表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/62

49 侍の生い立ち

 

 周囲は冷たい冬の夜に包み込まれ、山でさえも眠りについていた。それでも私が凍えなかったのは、宙に浮かぶアシハラの魔法陣のおかげだろうか。


 今日訪ねてきたゲンヨウという男は、他の何者かが偽った姿で間違いない。洞察力に富む二人の男の考えは、それで一致していた。


「立ち話も何だし、座ろうや」


 大賢者が出現させたのは筒状のスタンド灰皿とアウトドア用の折りたたみ式の椅子だった。灰皿を囲むように設置された椅子にそれぞれが座り込む。頭上から照らす強力な魔法光の範囲と強さが絞られ、朧気(おぼろげ)な月の光を思わせるものへと変えられると、男たちによる深夜の喫煙タイムが始まった。


「まずは、ありがとうございます。俺一人だったら情に流されて、今回の事はうやむやにしていたことでしょう」

「そりゃあ良かった。油断して寝首でもかかれたら、シャレにならんもんな」


 大賢者の口調は軽かったが、言っていることの内容は重かった。


 久しぶりに故郷へと帰ってきて、顔なじみに会い、酒盛りをしながら昔話に花を咲かせ、その晩ぐっすりと眠りこけていたとしたら。


 偽ゲンヨウの思惑は不明だが、最悪のシナリオを考えると、アシハラの感謝の言葉は十分に納得ができるものだった。


「私も何か変だな、とは思っていたんです。初対面のキラの魔力がわかるのに、ピィちゃんの力を侮っていたあたりが」


 すっきりとした頭で思い返してみれば、あの時私が引っかかっていたことも、それが理由だったとわかった。私はここぞとばかりに、二つのカリスマの間に飛び込んだ。


「それはお前、さすがに深読みしすぎ。幼体の時のゼノの魔力なんて、大したことねぇんだから」

「へ?」


 期待したような言葉が返ってこなかった私は間抜けな声を出した。大賢者は大きく眉をあげて、親戚の赤ちゃんを見るような表情を私に向けてきた。


「何だろうな、この気持ちは。抱きしめて、破壊してやりたくなるような……怒られるし、死んじゃうから、絶対やらないけど。だけどアシハラ、お前が言っていた通りだったわ。これじゃあ疲れが溜まって当然だ」

「ええ。引き続き、イシュタル殿には休養を取ってもらわなければ」


 恥ずかしさで顔が火照った。そりゃあ、いつでも正しいことに気付けるとは限らない。けれど、このタイミングで流れに乗り切れないなんて、あんまりな話だ。


「と、というか、その、今回日本に来たのって、アシハラさんの差し金だったんですか?」


 居心地の悪さを覚え、少しでも逃げ場の欲しくなった私は話題を逸らした。


「追いつめられたような顔してたもんだからね。オジサンのお節介です」

「総意でもあるけどな。俺もお前には休んで欲しかったから」


 疎外感のあとの優しさはずるい。行って来いをされた私の精神はチャラになるどころか、マイナスな気持ちになんてなれるはずもなかった。


「ご心配をおかけしまして、申し訳ございませんでした。この件が終わったら、きっちりと休暇モードに入らせていただきます」


 すごい人たちに囲まれて、勝手にプレッシャーを感じ、自分で自分の首を締めていた。休むことの大切さを知った私は、きちんと言葉にして自分の意志を伝えた。


「しょうがねぇな、まったく……」


 ここで仲間外れにされるなんて絶対に嫌だ。その気持ちを察してくれたのか、大賢者は呆れながら私の言葉を受け取ってくれた。


「話を戻そう。アシハラはどこが怪しいと思った?」

「多数ございましたが、決定的だったのは挨拶もなしに帰ったところです。ゲンヨウはそこまで礼儀を知らない人間ではなかった。それから、あまりにも父親に似すぎていました。生き写しなんてものじゃなくて、俺のオヤジであっても騙されそうなほど、ゲンヨウの父親そのものの姿でした」


 大賢者はタバコを持つ手を口元で固定しながら何かを考えていた。もう余計な推理をしないと決めた私はその様子をただ眺めた。


 やがて考えがまとまったのか、持っていたタバコを灰皿へと放り込むと、大賢者は腕を組みながら話を続けた。


「お前の親って、いつ亡くなったんだっけ?」

「母親は俺が五つか六つか、それぐらいの頃に病で。オヤジは十五の時に亡くなったと、学校側からいきなり知らされたことを、今でもよく覚えています」


 アシハラが両親を早くに亡くしていたことは知っていたが、改めて聞くと心が痛んだ。そういった壮絶な体験がキラの傍若無人を包み込む、信じられないほど深い愛を持つ人物へと成長させたのかもしれない。


「で、そっからこんなんなっちゃって?」


 大賢者は人差し指でアシハラの全身をぐるりと包み込むような動きをさせてからかった。対象となったアシハラは、嬉しそうに笑いながらウンウンと頷いた。


「そうです。それで、なんとか中学は卒業できたんですが、そこから各地に奉公に出るようになって」

「親戚とか、身寄りの方はいなかったんですか?」


 今さら変えられないことだが、突然の訃報によって悲嘆にくれるアシハラ少年の姿を想像していた私は救いを求めた。


「いや。分家の人たちは結構、日本全国に散らばってて。一番遠くて陸奥に。西だと尾張とかだったかな? だけど喪主をしてくれた親戚がね、式が終わった途端、すぐにこの家から出て行けって。そう言ってきたんですよねぇ……」


 アシハラは笑いながらも、きまりが悪そうに言葉尻を濁した。


「おかしいな、それ。オヤジさんが亡くなった時点で、お前が当主なんだろう?」

「その通り。本来、そんな分家の親父の言うことなんて、聞く必要はないんです。しかし当時は甘えた部分もありまして。目上の人が言っているし、そういうもんなんだろうなと思って、そのまま言うことを聞いちゃって」


 明るく言い放つが、十五歳なんて、間違っていたとしても大人の言う事を聞いてしまうのは当たり前のことだ。親の死という、人生の一大イベントを多感な時期にくらって、平常ではいられなかっただろうに。


 どこにでもあるお家騒動の話なのかもしれないが、いざ身内がそういった辛い境遇にあったと聞かされると、悲しいを通り越した気分になった。


「なんかあると思ったんじゃないかなぁ。財産とか。まあ御覧の通り、ここには山とか田畑ぐらいしかないわけですから、そんなものは存在しないわけで。あの人には、ガッカリさせちゃったろうなぁ」


 このオジサンが強い理由がわかった。言い訳せずに自分の弱いところを真正面から受け止めているのだ。たとえ、それが手の施しようのない過去のことであったとしても。


「それでオヤジさんの死因とか、そういうのがまったくわからないまま、ポーンと外の世界に放り出されたわけだ?」

「情けないことですが」

「そんなことはないです。アシハラさんは立派ですよ」


 私は絶対に言いたい、家族として言わなければならないことだけを口にした。思いやりに溢れすぎて、時に強く叱れないという弱点はあるが、そこも含めてアシハラという男がみせる優しさの裏には茨の道があった。想像を絶する苦難を経験した彼には、それ以上のことを言えなくもあった。


「ありがとうございます。イシュタル殿の心遣いには、いつも救われています」


 感謝しているのはこっちなのに、またやられてしまった。


 感極まった私の目からは熱いものが流れ落ちていた。感情的になっていたのは私だけだったが、少しも恥ずかしくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ