50 煙の誘い
少しずつわかってきたアシハラの過去。もっと知りたい。そう思った私の口から質問はおのずと出た。
「アシハラさんのお父さんって、どんな方だったんですか?」
「オヤジとは言っても、師匠九割みたいなところがあったから、今ちょっと思い出してみても緊張するぐらいで……俺にとっては、そういう存在だったとしか言えないかな」
袖に手を入れながら答えるアシハラの姿は、見えない何かに恐れおののいた姿にも見えた。言行一致の様を見ればその発言の内容が真実であるということはわかったが、親と師弟関係を結んだ状態というものが私には想像しにくかった。
「どうせ強かったんだろう? お前のオヤジなんだから」
表面的には粗雑な言い方ではあったが、それは故人だけではなくアシハラも対象にした敬意の裏返しだ。大賢者に問われたアシハラは、当時のことを深く思い出そうと握った拳を口元にあてながら答えた。
「ゲンヨウの父親やなんかと一緒にあやかし退治だとか、そういうのにはよく行っていたなぁ、という記憶がうっすらと。ただ、オヤジが本気を出した姿を一度も見たことがなくて。当時小学生とか、それぐらいでしたから、俺は現場に連れて行ってもらえなかった。だから、実際のところはどうなんでしょうねぇ……」
三人だけの話し合いはしばらく続いた。
アシハラの父親はとてつもなく口数が少なく、背中で語るタイプの人間だったらしい。アシハラ家特有の無茶苦茶な修業の内容もさることながら、魔術に関しては父親から直接教えを受けたことがないという話には驚かされた。
アシハラがこの家で過ごしたのは十二歳までで、中学に上がってからは寮生活になったため、父親と離れて暮らすことになったという事情も知ることが出来た。そのために、年々父親に関する記憶が薄くなっていくと、どこか寂しそうにアシハラは語った。その吐露を皮切りにしんみりとした空気が流れると、周囲の静かさに場が取り込まれていった。
「ちょっといいかしら?」
「おわぁ!?」
「キャー!?」
「おう、ナイスおっぱい」
突然のセクシーに動じなかったのは大賢者だけ。静寂に割り込んできたのは、シースルーのナイトガウンを羽織ったソフィーさんだった。
「毒の解析は終わったのか?」
ソフィーさんは何も答えず、質問をした大賢者にタバコを一本くれという仕草だけを返した。彼女は貰ったタバコを一口だけ吸うと、そのタバコを大賢者にくわえさせた。二人が行ったのは情報共有の魔法だった。
「色々と配合されてるようが、ほとんどが生物由来の混合毒か。毒を持った生物同士を殺し合わせて、混ざり合った毒と犠牲になった生物たちの怨念を呪術として……って、この程度なら直接口で伝えろや!!」
少々大げさな言葉と動きをさせて、大賢者はタバコを地面に叩きつけた。それを見たかったとばかりにソフィーさんはケラケラ笑い、桜の模様が美しい愛用の煙管を使って煙をふかし始めた。エコフレンドリーな大賢者は自分で叩きつけたタバコを拾い上げて、また吸い始めた。
「蠱毒は大陸の呪術。やはりあの男、ゲンヨウではなかったか」
「それについては、わかりきっていたことだ。このやり方で作られた毒は似たようなものしか作れん。腕の見せ所は、怨念操作になってくるわけだが……」
大賢者の手に持っていたタバコが一気に灰になった。タバコから放たれた煙が庭の一部分、おそらくは針が落ちていたと思われる場所に集まり、そこでグルグルと渦を巻いていった。渦巻いた煙が立派な蛇の姿になると、煙の蛇はもくもくと地を這って大賢者の足元へやってきた。偽ゲンヨウが扱っていた怨念は、たった今大賢者の支配下に置かれた。
「本当はもうちょっとやるヤツかなと思ってたけど、残念なことに大したことはなさそうだ。さて、アシハラよ。心して聞いてほしい。お前のオヤジを殺したのはヤツだ」
あっさりと断定された事柄に、アシハラもソフィーさんも何も言わなかった。私だけは衝撃を受けながらも、大賢者の早すぎる結論に異を唱えた。
「それはいくらなんでも、早計すぎやしませんか?」
「いや。もう今回は決め打ちでもいいから、動かないとダメなんだよ」
「どうして?」
「時間がなさすぎる。三日後にはクリスマスだぞ? 餅つきは?」
普段とまったく変わらない態度で大賢者はアシハラに尋ねた。
「二十八日の予定なので、六日後です」
この人たちは、どうしてこんなに普通でいられるのだろうか。血なまぐさいものと日常が入り混じった会話に、私の感情はとても追い付かなかった。
「ほら。こんなに予定が詰まっちゃってる。もう行かないと」
「行くって……どこに?」
「コイツが教えてくれる」
大賢者の足元にいた煙の蛇がもぞもぞと動き出した。蛇はまたしても形を変え、今度は煙そのものとなった。煙は私たちだけを取り巻きながら、ゆっくりと上昇を始めた。
「留守番、頼むぞ?」
真っ白な煙の外側で、ソフィーさんがこちらに向かって小さく手を振ってお見送りをしていた。彼女の姿が煙で見えなくなった次の瞬間、私たちの周囲は見覚えのない竹林に変わっていた。




