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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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47 怒りのランチタイム

 

「あの男は!?」


 元気を取り戻したヒコイチが庭の隅へと視線を向けた。その場所にいたはずのゲンヨウが、忽然と姿を消していた。


「ヤツなら帰った。この俺様に挨拶もせずにな」

「……では、俺もこれにて失礼させていただきます」


 立ち上がろうとしたヒコイチの頭を、後ろからワシ掴みにする者がいた。大賢者だった。


「待て、小僧」

「な……何か、ご入り用でございましょうか?」


 自らを押さえつける手から人とは思えぬパワーを感じ取ったのか、ヒコイチは膝立ちのまま視線は動かさず、冷や汗をかきながら事務的な言葉を口にした。


「気に入った。今日の敗北に涙することのできる貴様は、まだまだ強くなることだろう」


 珍しく、まともなことを言ってくれた。心の深い谷底でひっそりと、誰にも知られないように感激していた私をよそに、ヒコイチは見開いた目をアシハラの方へと向けていた。


(いにしえ)の、天神皇(てんじんのう)様ですか?」

「違う違う。わかるけど」


 私にはヒコイチの言葉が冗談めいたものなのか、皮肉なのかもわからなかったが、アシハラは首を横に振って笑いながら答えた。


「というわけで、負けはしたが貴様には特別サービスをくれてやろう。昼メシを食っていけ」

「えっ?」

「タルの隣に座ってもいいぞ? それともアシハラがいいか?」

「ビェィッ!!」


 すでに幼子の姿へと戻っていたピィちゃんは、ヒコイチがまだ返事もしていないのに、噛みつきそうな勢いで威嚇をした。


「アシハラ殿の隣で、お願いします」

「よし!! 全員手を洗ってから、食事の準備!!」


 ひとつの号令で、皆が一斉に水道へと向かった。





 そんなこんなで、来客を招いての昼食の席。


 メインは豚肉の炒め物。ピーマンとタケノコで彩りと食感が加えられたこの一品は、オイスターソースが食欲をそそる中華風の味付けとなっている。白いご飯とセットで並べられたのは、わかめと卵とネギの入ったスープ。こちらも中華風で鶏ガラ出汁と生姜とごま油が効いた、なんとも癖になるものだ。


「細い!! 細すぎる!! 遠慮せず、もっと食え、小僧!! 強くなりたいんだろう!?」

「どうだ!? ムガの料理はうまいだろ!? おかわりか!?」


 異動というのは希望通りになるとは限らない。気の毒なことに、ヒコイチは大賢者とキラというファミリーの二大巨悪に挟まれてしまっていた。


「まだ、食べ切っていないもので。おかわりは、すみません」

「ダッセェな、おい!! 私を見ろ!!」


 お手本とばかりに、キラはご飯と豚肉を一気にかき込むと、空になった茶碗をアシハラの方へと差し出した。


「おかわり!!」

「あいよ」

「小僧、二十代なんだろう!? 今、身体を作らなくてどうすんだ!! 食べ切ってなくてもいい!! もうご飯よそっちゃおう!! アシハラ!!」

「御意」


 アシハラはまだ半分ぐらい中身が残っていた茶碗を奪い取ると、白米が溢れんばかりのてんこ盛りにしてヒコイチの手元へと返した。あまりにもガラの悪い接待に辟易としたのか、ヒコイチは悲しいような嬉しいような、複雑な表情を浮かべていた。


「大丈夫ですか?」


 もしかしたら、また泣いてしまうかもしれない。場合によってはフォローに回る必要があると私は考えた。


「だ、だ、大丈夫です。お気遣いなく」


 ヒコイチは私と目を合わせず、白米をかき込もうとした。しかしすぐ隣で行われた動きが気になったのか、その手は途中で止まった。


「もうお腹いっぱい。あとはやる」

「まったく、もう……格好つけて、早食いなんかするからでしょう?」


 自分の満腹感すら計算できないキラが、白米の残った茶碗をアシハラに押し付けた。その場面を見たヒコイチは静かに笑ってから食事を再開させた。


「サツマシっていうのは、なにをする人間なんだ?」


 一番に食事を終えたキラが、ポッコリと出たお腹をさすりながら雑談を始めた。


「え? さ、さつま……揚げとか、さつまぁ……いもとか、とにかく、さつまが付くものを作っている、そのぉ、パートさんのお手伝いをぉ」


 その話題に触れたとたん、残念な男に早変わり。これほどまでに嘘丸出しだと、首を突っ込む気すらなくなる。世間に迷惑をかけたりするものでなければ、ヒコイチの職業なんていうものは、もはやどうでもよかった。


「言いたくなきゃ、いいよ。それよりも俺が聞きたいのは……」


 仕える者として私もアシハラも、やはり主人の腹の内は気になる。私たちが耳をそばだてると、団らんの空気がピリッと引き締まった。


「おめぇ、なんでうちのタルのこと知ってる?」


 大賢者の支配力はこういうところに現れる。ヒコイチの胸ぐらを掴んだわけでも、睨みつけたわけでもないのに、ふざけた回答を一切許さない空間が出来上がっていた。


 空気を察したのか、ヒコイチは無言のまま箸と茶碗を食卓に置いて、懐から一冊の雑誌を取り出した。取り出した雑誌をパラパラとめくって指を止めたヒコイチは、とあるページを私たちの方へと向けてきた。


「この写真には見覚えがある。間違いなく、タルだな」

「えええぇぇぇ!!??」


 雑に切り取られ、縮小されたものだったが、それは私が大学を卒業したときに母と撮った記念写真に他ならなかった。開かれたページの一部分に載せられたその写真の横には、何やら細かい文字が書かれていた。


「どれどれ?」


 ヒコイチ以外の全員が顔を寄せ合って、掲載されている記事の内容を確認した。





【魔法界に影響を与えた魔女 TOP5000】


 4986位……イシュタル・ラヒミ。国際魔法警備局特別防御課所属。レオナルド・セプティム・アレキサンダーに同行し、記録員として偉業達成の瞬間を収めた。はじまりの木の再発見と復元の様子を映像として記録に残した功績は記憶に新しい。国際魔法警備局特別防御課の採用基準である11科目における理論値50と上級体育25点の難関を現役で突破している秀才。





「秀才だってよ。よかったなぁ?」


 大賢者が呑気に感想を述べた。


「そ、そ、そ、そ……そんなことより、な、な、なんで私の写真が?」


 あまりのことに声が震えた。


 x年前の自分を見るとか、めちゃくちゃ嫌なんですけど。というか、写真の掲載を許可した覚えもなければ、取材を受けた覚えもない。おかしい。こんなことは許されない。今すぐに法的手続きをとらなければ。心の中で戦いのドラムが打ち鳴らされた。


「そんなの、ママしかいないだろ?」

「マ……」


 原因のそのものズバリを言い当てられた私は固まった。



 そうだ、ママだ。


 始めて大賢者と会ったあの日だって、私に無断で、学生時代はおろか、子供の時の写真ですら、嬉々として、この男に見せていたんだから。


 きっと何か、わけのわからない連中に『雑誌の取材です』なんて言われて、また勝手に私の写真を見せて、その勢いで提供までしてしまったに違いない。


 クソだ。世の中は、本当にクソだ。


 私のママは田舎の人だから、たとえ見ず知らずの人でも、娘の良さを知ってもらいたいと思ったら、親切にしてしまうんだよ。


 人の純粋な気持ちにつけ込む、卑劣な行為。


 どこの誰だか知らないが、絶対に許さない。


 許すものか、クソ雑誌のクソ記者め。



「イシュタルさんのお母さんって、どんな人なんですか?」

「本人と違って、愛嬌たっぷりの可愛らしい人だよ。身体なんか、セクシーだぞ? 抱きしめるのに、ちょうどいいサイズの樽みたいで。タルなだけに。なぁ、ゼノ?」

「ピィッ!!」

「二人だけズルい!! 私も会ってみたい!!」


 ママの胴回りを、無機質なもので例えた大賢者も許すまじ。事実だけど。



 そうだ、手紙を書こう。


 愛するママに。


 私は無事でやってるって。


 寂しいのなら、いくらでも、いつでも帰ってあげるからねって。


 だから、知らない人間に、写真を提供するのだけは絶対にやめてくれって。



 私の精神状態はもう、お昼ごはんどころの騒ぎではなかった。

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