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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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52 欲望の毒龍

 

 何本もの枯れた竹が倒れ込み、竹林の中にひとつの空間を作り出していた。荒れ果てていても、なお美しい。その光景を目にした私は、破滅的な美に圧倒された。


 すでに大賢者は現場へと到着していた。私を追い抜いていったアシハラは、大賢者よりもさらに前の位置である先頭に立ち、暗黒の光を放ちながら浮遊する異形と相対していた。


「これも因果か……」


 体をわずかに前傾させ、抜刀術の構えをとったアシハラの手には、ヒコイチから奪うようにして借りてきた日本刀が握られていた。黒く塗られた上品な鞘からは美しい光沢が放たれ、その色はアシハラの愛刀無銘破天魔の鞘に使われている、すべてを飲み込むような漆黒とはまた違う黒であった。


 対する異形は青・赤・黒、三頭の龍が絡み合った魔龍。浮遊しながらアシハラに狙いを定めるその足元には、偽ゲンヨウがうつ伏せになって倒れていた。


「あれは……」


 見たことがない怪物を前にした私はそれ以上言葉が続かなかった。


「欲望の毒龍ってやつだ。呪術っていうのはルールが厳しい、繊細な分野でな。勇んだ術師が己の力量以上の術を扱おうとすると、得てしてこういうことになる」


 大賢者が口にしたのは、おそらく東洋魔術理論。私の知識の範囲外にあるものだった。


 魔龍がアシハラを喰らおうと、三つの頭を伸ばしながら一気に近づいた。アシハラは自らの頭が食いちぎられそうになる直前まで微動だにしなかった。しかし彼が動いたその時、勝負は決まった。


 その距離は一センチにも満たなかった。敵をしっかりと呼び込んでからの跳躍。下から上へと一気に斬り上げ、月下に散ったのは魔龍の血の花。三つの首を斬り落とされた魔龍は、電光石火の侍のたった一太刀によって葬り去られた。


 刀に付いた血を脇で拭う動作。鞘と刀身が擦れる静かな音。荒々しさと穏やかさが融合したその姿に、和を見つけたり。


 抗い難い満足感と陶酔感が全身を駆け巡った。私が感じていたのは強烈なナルシシズムに他ならなかった。侍という人種が放つ美しさと魔性は、見ている者のアイデンティティをも失わせる強い力がある。そういった意味でも、侍というのはとても恐ろしい存在だということを再認識した。


「お疲れ。やっぱり、何度見てもいいな。お前の技は」

「恐悦至極にございます」


 アシハラは上半身を九十度まで深く倒してお辞儀をした。以前大賢者が言っていたことだが、この関係性こそがアシハラを強くさせている理由のひとつであるらしい。相も変わらずその理屈は私にはよくわからないものではあるが、大賢者の言いたいことがぼんやりと見えてきた気もした。


「……さて。アイツ、どうしようか?」


 地に伏せたままのゲンヨウに視線が集まった。一番の問題に直面することになってしまった私は、おそれを持ってひとりの侍の動向を見ることになった。


「アシハラ、お前が決めろ。ちなみに仇討ちだったら、認めるぞ? 俺だったらそうするからな」


 基本的に我がファミリーは不殺主義である。外敵や敵対する者たちといった、一般的には脅威と呼ばれる存在に対して、圧倒的な力で制圧ができるからこそ実現できている理想的な思想。その考え方のもとで私たちは世界中を旅し、時には異種族とも交流をしてきた。


 とはいえ、特殊なケースというものがある。それが今だ。私とて、家族の仇を目の前にして、その思想を貫く自身は無い。


「……拘束をしてから、叩き起こしましょう」


 そう言って、アシハラは偽物のゲンヨウへと近づいていった。私も大賢者も手を貸すため、あとに続いた。


「この人、どうして変身が解けていないんですか?」


 こんな時でも私の好奇心は働いた。魔法というものは、普通であれば術者が眠ったり気絶した場合は無効になる。基本的な疑問に答えてくれたのは、いつものように大賢者だった。


「変身術っていうのは色々と方法はあるんだが、コイツの場合は自らを呪うことによって、姿かたちを変えている。だから気を失おうが何だろうが、元の姿に戻ることはない。死体になってもこのままだ」


 一生解けない呪いの変身術。そんなものを使ってまで、アシハラ家に殺意を向けたこの男の狙いは何なのか。ネガティブな関心ごとは尽きなかった。


 私たちが手を貸すことはほとんどなかった。アシハラはひとりで手際よく尋問の準備を完了させた。偽ゲンヨウの手足は魔法で麻痺させられた後に、竹にきつく縛りつけられた。それからアシハラは、頭蓋骨が飛び出るのではないかと思うほど、強烈な音のする魔封の張り手を偽ゲンヨウにお見舞いした。


「……畜生め」


 目を覚ました偽ゲンヨウの口から最初に出たのは悪態だった。表面的には取り乱した様子は見られなかった。


「余計なことを喋らずに質問に答えろ。俺のオヤジをやったのはお前か?」


 アシハラは相手以上に落ち着いていた。それなのに味方の私たちでさえも口を挟めない凄みがあった。


 偽ゲンヨウは低く、忍び笑いをするだけだった。まともな答えは期待できそうもない。そう思った時だった。


「うっ!?」


 偽ゲンヨウは電撃が走ったかのように体を硬直させると、直後に表情を歪ませながら何かを吐き出した。それは緑色の唾液と、根元がしっかりと残った一本の奥歯だった。


「警告はこれで最後だ。歯茎が腐って、すべての歯が抜け落ちる前にさっさと答えろ」


 いともたやすく使われた惨たらしい拷問魔術は、父親を亡くした後のアシハラがどのような道を歩んできたかを想像させるものだった。


「……そうだよ。だが、それがどうした?」


 自白が取れてもアシハラは表情を変えず、さらに相手を問い詰めた。


「なぜだ?」

「なぜ、だって!?」


 偽ゲンヨウの態度が豹変した。


「これだから、てめぇら倭人は笑えるんだよ!! ウン十億の宝を手元で転がして、歴史だ血統だと、メシの種にもならねぇことを自慢げに語る!! それが何になるって言うんだ!? 何も知らねぇ猿どもめ!! 世界は金だよ!! 金でしか動かねぇんだ!! なぁ、アシハラ!? お前のオヤジは、お前に何かを買い与えたか!? 与えてねぇよなぁ!? あんな掘っ立て小屋に住んでりゃあ、当然だ!!」


 手元で転がすウン十億の宝とは、今この場所にはないアシハラの愛刀のことで間違いない。殺害動機は金。金銭という物質的な欲望のために他者の命を平気で奪う、理解しがたいものだった。


「どりゃあぁぁ!!!!」

「ぐわぁぁーー!!??」


 大賢者が突然、偽ゲンヨウの眉間を殴りつけた。これにより、偽ゲンヨウは目の焦点が合わなくなり、息も絶え絶えとなってしまった。


「レオナルド殿!?」

「スマン。俺もガキの頃は掘っ立て小屋に住んでて、父親に何も買ってもらったことがない。遠回しに自分がバカにされたような気がして、つい」

「一任するって言ってたじゃないですか!? こんな時にふざけないでくださいよ!!」

「ふざけてねぇさ。まぁ、父親には物よりも大切なことを死ぬほど教えてもらったから、別にいいんだけどな。愛する子供たちの前で妻に罵倒されても耐える、鋼のメンタルとか」


 耐えられなくて殴っているじゃないか。しかも実生活でその教えを活かしているとは、とても思えない。しかしひとつだけ言えるのは、アシハラの境遇を理解する人間が少なくともここに一人いるということだった。


「たとえ、どんなに強ぇヤツでも……てめぇらみたいな、おめでたい馬鹿の殺し方なんて簡単だ……。ちょっと顔見知りの振りして、家族のことなんかを話してやれば、あっさりと騙される……。あの男だって、俺の持ってきた酒を毒だとも知らず、簡単に飲みやがった……。何が、天下無双の侍だ……。お前も、父親そっくりの大馬鹿、猿野郎だ……」


 長い捨て台詞を吐ききると、偽ゲンヨウはそのまま気絶した。

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