか? もっと食うか?」

「いいんですか?」


 隣に座ったキラがおかわりを差し出すと、化け狸は目を輝かせながら新たな干し柿を受け取った。その場面こそ写真に収めずにどうする、というくらい優しい風景であった。


「それで、お前さんは何しに来たんだ?」


 大賢者は甚平にサンダルという寒々しい格好に着替え、日当たりのいい庭に立っていた。そのすぐそばではサラマンダー君が鼻をヒクヒクさせながら、初対面の不思議な生き物の情報を集めていた。


「ですからそのぅ、この近くに住む野ウサギの親子から苦情が入りまして。カメラの光が気になって、よく眠れないと」

「ウサギの言葉がわかるんですか!?」


 キラとは反対側の隣に座っていた私はメルヘンな世界を感じ、興奮気味に化け狸に迫った。


「はい。この辺りに暮らす者たちで妖魔鳥獣連合という会を結成していまして、そこに加わってさえいれば、どんな生き物の言葉でもわかるようになるんです。申し遅れましたが、わたくしはその会の長をやらせてもらっています、ポコ蔵と申します」

「ようまちょうじゅう!? なんか、カッケェな!!」

「お前さんの言いたいことはよくわかった。キラ、カメラのフラッシュ機能をオフにしなさい」

「うん、わかった!」


 問題が解決すると、干し柿を食べ終わったポコ蔵にアシハラが熱々のお茶を提供した。


「すまなかったな。俺たちは年明けまでここにいる。その間は少し迷惑をかけるかもしれんと、その親子に伝えておいてくれるか?」

「いなくなってしまうんですか!? それは残念ですが、任されました。お茶をありがとうございます、旦那様自ら……あぁ~」


 猫舌だったのか、お茶をひと口すすったポコ蔵は目を閉じながら大きく口を開け、冷たい外気を取り入れる仕草を見せた。

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