55 ビッグショッピング
あやかし大国日本。それとは別に、この国では実に様々な産業が発達している。腰の低いおもちゃ屋の店員しかり、ゲームだってそのひとつ。
何段にも重なった陳列ケースには、いくつものゲームのパッケージが並べられていた。それだけではなくジャンル別にタグ分けがなされていて、どこに何があるかは一目瞭然。しかし、見ている側が素人すぎた。私を襲ったのは何を選べば良いのか、さっぱりわからないという悲しみだった。
「お声がけ、失礼いたします。お客様、どういったゲームをお探しでしょうか?」
壁一面に広がる未知の世界に絶望しかけていた私を救ってくれた店員は、やたらめったら甘い声をした中年男性だった。日本のお店の接客は、一流ホテルかと勘違いしてしまうほど異常に良い。そういったサービスを受けると、相対的にこちらの気分が勝手に良くなってくるものだから、本当に恐ろしい。
「そうですね……」
根拠のない優越感を抑えながら、私はソフィーさんのことを思った。
「ゲームに対してストイックというか、コアな楽しみ方をする人でも熱中して遊べるゲームって、何かありますか?」
個人的なイメージに過ぎないが、ソフィーさんはそういった気質を持ったゲーマーな気がする。
「それでしたら、こちらはいかがでしょう?」
おすすめされたのは、ゲームが作れるというゲームだった。それ一本でこの国の最高額の紙幣が二枚吹き飛ぶ代物だったが、ソフィーさんが喜んでくれるのなら安いものだ。値段設定に少し驚きはしたが、裏を返せばそれはメーカーの自信の表れ。私は迷わず購入を決めた。
「ご購入、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ助かりました」
頭を下げてお礼を言ってきた店員の後ろに、ゲームとはまた別の商品が並んでいた。それは一見すると、動物が可愛らしくデフォルメされた刺繍のようなデザインのワッペンだった。だがここは産業大国日本のおもちゃ屋。ただのワッペンが売っているはずはない。熱い期待を抑えきれなかった私は店員に尋ねた。
「後ろに並んでいるのは何ですか?」
「こちらは防犯グッズになっております。お子様のローブに貼り付ければ、何かあった時にすぐさまこのワッペンがある場所へと転移ができる、という商品でございます」
「なるほど。魔法でワッペンを貼り付けて、それっていうのは要するに自分の魔力だから、それを辿れば行ったことがない場所でも、転移魔法で移動ができるようになるという仕組みですね?」
「左様でございます」
すごい。記憶型転移補助魔道具そのものだ。これは使える。
「ちなみに、耐久性は?」
「お子様がお使いになられているローブ次第になってしまいます。ワッペンそのものに損傷が出てしまうと、どうしても。ですから、裏地に貼って使っていただくというのが、一番よろしいかと」
あの男はすぐローブをボロボロにするような戦い方をするから、そうなると難しいか。けれど、何もしないよりは絶対買った方がいい。
「ひとついただけますか? それと、この商品って、通販でも買えますか?」
「ご心配には及びません。レジに無料のカタログを用意してございます。注文していただければ、七日以内にご自宅へ配送いたします」
「わかりました。どうもありがとうございます」
ヤツは巨大好きだから、クジラのワッペンを選んでやった。思わぬ収穫を得ることができ、私は大満足でレジへと向かった。
レジへ向かう途中、ガラスのショーケースが置かれている一画があった。そこでは長い金髪の女の子が、分厚い体をした中年男性を激写していた。見覚えしかない二人組のすぐそばでは、ポニーテールの若い女性店員が微笑んでいて、それはビジネス的な笑いではなく、もっと人間味のある温かい笑顔だった。
「イシュタル殿」
私に気付いたアシハラの表情は、助かり申したと言っていった。またキラがはしゃいで、扱いに困っていたところなのだろう。
「タル!」
キラは手に持っていた子供用カメラを女性店員に返して、千年ぶりに再会したかのごとく私に抱きついてきた。
「カメラ、欲しいの?」
「……いらない」
私がいれば何もいらない。そう言わんばかりのキラの甘えっぷりには、毎度おかしくさせられそうになる。実際には、すでにおかしくさせられていたのかもしれない。
キラは外に出ると物をねだらない。その点については、彼女の保護責任者のひとりとして、非常にデリケートな問題として考えている。キラがどうして遠慮しているのかはわからないが、我慢している様子を見せているからといって、何でも買い与えしまうというのもまた違うと思うし、だからと言って何もしないというのも彼女の心にとって非常に良くないとも思っている。
「本当は?」
複雑を極めているからこその単純化。私は大賢者にならって、まずはキラに本音を言わせることにした。
「……ちょっと欲しいかも。ちょっとだけ」
「どうして欲しいの?」
私と私の使い魔イブが見た映像というのは、動画としてだけではなく静止画としても取り出せる。そのため、率直に言ってしまえば、カメラなんていう物は必要がない。私の質問は彼女への試練。キラが自分の気持ちや正当な理由をきちんと説明することができるか、という私なりの親心であった。
「崖を登る牛とか、空飛ぶリスとか、山には可愛い動物がたくさんいる。タルにも見てほしい。そう思っただけ」
「そのカメラください」
そんなことを言われたら買うに決まってる。何が試練だ、バカバカしい。嬉しすぎる。可愛すぎる。愛おしい。
ここをきっかけに、私の中のタガが外れた。なぜならば、お会計で目が飛び出るほどの金額が表示されたからだ。
本当はエジプトで貰ったボーナスを使って、アシハラとソフィーさんにだけプレゼントを買うつもりだったが、こうなったら全員に買うことにした。
その後は、三人で次々とお店を渡り歩いた。
大賢者とピィちゃんには和牛と豪華海鮮のカタログギフトを。これについては時期が過ぎたとのことでセールをしていた為、お得に買えた。大賢者にはワッペンを買ったが、それだけだと絶対に怪しまれるのでカモフラージュも兼ねてプレゼントを増やした。
サラマンダー君にはヒツジノミノリという日本にしか生えていない木で作られた薪を。この薪は燃焼時間がものすごく長く、煙が出ないらしい。値段は世界で一番高価な燃料なのでは、と疑うほどに高かった。
アシハラには特に時間をかけて、服を選んだ。彼が普段来ている袴は十分に格好いいものだが、灰色というカラーリングだけは前々からちょっとだけ気になっていたからだ。ところが、このオジサンときたら洋服が似合わない。体型が原因なのか、何店舗も回って何度も試着させて、洋服で納得できるものはひとつもなかった。結局、私が選んだのは何種類かの和服。特に落ち着いた藍色の袴と、裾の部分に紅が少しだけグラデーションされた黒を基調とした袴の二着は相当に気に入った。もちろん気に入ったのは私だ。オジサンは、あわあわしながらお礼を言ってくれた。
お返しだと言ってアシハラは、私とキラにローブとブーツをプレゼントしてくれた。キラとアシハラは私に乱菊柄のローブが似合うと言って選ばせようとしたが、それはやめておいた。こういう時に軽いノリで選んでしまうとクローゼットの肥やしになる。そのことを学習済みの私は、どこに行くともしれない旅の中でも浮かない色であろう、無難なダークブラウンのローブを選んだ。
私の考え方に合わせたのか、キラは深い緑色のものを選んでいた。ブーツだけは防臭消臭抗菌といった、機能性の高いものを強制的に選ばせた。代謝が良すぎるキラは、常に足から悩ましいニオイを放っている為である。
買い物がすべて終わった時には外は真っ暗になっていた。どっと出た疲れから、帰りの車の中で私もキラも眠ってしまった。家に到着する直前に目を覚ますと、鉄人アシハラもさすがに眠たそうな顔で運転をしていた。
「寝てしまって、すみません。それと、運転ありがとうございます。いつも助かってます」
「うん? それよりも、今日は楽しかったねぇ?」
「そうですね」
荷物でいっぱいになった静かな車内には、キラの豪快なイビキだけが響いていた。




